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『冥府の河の向こうは綺麗かな。』  作者: 朧塚
冥府の河の向こうは綺麗かな。
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CASE ホープ・ダイア -呪いのファッション・ブランド‐ 2

「つまり、『Blue Hope Empress』に使われる、ブルー・ダイアは、ブルー・ダイアの伝説にインスピレーションを受けて、本当に呪いのブランドを作る為に、悪魔召喚の儀式で創り出したものだ、と」

 セルジュとイリーザは、マスクを外したグリ・ヴェナントの運転する高級車の後部座席に座っていた。

 彼は端正な顔に、手入れのされた顎鬚を生やしていた。


「そうです。イリーザ様はお詳しいみたいですね。うちの社長が不審死した事も」

「ええ。沢山の社員も亡くなったそうね」

 彼女は、心なしかとても楽しそうだった。

 イリーザいわく、眼の前にいる男は、社長と共に、このブランドの多くをデザインしたその筋では有名な人物らしい。


 そして、これから向かう先は、ブルー・ホープ・エンプレスの在庫が大量に仕舞われている倉庫だとの事だった。イリーザはとてもウキウキとした気分みたいだった。男からサインも貰って、喜んでいるみたいだった。


 助手席には、一匹のハイエナが犬のように座っていた。


 しばらくして、倉庫に辿り着く。

 どうやら、そこは廃工場の付近に作られた場所らしかった。

「おおかた、段ボールの中に入っているのですが。好きなだけ、見ていって下さい。ただし、くれぐれも身に付けないように」

 グリ・ヴェナントは強く二人に言う。

 そして、彼は倉庫の鍵を開けた。


 三名は中へと入る。

 ヴェナントは、電灯を付ける。


 それは、少しだけ異様な光景だった。

 段ボールが異様な程、積み上げられており、中にはマネキンなども陳列されているのだが。壁などには、奇妙な文様が描かれていた。

 それは、魔方陣といっても良いものだろうか。

 真っ黒なインクの所々に、青と赤の文字が混ざっている。青い文字の方は発色していた。赤い文字の方は、血の色のようだった。


「あら? 面白いわねぇ」

 イリーザは淡々と述べる。

「社長の死体現場を見ますか? 第一発見者は私でした。警察が来る前に撮影しました」

 そう言うと、ヴェナントはバッグの中から、数枚の写真を取り出して、イリーザに渡す。


 ヴェナントの飼っていたハイエナが、倉庫の奥へと駆け抜ける。

 そして、何かを口にくわえて、倉庫からそれを引きずりだした。

 見ると、真っ青な宝石を所々にあしらったドレスを身に付けた、ミイラ化した女の死体だった。


「ああ。奴は死体を見つけるのが上手いんですよ」

 ヴェナントは言う。


 段ボールを開けて、服飾を見ていたイリーザは、神妙な顔をしていた。

「ヴェナントさん…………」

 彼女は少し歪んだ笑みを浮かべる。

「はい」

「お尋ねしますけど」

「ええ、どうぞ」


「このブランドの服飾を作る為に、一体、何名の人間を犠牲にしましたの? そして、どのような殺し方で青い宝石、ホープ・ダイアを作っていましたの?」

 紳士は笑った。


「ストロー状の刃物を全身の血管に突き刺しましてな。逆さ吊りにして、血を抜きます。そして“向こうの世界”の者達に献上します。彼らは青い鉱石を提供してくださります。それを磨いて、ホープ・ダイアを作り続けました」

 彼は口元を押さえる。

 その表情は分からなかった。

「ふふっ、それだけかしら?」

 イリーザは自らの口元に指先を当てて訊ねる。

「はい。そうですね、もう一つ過程があるのです」

 ヴェナントも、晴れやかな顔をしていた。


「なんなら、ホープ・ダイアの製造場所へとご案内いたしましょうか?」

 紳士服の怪人は、にっこりと、二人に笑った。



 大きなマンションの一室だった。

 4LDKだった。

 殆ど、布の入った段ボールやミシンなどの資材が置かれていた。


 ある一室へと、二人は案内される。

 そこには、『Blue Hope Empress』の社長をしていた男が、頻繁に出入りしていた場所らしい。

 社長は別の場所で死んだらしいが、この部屋もかなり異様な光景だった。


 まるで棺桶のようなものが、幾つも置いてある。

 そして、その棺桶の中には、無数の針が付いており、針から抜いた血を溜める場所もあった。部屋中には奇妙な人形が吊り下げられている。それらの全身にはマチ針が突き刺さっていた。他にも、天井から、ガラス張りのランタンのようなものが吊り下げられている。中には、血の痕があった。

