CASE ネクロポリス ‐吸血鬼と納骨堂- 1
1
「吸血鬼退治だな。皆殺しにしろってさ。だから、俺が呼ばれた」
男は胸元の十字架を握り締める。
「で、今回の俺の品物は、なんだ?」
セルジュは、自らの長い黒髪に手櫛を当てる。
「聖人の遺体。それから聖骸布。それらが今回、お前が手に入れるべきものらしい」
そう男は言った。
「聖骸布って何だったっけ?」
セルジュは訊ねた。
「聖人の遺体を包んだ布だな。布には、死体の顔などが浮き上がったりしている」
万華鏡になっている、部屋の中で、二人は会話をしていた。
ゆらり、ゆらり、と部屋は動いていき、ガラスの向こう散りばめられた紙吹雪のようなものは形を変えていく。
男は美青年とも言える容姿をしていた。
白に近い金髪を、長く伸ばしている。
特に、右の前髪が長い。
セルジュとは、知己の仲だ。
彼の名はエアと言う。
全身を真っ白な法衣で包んでおり、胸元には赤い十字架のネックレスを付けている。服の所々にも、十字架と天使の羽飾りをあしらったような刺繍が施されていた。
美青年、美丈夫と言ってもよい男だった。
女っ気は無い。
セルジュの事も、男として認識している。
「で、今回。お前も来るのか?」
セルジュは真っ赤なアーム・カバーを肩先まで伸ばしながら訊ねた。
「ああ。あの骨董屋は、俺にも向かうように言っている。何のつもりか知らないが」
エアは、整髪料で、後ろ髪を立たせていた。
真っ赤な唇をした男だった。
「で、今回はどんな場所に行けばいいんだ?」
「墓地だ。それも神殿になっているらしい。それから、どうやら吸血鬼のねぐららしいぞ」
「吸血鬼か」
セルジュは鼻を鳴らしながら、真っ黒なコルセットをキツく縛る。
そして、薔薇の手鏡を出して、唇に、黒に近い赤色の口紅を引いた。
「そう言う事だ。まあ、俺ならやれるって事だろ。じゃあ行くか、死者の都へ」
そう言うと、エアはザクロ・ジュースを飲み干した。
†
吸血鬼だらけになった街に、二人は派遣される事になった。
街一面には倒された十字架などが、並んでいる。
街の周りは森と山道が広がっている。
「夜になったら、襲撃してくるらしいぞ」
エアは言う。
「普段はどうしているんだ?」
セルジュは訊ねる。
「棺桶か何かで眠っているんじゃないか?」
「胸に杭を打ち込んだりすれば死ぬのか? それから銀製の武器で殺すとか」
そう言うと、セルジュは得物を取り出す。
銀製のナイフだった。
「まあ、首落としても、死なない奴らだ。後、ニンニクは効かない。それから、噛まれたら吸血鬼か、もしくはゾンビになる」
「面倒臭そうな奴らだな」
「デス・ウィングは散々、馬鹿にしていたけどなあ。吸血鬼は中途半端に不死だし、脆いし、弱いんだとさ」
「あいつの言う事はマトモに真に受けない方がいいんだな…………」
廃墟の街だ。
破壊された教会などもある。
どうやら、火を付けられたらしい。
繁華街らしき場所も、ただの鉄骨の残骸になっていた。
しばらく歩いて行くと、絞首台が並んでいた。
何名もの人間が首を吊るされている。
ミイラ化していた。
「おい。なんだ? これ」
「吸血鬼の犠牲者かな?」
二人は、まじまじと、死体を眺めていた。
そして。
セルジュは、銀のナイフで、死体の一体の首を切り落とす。
どさりっ、と、ミイラ化した死体が転げ落ちていた。
エアは鞄の中から、輸血用のパックを取り出す。
そして、それを吊るされている死体の口の中に投げ入れてみた。
ぴくり、ぴくり、と、死体が動き始める。
「おい。こいつら、生きているぜ」
