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『冥府の河の向こうは綺麗かな。』  作者: 朧塚
冥府の河の向こうは綺麗かな。
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CASE ネクロポリス ‐吸血鬼と納骨堂- 3


 繁華街から少し離れた場所で、空き家ばかりの住宅街の中に、ぽつりと佇んでいるビルがある。

 このビルは、古着屋になっていて、セルジュもよく利用する。


「あら? セルジュ。今日も仕事着を買いに?」

 中には、ヴィジュアル系バンドの女形もやるという、両耳にびっしりとピアスをして、首筋にタトゥーの入った優男が出迎える。店の店員だ。名は凛夢(リム)と言うらしい。本名かどうかは知らない。バンドでは使っている名前だそうだ。


「あー、そうだな。なんか、入ったか?」

「そうねぇ……」

 彼は口元に指を当てて、頭を見上げる。

「取り敢えず、見ていけばいいんじゃない?」


 表向きはゴシック・ロリータ・ショップの古着屋だ。

 表社会で出回っている既存のゴシック・ロリータ・ブランド、ロリータ・ブランド、パンク・ブランドの服から、呪いのファッション・ブランドであるブルー・ホープ・エンプレスなどのかなり特殊なブランドまで揃っている。


 そして、この店はそういったファッション専門のアミュレット・コーティング(魔術防御)を施す事が出来る場所だった。


 セルジュはジャケットの列を見ながら、神妙な顔でそれらを見ていく。フリルや鋲の付いた上着が並んでいる。返り血を模した柄のパーカーや、絞首台をデザインした柄のカーディガンもあった。


「ジャケットは、イイのねぇな。他も見るぜ」

 セルジュは店内を見渡す。


 山羊の頭を象った悪魔を背中にデザインされ、六芳星の魔方陣を柄にした、退廃的なゴシック・ロリータ服を着たマネキンが店内の中央には置かれていた。本日の目玉商品なのだろう、ひときわ、高い値段が付けられている。


「セルジュ。ピンク(肉色)とかサックス(空色)に挑戦しない?」

 凛夢は訊ねる。

「しねぇな。着こなすのに、合わせにくい。黒と白、それに緑が入っている奴が無難だな」

「可愛らしいセーラー服を模したカーディガンがあるんだけど?」

「…………、ちょっと可愛らし過ぎる」

「そう? トゲ付きチョーカーやボンデージ・パンツにも合うデザインなんだけど」

「付けねぇよ。ゴツいパンク入っている奴も、苺柄とか甘ったるい奴も苦手だ。後、夜の店の制服みたいなエロティック過ぎる奴も合わねぇ。シックなゴスロリ服でいいわ」

「ウチの店、Tシャツの試着もOKだから、試着くらいしていけばいいのに」

「なんつーか、俺なりのコダワリがあるんだよ。この肉体に対してもな」


 店内にはヴィジュアル系ミュージック、洋楽、クラシックなどが流れている。

 甘いローズの香が焚かれている。


 ガラス・ケースに収まっている骸骨や十字架、蝙蝠や死神を象った指輪やネックレス、ピアスや長財布、カチューシャの中から、あるものに眼を止める。


「これいいな。これ買う」

「他には?」

「ああ、ブーツを探す。こっちはゴツい奴がいい。なんつーか、人間の顔を蹴りやすい奴」

 そう言うと、彼はジッパーがジグザグに付いた、漆黒のシークレット・ブーツに眼をやった。


「じゃあ。それ全部、魔術防御掛ける?」

「ああ、そうしてくれ」

 凛夢はゴスロリ・ファッションに対してのこだわりが強い。

 やれ、最近はオタク文化の人達が、一言でゴスロリ、ゴスロリ言って、メイド服やロリータ・ファッションとも混同するし、イベントのコスプレだけで着る人間も多いし、全部、一緒にまとめているのが気に入らない。十年経っても、二十年経っても、同じだ、と愚痴る。ゴシック・ロリータとパンク・ファッションの親和性の高さ、相性の良さを、奴らは理解していないとも。


