第8話 開戦の合図
また金曜日ぎりぎりというこの状況に投下!
どうか私めというカラスの駆除だけはしないでください!
というわけで次回はもうちょっと早めに!
八嶋はスマホを耳から離した。どうやら会話が終わったらしい。スマホをズボンのポケットにしまうと紀坂と倉川に向かって言い放った。
「計画通り」
すると倉川は笑いながら「当然だよ」と自前のコーヒーを啜る。金山は疾くにコーヒーを飲み終えているが。
「それにしても、店長さんでしたか?バイト君をこんな形で売ってしまって大丈夫なんですか?後で相良君にぶちのめされますよ?」
「ハハハ、大丈夫さ。僕はもう慣れてるよ。減給した時なんか特に酷かったからね」
相良を前にして店長は店長の権力を使えずにいるようだ。こういう何気ない仕返しでストレスを発散するしかないのだそう。それならバイトをクビにすればいいと提案するも、人手が足りないからダメだという。明らかにひ弱そうだし仕方ないのか、と無理矢理に納得しておく。
「あなたも大変なのね、ご愁傷様です」
「ありがとう、嬉しいよ、なんか、うん」
自虐的に答える倉川。紀坂と金山は顔を合わせて少し笑った。
「よし、紀坂!17時まで時間潰すよ!折角駅前まで来たんだからショッピングしよー!まだデート中だってこと忘れてないよね!行くよ」
思い立ったかのように八嶋が紀坂を襲う。そう言えばまだデートなどという地獄が続いていたんだった。自分が少し堅い服を着ている理由を思い出して嫌な気分になる。憂鬱だ。
思い切り腕を引かれモルゲンの外へ引きずり出される紀坂を薄情に見送る倉川と金山。
「店長、アイツに恨みでもあるんですか?」
「あの二人組にかい?」
「いえ、相良にです。何かしら怪しい奴らでしたでしょ、あの二人組?相良のプライバシーの保護は店長の役目でしょうに」
唐突にいつもの真面目な金山が顔を出したことに倉川は驚いた。確かに彼のプライバシーは保護しなければならない。けれど今回のは電話越しの彼女の居場所を割り出したまで。彼のプライバシーではない。倉川は金山の言葉に返事をすることなく脳内で片付けた。
「何か事件が起きるんじゃねぇかな」
そんな言葉を最後に金山は厨房に戻った。
そして時間は過ぎて17時。約束の時間が早水を襲おうとしていた。
相良さんは目を覚ましており特に何をするでもなく私の部屋を見渡している。あれ程ジロジロ見るなと言ったって相良さんには通じないようだ。
「早水ってアイドルとか好きなのか」
「あー、そのポスターは友達の子がくれたんです。私は別に興味は」
「そうか。女はみんなアイドルが好きなのかと思ってたけどそんなこともないんだな」
変な間が続く。これは私が相良さんに隠し事をしているからなのだろう。鼓動も不規則にうねっている。
時計を見ればそこに表示されているのは16時58分の文字。何も知らない呑気な相良さんの隣で確実に時間を刻んでいく。その刻まれる音があの女性の足音のように聞こえて来た。
「そろそろゴミ集積場にでも行って夕食を確保しておきたいな」
「え?まだ行ってもそんなに集まってないですよ」
急に立ち上がる相良さんに思わず釣られて立ち上がる早水。それをとても不思議そうに見る相良さんと目が合った。すぐに目を逸らしたのは勿論私の方だ。
不味い、このタイミングで玄関に近寄られて鍵の開いていることがバレたら。
「なんだ、ゴミ集積場に詳しいんだな、早水」
16時59分へ長針が傾く。もう少しなんだ、もう少しこの部屋で。
「でもいつもと同じ時間にゴミ集積場に出向いたらアイツらが待ち伏せしているかもしれないだろう?だから少しズラしておきたいんだ」
「それなら17時になってから出ましょう!時間もきっちりでいいんじゃないですか?」
「なんだその提案。まるで17時まで僕が此処にいなきゃならないみたいな言い草だな」
しまった。
「早水、何か隠しているのか?」
「か、隠しているって、なな何がですか?」
ダメだ誤魔化しきれない。自分のこのアガってしまう癖をどうにかしたい。