セルジュは、腕組みしてそれを観察する。
「やはり、死体のフリをしていただけか。面倒だな。さっき、教会に焼死体が転がっていた。あれも、死を偽装しているだけかもな」
セルジュは、ドレスをめくり、柄の無い短刀を取り出す。
血を飲んだ吸血鬼の死体は、首吊りロープを外し始めていた。
セルジュの短刀から、三つの頭の真っ黒な犬が生え出してくる。そして、吊るされた死体、先程、首を落とした死体を犬達が貪り喰っていく。
「さっきの教会にあったっていう、焼死体も始末しておくか?」
セルジュは訊ねる。
「ああ、頼む。しかし、俺達はアレだな。特殊清掃員。死体掃除人って奴をやる事になるのか」
エアは溜め息を吐いた。
教会に向かう。
中を見ると、無数の焼死体が転がっていた。
エアはそれらに指先をあてる。
すると、彼の指先から眩い光が放たれていき、転がっている焼死体を全て灰へと変え、無へと還していく。
教会の奥には、地下へと続く通路があった。
「おい、こっから、行けるのかな?」
セルジュは訊ねる。
「そうだな、進んでみるか」
地下へと続く、階段を降りてみる。
すると、一面には納骨堂が広がっていた。
無数の棺桶が転がっている。
更に、ミイラ化した死体が、壁には立て掛けられていた。
「おい、これは…………」
「ああ、そうだな」
この奥に、目的の品物があるのかもしれない。
エアは、指先から、光を迸らせる。
「取り敢えず、此処にある死体、全て全部、消滅させる。動き出されると面倒だからな」
彼の指先から飛んでいった閃光によって、死体達は塵へと帰っていく。悲鳴を上げているものもいた。
†
「今回の仕事は難なく終わりそうだな。お前のお陰だ」
セルジュはエアに礼を言う。
納骨堂はだいぶ、広く続いていた。
此処一つが、巨大な神殿であるかのようだった。
「どうだろうな。正確には俺の仕事と、お前の仕事は違うんだ。お前の仕事は品物を手に入れるだけかもしれないが。俺は、……全滅させろ、と。取り逃すな、と言われている。正直、面倒だよ」
「ああ、そうだったな。なあ、エア。間違えて、俺のターゲット、ぶっ壊すんじゃねぇぞ。こっちは、遺体なんだからな」
「でも、見分けは付くんだろ?」
「本物なんて、ある筈が無いんだよな。だから、正体不明なんだ。本当にあるのかよ? キリストの死体なんて。髭面で腰布付けて、胸に刺し傷があって、頭に荊の冠付けているとかさ。馬鹿みたいな話だろ?」
朽ちた地下神殿の中は、何百年も昔に作られたものであるかのようだった。
しばらく二人は進んでいくと、奇妙な部屋が見つかる。
「なんだよ? この部屋は?」
鉄格子に囲まれた部屋だった。
天井から、何かが吊り下げられている。
それは、トゲの付いた九つに先が分かれた鞭や、棘だらけの棒だったりした。刃物や巨大な鉤爪などもある。
……拷問器具だ。そして、此処は拷問部屋だ。
「おい、セルジュ。これ、なんだと思う? なんだ? この道具は、何かの実験道具なのか?」
エアは首をひねりながら、奇妙な形をした鉄製の被り物を彼に見せる。
被り物の先には、奇妙なプロペラのようなものが付いていた。
「それ…………、頭蓋骨粉砕器。隣には、指締め器があるな。それらを頭や指にはめていって、少しずつ締めていくんだ。まあ、実際には、頭蓋骨じゃなくて、顎の方が破壊されていたらしいけどな。頭蓋骨が堅過ぎて、そんなもんじゃ顎しか砕けなかったんだと」
「はあ、変な道具だなあ。これを頭に入れて、こっちの鉄板に顎を乗せるのかな?」
エアはそう言うと、別の部屋へと向かった。