 昔ながらの頭固い奴だな、とセルジュはどうでも良さそうに言う。

 凛夢は、現役バンドマンだから、こだわるの、とか言う。


 凛夢はステージで、唇と舌にピアスを付けながらペガサスの柄のピンクのロリータ・ファッションでギターを奏でる。弦を壊すように楽器を奏でる。グロテスクなジャケットのCDを何枚も出している。ゴシック・ロリータ服の持っている破壊的で攻撃的な思想性みたいなものが理解出来ない人種が、とことん嫌いなのだろう。


「で、今度の仕事は何するの?」

 凛夢はブーツに魔力を込めながら、訊ねる。

「ああ。キリストをぶっ殺す。現世に復活したんだとよ。十二人の弟子を集め、布教される前に、ただの歴史の人物に戻してやる」

「…………、……本物なの?」

「知らねぇよ。どうだっていいよ。イカれた奴らが、キリストのゾンビを作り出したんだよ。本物かどうか知らねぇが、変な宗教立ち上げてやがるんだよ」

「それはそれは。世の中は、わけわかんないわよねぇー」

「とにかくだ。丁度、良いものを見つけた。これに、その防御ではない、例の特殊な魔力を注いでくれ」

「分かったわよ、これね」

 そう言いながら、凛夢は、アクセサリーに魔術防御を施す。


「処でセルジュ」

「なんだ?」

「そのバッグ、本物の人間の皮でしょ」

「…………、…………さあな……」

「もしよければ、……わたしに譲ってくれない? 買った値段の倍出すから」

「いや…………、バッグに呪われそうだ。最低な事に、俺に使わせたいみたいだ…………」

 そう言いながら、セルジュは大量の人間の死体で作ったバッグを、少し嫌な顔で見ていた。このバッグからは、夜中に悲鳴を上げる幻聴が聞こえてくる……。


 セルジュは、一通り、仕事用のものを購入した後に、普通に着る為に、ドレスとワンピースのコーナーを漁って、更に何着か購入する。

 セルジュの好む服の傾向として、葬式に身に付ける、真っ黒な喪服のようなドレスが多い。それに派手なアクセサリーを加えれば最高だった。


 凛夢からは、本当に好きな服の傾向って、貴方も含めて、みんな似ているのね、と言われる。セルジュは普段着用のドレスの入った袋を愛おしげに眼にしながら、店を出た。


 ………………。

 この古着屋は、一般客やバンドマンに混ざって、殺し屋や連続殺人犯も愛用している店だった。


※ゴシック・ロリータ・ファッションの店って、実際、大体、こんな感じです。魔術防御とかはやってくれませんが。



 凛夢の店で買ったアクセサリーの中に、十字架を象り、それに骸骨がくくり付けられているペンダントがあった。

 基本的には、聖書や十字架を冒涜するようなデザインのグッズが良く、出来れば、画家であるグリューネヴァルトの『イーゼンハイム祭壇画』のキリストのように、その死を暗示させる陰惨なデザインのものが欲しかったが、これでも多分、充分だろう。


 今や、復活したキリストは高層ビルの最上階に登り、十二人の使途達を集わせながら、信者達を大量に増やしていた。


 そのビルの近くには河が流れており、信者達の一人が近隣の住民達を邪教徒だと罵りながら、小舟の上に括り付けていた。どうやら『スカフィズム』という処刑方法で、ハチミツやら牛乳やらを大量に与えて、下痢を起こさせて、ハエやハチなどに卵を産ませて生きながら、昆虫の餌にする行為らしかった。

 被害者達は、自身の排泄物に塗れながら、虫に喰われ続けていた。

 それを見ながら、復活した聖人の使途となる者達は、天に向かって、神への奉げモノであると叫び続けていた。邪教徒の死こそが、神への贈り物になるのだと。


 ビルの最上階では、夜の月明かりの下で、キリストが玉座に座り、聖衣を纏いながら晩餐を開いていた。十二人の使途達と共に、肉とパン、ワインで食事をしていた。


 セルジュはビルに忍び込んで、非常階段や動いているエレベーターを駆使して、最上階に上がる事にした。エアは別ルートで向かうらしい。

 途中、何体もの吸血鬼に遭遇したが、セルジュは、片っ端から、銀で出来た剣を取り出して、首を跳ね飛ばしていった。ネオンライトに映る彼らの姿は、人間に蝙蝠や肉食獣を混ぜたようなグロテスクな姿をしていた。