 そして、壁の中央に、壁画のようなものが描かれていた。

 それは、無数の頭を持つ怪物であったり、多頭の両性具有の山羊だったりした。他にも、真っ赤な鱗を持つ二足歩行のドラゴンの絵も描かれている。


「これは……?」

 セルジュは紳士に訊ねる。

「悪魔を呼び出していた部屋です。そして、ダイアを作る際に、犠牲者達の人体から血を取っていた部屋です。他の部屋も見ませんか?」

 彼はうやうやしく言った。

 

 そして。

 ある一室へと、ヴェナントは二人を案内する。

 そこは、床や壁や天井に、あらゆる魔方陣が描かれていた。

 イリーザは、ぼそりっ、と、セルジュに“ロシア語で描かれている”と告げた。

 ばたん、と、部屋の扉が閉められる。

 ヴェナントは口元は笑っていたが、眼は笑っていなかった。


「さて、生成方法は教えましたよね?」

 彼は、にこやかに笑っていた。


 魔方陣から、何者かが出現する。

 

 それは、無数の眼の無い蛇のような頭を持った四足歩行の怪物だった。巨大な犬のようにも見える。無数の頭からは、無数の牙を生やしていた。

 そいつは、この部屋の主であり、ダイアの生成と、ブランドの作成の為に携わっていた事はすぐに分かった。


「このものに生贄を奉げると。ダイアの生成を行う事が出来るのですね」

 ヴェナントは、指を弾く。


 どうやら、この男は、二人をこの怪物の生贄に奉げるつもりでいるみたいだった。

 怪物の頭が伸び、セルジュとイリーザへと襲い掛かってくる。


 イリーザに、戦闘能力らしきものは無い。

 セルジュは、彼女を守る事にした。

 セルジュは、イリーザを抱きかかえると、跳躍する。


「悪い。面倒臭い」

 セルジュは、ヴェナントの背後に回っていた。

 そして、彼の首をナイフで、即座に切り落とし、怪物の下へと奉げる。


 ヴェナントの身体を蹴り飛ばし、彼はイリーザを抱えて、部屋の外へと出た。



「さてと。とんだ、災難だったな」

 セルジュは、イリーザと共に、マンションの外へと出た。


「欲しかったんだけどねぇ、あのブランドの首飾り」

 イリーザは夕焼けを眺めながら、階段に座っていた。


 マンションの中から、凄まじい音が鳴り響いていた。

 何者かが、咀嚼され、嚥下される音だ。


 突如。

 窓ガラスが割られて、中から、無数の蝙蝠の翼を生やした男が現れる。

 彼の背中や、肩などから、無数の牙が生えていた。

 しゅうしゅう、と、男の全身から怪物の唸り声が鳴り響く。

 彼自身が、もはや人ならざる何かであったらしい。


 ヴェナントだった。

 彼の喉の辺りは、切断された首を胴と、接合した痕があった。

 彼は、何処か伯爵然とした印象を受けた。

 地獄からやってきた、悪魔達の王のようだ。


「ああ、よう。俺達を此処から逃してくれないか?」

 セルジュは腰かけた階段を立たずに訊ねる。

 セルジュは、少しだけ、殺気と、殺意のようなものを見せる。

 眼の前の男が、二度と、二人にふざけた真似が出来ないように威嚇していた。

 ヴェナントは、微笑みで返す。


「いえいえ。私は貴方達に正統なホープ・ダイアで作ったブランド『Blue Hope Empress』の継承者をして頂きたいと思っているのです」

 彼は闇に満ちていく空の下で、何も無い空間に着地しながら告げた。


「はあ?」

 セルジュの声は裏返る。

 イリーザは嬉しそうな顔をしていた。


「あれは、犠牲者の精神。つまり、血によってコーティングした後に、犠牲者達の精神、つまり、魂とも呼べるものの残滓をダイアの中に凝縮させるのですね」

「へえ、なるほど」

 イリーザは面白そうな顔をする。


「よければ、お嬢さん方、この私と一緒に、あのブランドをまた復活させませんか? そして、あらゆる方々に我がブランドを知らしめるのですよ」

「…………、面白そうだけど。お断り。私はあくまで、貴方のブランドのファンでありたいから。それに、私じゃ荷が重いかなって、小娘だし。それに、こっちのセルジュも、そうものには、興味が無いと思うわ」