「おい、セルジュ」
「なんだ?」
「呻き声が聞こえる」
それを言われて、セルジュは息を飲む。
エアに言われた場所へと向かう。
そこには、天井から人間らしきものが逆さに吊るされていた。
顔は所々、歯が抜かれ、左目がくり抜かれている。両耳には、何か針のようなものが入れられていた。鼻も唇も削がれている。
顔がぐちゃぐちゃで分かりにくかったが、どうやら、小太りの男みたいだった。
両手は地面へ向かって伸びているが、指は全て削ぎ落されていた。
男は、かすかに、助けて、と叫んでいるみたいだった。
エアは唇に指を置きながら、セルジュに訊ねる。
「なあ、こいつ、人間だと思うか?」
「罠じゃねぇの? 助けてやれよ。苦痛から救う為に、殺してやれ」
エアは指先から光を放つ。
そして、男の頭に光を翳す。
そして、まずは男の心臓が光の弾丸によって、ぶち抜かれる。
二十秒程、待ってから、エアは改めて、光の弾丸を男の頭に撃ち込んだ。
ぶらぶらと、首無しの死体がぶら下がっていた。
近付くと、角度の関係でよく見えなかったが、男の上半身と下半身にも凄惨な拷問の痕があった。身体中をすり降ろされて、皮膚が削がれたり、骨が露出していたり、針などの道具が刺さっていた。足の指も右親指と左薬指を残して、全て落とされていた。
「セルジュ。よく分からないが、どうやら、こいつ普通の人間みたいだぞ?」
「そうなのか?」
「ああ。吸血鬼って感じはしなかった。最初に心臓に孔を開けた時、絶命していた」
「そうか。しかし、なんで、此処に普通の人間がいるんだ?」
「さあ? 街の生き残りか何かじゃないのか?」
「ほう。そんなものがいるのか。俺はこの場所に向かって、吸血鬼を一掃しろ、としか言われていない。生き残った人間はどうしようか?」
「知らねぇよ。一応、人道的に考えて、助けてやればいいんじゃねぇの?」
そう言いながら、二人は地下通路の先を進んでいく。
途中、死体らしきものを見かける度に、エアが片っ端から、光の弾丸と刃で消し飛ばしていた。セルジュは、今回は楽にいけそうだな、と思った。
しばらく進むと、地下大聖堂のような場所に出た。
ピラミッドのように、巨大な階段があり、その頂上に何者かがいた。
頂上には、大きな椅子があり、何者かが座っていた。
どうやら、亡骸みたいだった。
「なんだ? ありゃ?」
セルジュは、光の弾丸を撃ち込もうとするエアの腕を止める。
それは、全身、ミイラ化しているが頭に荊の冠を被っていた。
顔は布で覆われている。
両手両足には、大きな釘のようなものが打たれている。
どうやら、この部屋は、壁全体に巨大な十字架が立て掛けられているみたいだった。
「なんだ? ありゃ? まさか、俺の今回のターゲットは、あれか?」
セルジュは、しばし呆然とした顔をしていた。
エアは少し近寄る。
「吸血鬼だったら、容赦なく倒すぞ。どうでもいいが、セルジュ。人間の死体は最低四、五十キロはある。お前、そんなもの持ち帰るのか? 担ぐのか?」
セルジュは気付く。
天井に生きている何者かが、ぶら下がっている事に……。
そして、それは、原型を留めていない、人間である事に…………。
「おい。エア、変だ……」
「なんだ? 上の連中か?」
「いや。何かが、変だ。上手く言えないが、……本当に、此処にいるのは吸血鬼とかゾンビだけなのか?」
エアとセルジュが立っている場所へと。
何かが、発射されていく。
どうやら、部屋全体に罠が仕掛けられているみたいだった。
無数の刃のようなものが、二人を襲う。