 そして、彼らによって、血を吸われた死体達が、何体も、ゾンビ化して襲ってきた。セルジュは、脚力だけで、彼らの相手をせずに、ひたすらに最上階を目指す。


 そして、最上階の扉が開かれる。


 そこには、光り輝く神の代弁者のごとき男が佇んでいた。

 伸びた口髭に顎鬚、頭髪。

 そして、両手には釘を打たれた痕がある。


「おい。俺への依頼内容が変わった。てめぇを始末しろってよ。そして、てめぇを担いでいる奴らも全員だ。一人残らず、灰へと変えてやる。粉微塵にしてやる」


 セルジュの眼の前にいる聖人は両手を翳す。

 彼の背中には、幾つもの光の輪が迸っていた。


「何か喋ってみろよ? ああ?」

 セルジュは不機嫌そうに、銀の刃を翳す。

 それは、月光の明かりをたっぷりと吸っていた。


‐悔い改めれば、全ての罪は赦されます。天の国の門は、誰にでも開かれているのですよ。‐


 それは、直接、セルジュの脳内に響き渡っている幻聴だった。

 眼の前の男が、本物の聖人なわけがない。

 だが、異様な程の威圧感があった。


 セルジュは太股に帯刀してある、柄の無い小刀を抜き放つ。

 小刀の先から、三つの犬の頭が生え出してくる。

 炎のように、氷山のように、樹木のように。

 犬達は、キリストの全身を喰い尽くそうとしていた。


 だが…………。

 何かが、照射されているのか、セルジュは自らの得物を地面に取り落とした。

 聖人は、ただただ、柔和に笑っている。

 まるで、罪人を宥めるように。

 セルジュの存在そのものが、全て罪であるかのように……。

 実際、セルジュは善人とは言い難いだろう。これまで、救い難い程の悪行を行ってきた。罪ある者も、罪無き者も、沢山、殺してきたと思う。

 自分の存在全てが、脅かされているかのようだった。


 セルジュは、これ以上、何も考えないように、銀の剣の柄を手にして跳躍する。

 そして、聖人の頭を一刀両断に切り落とす。

 ごろり、と、生首が地面に落ちる。


 聖人は……。

 無言で、落とされた首を拾い上げ、切断面に、自らの生首を接合する。

 彼は柔和に笑い、囁きかけていた。


‐罪深き、人の子よ。もう一度、私を罵り、刃を振りなさい。右を切り落としたいのなら、私は貴方に右手を差し出します。左足を落としたいのなら、それも差し出します。貴方も神の子としての扉は開かれている。貴方が無垢に、その罪を自覚して、神の住まう天の神殿に近付きたければ。‐


 それは、とても安らかな声だった。

 まるで、母の胎内の揺り籠で眠っているかのような。


 聖書にはあった。

 右の頬をぶたれたのなら、左の頬を差し出せ。下着を奪われたなら、上着をも差し出せ。

 眼の前の男は、セルジュに、何の怒りも憎しみも向けていない。

 ただ、安らかさだけがあった。


 天の国は、自分のような卑しきものにも、開かれているのだろうか?

 ふと、セルジュは、エアと交わした会話を思い出す。



「憎しみはもっとも素晴らしい感情だって、俺の恩人が言ってくれたんだぜ」

 と、セルジュは言う。

「憎しみがか? 他人を愛する事とか、優しくする事が素晴らしいって普通は言うんだけどな」

「ああ。愛情と憎しみは表裏一体って言うけどな。純粋な憎しみはそれ自体が素晴らしいって。多分、この世界を憎んでいたり、怒っていたりする時、生きている実感が湧くんだろう」

 彼は世界全体に唾を吐き付けるかのように告げる。


「エア。お前、親は?」

「俺か? 両親共、俺の能力の犠牲者になった。まだ、生きているかも分からないな。ただ、好きだったが、嫌いでもあった。どうしても赦せない部分とかも。だから、和解する気はないよ」

