来た
砂嵐で茶色く濁った空をある青年が見上げていた。
時刻はまだ正午のあたりだというのに、青い空をうかがうことは難しかった。
青年は砂嵐から身を守るためにぼろきれを身にまとっていたが、青年の前腕あたりの布が長方形に浮き上がっていた。
青年が右腕につけている長方形の機械は、命を懸けて戦う戦士の証だった。
何千年か前にはたくさんの戦士がいたが、過酷すぎる戦いで次々と命をおとしていき、もう世界に数える程度しかいなかった。
「くそっ・・・どこかに水はないのか・・・」
青年が歩いている場所は砂漠のど真ん中だった。砂嵐がひどく1メートル先もろくに確認できない。
このままでは青年は死を迎えるだろう。そして青年が死を覚悟した矢先だった。
「あっ・・・!町か」
青年の前方、すぐ目の前に町の入り口らしきアーチがあった。アーチをくぐった先に民家がずらっと奥にむかって並んでいたが、人影はない。
「嵐で閉じこもっているのか」
この様子では水や食料を入手するのは難しいな、と青年が考え、少しでも砂をしのげるような物陰はないかとあたりを探し始めた時だった。
「おい、アンタ」
何者かに呼び止められた。
見ると、すぐ先の民家の戸が少し開かれており、そこから腕だけが出て手招きをしていた。
「この嵐だ。はやく入りな」
男の声だった。親切な人もいるのだと青年は声に誘われて民家へと足を踏み入れた。
家は木でできており、家具もほとんど木でつくられたようだった。机や椅子やタンスは木でできている。
「こんな悪天候の中、よくここまで来られたなぁ。運が良いんだなぁアンタァ」
「ああ、ありがたいよ。本当感謝してる」
青年は歯を見せてニカッと笑って見せた。
家主の男が自己紹介を始めた。
「俺は森田だ。今年で28歳になる。アンタの名を聞かせてくれよ」
布きれを脱ぎ去って体についた砂を払い落とすと青年は自身の名を明かした。
「三枝だ。三枝タクミ。年齢は32。全国を旅して回ってる」
そこで森田は三枝が右腕につけている機械を確認して驚愕した。
「お・・・おい。アンタはもしやデュエリストなのか・・・?」
「そうだ。だが、飾りみたいなもんさ。腕はからっきし」
三枝は肩をすくめて自嘲気味に笑っているが、その機械をつけているだけで相当な覚悟をもっていると森田は予想した。
「森田は大げさに考えているがな、これをつけていると旅の途中に襲われる事が少なくなるんだ。みんな逃げていくから旅しやすいんだよ」
三枝が身に着けているそれはデュエルディスクと呼ばれているものだった。デュエルモンスターズに命を懸けられる者しか装着を許されない誇りある道具だった。
これを付けた状態でデュエルを行い、敗北した者はそのまま死亡するという仕様から使用者は年々減る一方だった。
ディスクの危険性を危惧した団体がディスクを破壊してまわるという事態も起こっているのである。
そのおかげでディスクの使用者は現在地球上でわずか70人に満たないという。
「そうか、腕はからっきしかぁ。よく今まで生き残れてこれたな」
「家に入れてもらった上に頼み事で悪いんだが、水をくれないか?砂漠横断中に水を切らしてずっと飲んでないんだ」
「おー、そうかそうか。水なら余ってるしすぐ用意してやるよ。あと軽く飯を用意するから少し待ってろ」
「助かるよ」
数分後、腹ペコな三枝の前に出されたのはコッペパンにクリームシチューだった。
「まるで学校給食だな」
苦笑いする三枝。
「まぁ、遠慮するな。食べなよ」
三枝の向かいに森田は腰かけた。
そして三枝は素朴な疑問を覚えた。
「こんな砂漠の中でパンや野菜なんかどこで作ってるんだ?」
「ここは配給制さ。決められた食べ物と量が上から支給されるんだ」
「ふーん」
三枝は話を聞きながら、クリームシチューをスプーンですくい、口へと運んだ。
「じゃあ、周りの環境のわりにはここは住みやすい所なのかな?」
「そんなわけあるか!!」
ドンと森田は握り拳をテーブルにたたきつけた。
突然のことに、パンにかじりつこうとした三枝の動作が中断される。
「どうしたんだ急に」
「い、いやぁ、この町を牛耳っている奴らは本当ひどい奴らなんだ」
「どういうことだ?」
「町の住人全員に過酷な肉体労働を交代制で強いているのさ。もう何人も死んでいる。そしてどれだけ働いても労働者にはわずかな食料と生活用品しか与えられない」
「そんなにひどいのか」
「あぁ・・・そうさ。逃げたくてもその砂漠だ。逃げる気もなくなる。こんな劣悪な環境をなんとかしたいのだが・・・」
ギリリと歯ぎしりをして悔しがる森田。しかし、森田の目は悔しさだけではなく、闘争心の炎を三枝はなんとなく感じ取った。
「三枝、俺は明日から三日間町はずれの炭鉱で働かなければならん、今日はもう寝る。アンタも休んで旅の疲れを癒しな」
「あぁ・・・」
パンとシチューを食べ終えると三枝は森田が用意してくれたシーツを床にしき、ディスクを腕からはずして眠りについた。
まだ嵐なのか、家の窓が風でガタガタと音を立てていた。