 そう言って、イリーザは困惑した顔になる。


「そうですか、それは残念です」

「でも、その、ヴェナントさん。二つだけ、お願いしたい事があるの」

「それはなんですか?」

「まず、一つはブランドの“呪われない奴”を、私に幾つか無償で提供してくれないかなあ? それから、もう一つは…………」

 彼女は悪戯っぽく、言った。

「極上のホープ・ダイアのアクセサリーを、試してみたいのよ。その、他人を使って……、その効果をね」

 それを聞いて、紳士は微笑む。

「喜んで」

 男は、階段へと着地する。

「良かったっ! じゃあ、私が嫌いなタイプの女に使ってみるわねっ! 早く人体実験がしたいなあっ!」

 そう言いながら、イリーザは手を握り締めて、うっとりする。



「ブランドのホープ・ダイアを譲ってくれるんでしょう?」


 コンサバ系の白を基調とした女が話し掛けてきた。

 彼女は綺麗な黒髪が色鮮やかに映る。


 セルジュは渡された、あのブランドの首飾りを渡す。

 彼女はバッグから、革製品の財布を取り出す。

 中には、コンドームの箱が三つも見えた。


「ありがとう。今、付き合っている彼がコンドーム使ってくれないのよ。(ナマ)で出すのがいいって。こっちは妊娠の危険があるんだからさ」


 セルジュは金を受け取ると、ホープ・ダイアを女に渡す。

 彼女は、さっそく、その首飾りを首にかけた。

「ありがとう。私はヒュウガ。ねぇ、私、同性とも試してみたいの。道具、使ってさ。貴女、綺麗だし。私、好みだな。それになんとなく、男性的魅力のある、格好いい女性ってカンジだし? 縄使ってさー。縛ってよー」

 ヒュウガは何処か幸せそうに笑った。

 首筋に大量の注射器の痕があった。


「うるせぇよ、死ね。ビッチ。受け取ったなら、さっさと行けよ」


 セルジュは、ファックサインを示す。

 真っ黒なマニュキュアを塗った中指の爪が、太陽の光によって輝く。

 ヒュウガと名乗った女は、何故か嬉しそうな顔で去っていた。


「さて。あの薬中淫乱女、どうなんだろうなあ?」

 セルジュはビルの中へと入っていった、ヒュウガの後姿を眺めていた。

 パンク・ファッション風のイリーザが物陰から出てくる。

「あいつ、絶対、百人以上とやっている風俗嬢。きっと、後ろの孔も売っている」

 イリーザは風船ガムを膨らませる。

「お前、処女なのに見分けつくのか?」

 セルジュは屈伸運動を行う。

「ああいう高級ブランド尽くめのクソビッチは、みんな大体、同じ。身体売って、ブランド買うの。っていうか香水の種類で分かる」


 しばらくすると、ヒュウガと名乗った女は、十二階建てのビルから飛び降りた。地面にへばり付いて、全身を痙攣させていた。身体のあらゆるものが周辺に飛び散っている。髪の毛と血、脳漿が大理石へとしみ込んでいく。


 ホープ・ダイアの呪い。

 セルジュとイリーザは、お互いの顔を見合わせる。

「自殺したわね?」

「したな」

 セルジュは欠伸を浮かべる。


「身に付けなくて良かったわ。呪いの力、強烈」

 狂気の展示者であり、バンギャでもある、イリーザは黒い笑顔を浮かべていた。


 まるで、ヒュウガの飛び散った肉体が、一つの魔方陣のように見えた。

 イリーザは、きっとこの女、知らない男の奴のを堕胎もしているビッチ、と笑った。

 太陽が照り付けて、通行人の何名かが混乱していた。


「イリーザ、お前、ああいうタイプの女、嫌いだろ?」

「うん。大嫌い。でも、バンドマンって、ああいう女のが好きらしいのよね、財布にしやすいから。私は遠くから、輝かしいものは見ているだけでいいかなあ、って」

 

 死体に近寄ると、青いダイアは、とても綺麗だった。

 傷一つ付いていない。

 イリーザは宝石を回収すると、後日、ヴェナントに返すつもりでいた。

 ヒュウガの全身から、何かが薄らと漏れ出してくる。

 それが、彼女の精神……、魂とも呼べるものなのだろうか。

 それが、青いダイアの中へと吸い込まれていく。


「ふふふふふっ、とっても素敵な宝石ね。みなが魅了されるのが分かるわ」

「それ、あのオヤジ、量産するつもりでいるんだろ?」

「欲しい人間なら何名でもいるのよ。以前、出回っていたのを、なるべく回収して、新たな魔術を付随した、最凶のダイアモンドと、それをあしらったブランドを作りたいんだって」

 イリーザは、無邪気な笑みを浮かべていた。


 そして、近くの百円ショップに寄って、買ってきたヘラを取り出すと、地面に貼り付いたヒュウガの死体をヘラで、べりべりっ、と剥がそうとしていた。

「お前、一体、何をやっているんだ?」

 セルジュは訊ねる。

「うーん、こんなビッチの皮膚でも。私が手製で作っている、服の素材には使えるかなあ、って思って……」

 彼女の眼は異様なまでに、死体に執着していた。

 顔の皮が特にいい、と言いながら、砕けた鼻骨を取り除いていた。

 べり、べり、べり、べり。


 もうすぐ、警察がやってくるだろうが、それがなければ、彼女は何時間でも、その死体を弄んでいそうだった。セルジュは辺りを見渡すと、少しだけウンザリして、そのまま帰る事に決めた。



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