「そうか。俺はなんだろうな。多分、しがらみみたいなものだったかな。多分、家庭は比較的、恵まれていた。でも、俺の人生は壊れた。それからは考えていない」


「なあ。この世界って凄く、くだらなくないか?」

 エアは訊ねる。

「まあな。でも、惰性で生きている。それにまあ、それなりに人生、楽しいし。エア、お前は?」

「分からないな。俺はどうしようもない孤独な時は祈るようにしている」

「天の神か? キリストか?」

「違うかもしれんな。俺自身の心にあるものなのかもしれないな」

 エアは、少しだけ哀しそうな顔をする。


「セルジュ、お前、孤独を感じる事は?」

「あるな。その時は、この世界を精一杯に憎む。こんなくだらない世界に生み落とされて生きている。未だ、生きている。こんな異形の存在になってな。何もかもが、馬鹿馬鹿しくなるんだ。そして、その時に望む言葉がある。自分に価値を与えない世界なんて、幾ら壊れてしまっても構わない、ってな」

「そうか」

「なあ、俺はな。嫌な事があると、俺は世界の誰よりも不幸だって思うようにしているんだ。それで、紛れる。他人の痛みなんて、感じないようにしている。そうしないと、この業界ではやっていけない」

 そうやって、セルジュは、何もかもを酷く憎悪し、退屈な存在であるかのように吐き捨てるのだった。エアはそんな彼の言葉に微笑する。


「友人とか家族とか以外の人間なんて、どうだっていいだろ? そういうように考えるようにしている」

 人生は酷く滑稽で、行き詰まりばかりだ。


 どうしようもなく、世界が非情に感じる時、自らがこの世界を呪う事によって、自分が生きている事を実感する。自分を認めてくれやしない世界、自分に存在の価値を与えてくれやしない世界。そんな世界に何の意味があるのだろう。

 好きな人間なんて、そんなにいやしない。

 他人をマトモに愛する事なんて、出来る筈も無い。

 セルジュは根源的な部分で、自分が好きじゃない。自分を愛していない。

 そして、世界を憎み、恨み、怒り、呪う事によって、自分が確かに生きている事を実感する事が多いのだ。


 きっと、…………、エアも似たようなものなのだろう。



 セルジュは半ば、気絶していた事に気付く。

 戦いの最中だ。


 周囲に、十二人の使途らしき者達が集まってくる。

 彼らはセルジュへ向けて、剣や槍、それから拷問器具じみたものを突き立てようとしていた。

 ……何が、罪だ。キリスト教ってのは、あれだろ。人間は生まれた時から、原罪っていう、生まれながらの罪を背負ったってんだろ。そして、俺は地獄へ落ちるべき存在か? 上等だよ…………。


 セルジュは立ち上がり、集まってきた者達の頭を、片っ端から、跳ね飛ばしていく。


 そして、再び、聖人と対峙しようとする。

 彼の顔は、何処までも柔和だった。

 その存在の眩しさに、セルジュは切り刻む事を躊躇う…………。

 また、彼はセルジュに対して、何かを語りかけてくる。

 セルジュは、首を跳ね飛ばすべき男の首を落とせずにいる…………。

 このままでは、怪物達の餌になるか、……仲間入りするか、拷問によって殺されるだろう…………。凄まじいまでに、本当に、今、自分が敗北しようとしているのが分かった。ただ、どうしようもない程に、自分が罪が重く、深い罪人に思えた。


「すまん。遅れた」

 後ろから、此処、しばらくの相棒の声がした。


 巨大な光の環が渦になって…………。

 キリストに従う、使途達を吹き飛ばし、塵へと変えていった。


 エアだった。

 彼は自らの作り出した、光を翼の形に変えて、空を飛んでいった。そして、次々と、聖人に従う吸血鬼達を光の帯の攻撃によって、消滅させていく。


 最後に。

 聖人そのものが残った。

 彼は表情を変えなかった。

 セルジュは気付く。

 エアは眼を閉じていた。


 何か、余計なものを見ないようにしているのだろうか。

 セルジュも眼を閉じた。

 そして、懐から、凛夢から買った、ペンダントを翳す。

 それは、十字架に磔にされた、骸骨となったキリストの像だった。


「これが、お前だ。磔にされ、無力になり、ただの無力な屍に過ぎない。お前だよ。復活も遂げられず、ただ朽ちていった骸となったお前そのものだ」

 セルジュは叫ぶ。


 凛夢が、そのペンダントに込めた魔術は“言葉”だった。

 言葉の、言霊の力を増幅させるものだった。


 この聖人は、この敵は、言葉によって、一度はセルジュを打ち倒した。

 ならば、自分も言葉で返すのみ……。


 キリストの姿をした者は…………。

 そのペンダントを見て、全身が震え上がり、顔の皮膚が剥がれ、肉が溶け、目玉が零れ落ちていく。

 そして、またたく間に、その男の全身は白骨化していった。


 しばらくすると、朝日が昇りつつあった。

 後には、聖衣を纏った、一体の骸骨が地面に転がっていた。


 セルジュは地面に倒れて、仰向けになりながら、朝日を眺める。

 近くに、エアが舞い降りる。


「大丈夫か?」

「ああ、割とな。…………、今回は、本当に危なかった。…………」

「ああ、そうだな。凄まじい敵だったな……」

「しかし、本当にハードだよな。闇の骨董屋、他人の死や悪意の傍観者である”デス・ウィング本人のご依頼”ってのはな。…………、本当の本当に、俺の理解を超えていた」

「ああ。本当にな。あの女、本当にハードな仕事をやらせやがってな」

 二人の服と髪が揺れる。


 吸血鬼達は全て、屠りさったのだった。

 そして、彼らが崇めていた、何者かも、だ……。



「私にも、まったく分からない」

 壁どころか、扉や窓、床や天井に至るまで、古今東西の宗教画が描かれた部屋で、デス・ウィングはソファーに座りながら断言した。


「なんだ、と…………」

 セルジュは言葉を失っていた。

「だから、あの地下墓所(カタコンベ)の奥に、吸血鬼が祀っているという聖人の遺体があるっていう情報を聞いてな、私はそれを手に入れたかったんだが……。その遺体の正体はまるで、分からないんだよ、本当だ」

「あれは、“本物の歴史の人物”に思えたぞっ!? マジで、歴史と会ってきたんだよ……」

「だから、本物が受肉したんじゃないのか? 遺骸に…………」

「キリストは、人間を生きたまま何日間も掛けて虫に喰わせる拷問とかを意気揚々と容認するのかよ…………」

「知らない。私はとにかく、本物のキリストの遺体かどうかは別として、欲しかっただけなんだよ。この店に展示したかったな」

「冗談じゃねぇよ。本当に、死にそうになった。マジでなんだったんだ? あれは?」

「私は見ていない」

「ってか、ちゃんと依頼料払えよなっ!」

 セルジュは叫ぶ。

「いや、そのな。エアへの依頼はあの遺体を手にしている吸血鬼共の滅殺で、彼は見事に依頼をこなして、先程、報奨金を渡したんだがな。お前は、その、私のコレクションとなるモノを壊しただろ。だから、報酬は、ちょっとな…………」

 デス・ウィングは、何回も入札を競った挙句、結局、落札出来なかったネット・オークションの品物の画像を名残惜しそうに見ているような顔をしていた。


「ああ。もう、ほんとーうに、ふざけるなよっ! もうお前個人の依頼なんて、絶対受けないからなっ! 特に、今回の件はお前個人が出向けば、もっと話が早かったんだよっ!」

 セルジュは、やり場の無い怒りで室内で絶叫していた。


「いいじゃないか。歴史上の人物と出会えたわけだし、私も会いたかったなあ」

 彼女はうっとりとした顔で、両手を組む。

「ああ、もう。あれが本物かどうかも知らねぇしさっ! 本当に今すぐ、お前の頭蓋を新約聖書でぶん殴りたい気分だよっ! 讃美歌を歌い、聖句を唱えながらなっ!」

「そうだっ! セルジュ。丁度、神の代理人に会えたんだ。これから、お前は熱心なクリスチャンとなって、人々に神の教えを伝道する者になるんだっ!」

 セルジュは、全身全霊の力を込めて、バッグからずっしりと重い『60分で分かる。旧約聖書と新約聖書』という書籍を取り出すと、デス・ウィングの顔面へと向けて、音速のごとき早さで投げ放った。


 デス・ウィングは、本って人間を殴り殺せるよな、と、そんな顔をしながら『マルコによる福音書1章32-33節 悪魔、悪霊を追い出す方法』の説法が書かれたページから顔を上げたのだった。




挿絵(By みてみん)


エア

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