相良さんは何かに勘付いたように辺りを見渡す。しかし辺りでは何もまだ起きていない。当然だ。今から起こるのだから。
ピーン、ポーン。
静寂を裂くように無機質な音が部屋に響く。来客を意味するこの音が何を意味するのか理解できたのは早水とその音を鳴らした者のみだ。
17時になった。少し早かったようだけど、恐らくあの女性だよね。
「誰だ?!」
相良さんが叫んだ。扉の開く音がした時、私は安堵した。きっちり女性との約束を守った。相良さんはというと戸惑いを隠せない様子。それはそうだ、自分で閉めたはずの扉が開いたのだから。
「早水、何処かに隠れろ!クローゼットでもいいから早……?!」
私は前へ進んだ。そして一人の女性の元へ。相良さんの横をすり抜けるように前へ。そして短い廊下に立つ女性の胸へ飛び込んだ。
「おっと、危ないよ、名無しちゃん。あ、また会ったね、相良君」
「お前……?!どうやって中に入った?」
「この子が扉の鍵を開けてくれたのよね。だからこうして簡単に侵入できたわけ。この子から聞いてなかった?」
僕の目の前にいたのはモルゲンにいた女。今は飛び込んで来た早水を抱えている。
17時まで此処で僕を拘束しようとした早水の行動の意味が分かった。鍵の開錠を隠していたかったのだろう。早水は俯いていて何を考えているかは不明だ。しかし罪悪感を感じているような顔に見える。気のせいだろうか、思い込みだろうか、その辺はまだ分からない。
「目的はなんだ」
「目的ねぇ、カラスのことで協力したい、かな」
「協力?」
「そうよね、紀坂」
早水を抱えたまま後ろを振り向く女。すると「そうだね」と言いながらあの時の男が前へ出て来た。モルゲンにもいた男だ。やはり仲間だったのか。少し離れた場所に座っていたから一般客だと思っていたが、そうも甘くないようだな。
「僕らは相良君の仲間だ。だからカラスとして生き抜くために協力してほしい。ただそれだけだ。勿論、この子も歓迎するつもりだよ?」
紀坂と呼ばれた男は虚ろな表情をする早水の頭にポンっと手を置いた。早水は依然と女の腕の中にいる。胸糞が悪い。僕が見つけた仲間だというのに。
「お前らは早水に何を吹き込んだ?」
「嫌だなぁ、相良君。僕らを悪者扱いするだなんて。仲間だって言ったじゃないか。この子にも仲間だよとしか言ってないとも」
怪しい。僕はそう脳に語りかけた。急展開すぎる。この前、カラスが俺だけだと思うなと言い残して去った男とは別のカラスが仲間になりたがっている?そんな馬鹿げた話を信じろというのか?そもそも何故仲
間になりたがるんだ?僕は3人を前に冷や汗を垂らす。思考が追い付かない。不味い。
黄昏時の静寂の中で睨み合う双方。廊下で起きている出来事とは思えないほどの冷戦。目だけで火花を散らす戦い。僕の敵は味方だという事実を前に困惑を隠しきれない。
「その協力に手を貸さないとしたらどうする?拒否権はあるはずだ」
「へぇ、拒否権ねぇ。それじゃあ僕らは退散するしかないね、この子と一緒に。そして危険物質と見做して排除しなきゃならないな。店長のように」
早水の顔色が変わった。瞳孔が開く感覚は早水自身も感じていた。
「店長を排除した、だと?」
「ああ、だって言うこと聞かないんだ、あの店長。相良の行きそうな場所を教えろって問い質したのにさ。だから、相良君が協力してくれないって言うんなら、店長の後を追って貰わなきゃならないね。どう?協力してくれる?」
早水は未だに動こうとしない。店長である倉川がこの女性に脅されていたことを知っていたから、今この状況がどれだけ危険かを悟っていたのだ。
僕はそんな早水の心を感じ取った。紀坂は半笑いで僕を見ている。どうにかどちらも傷付けずに助かる方法はないのか?敵か味方かが曖昧なこの状況で二人に手を貸すのは危険だ。だからと言って自分だけが逃げるのも違う。一体どうすればいい?
――数年前――
俺は殺っちまった。俺は悪くない。コイツが全部悪いんだ。俺は正当防衛をしただけだ。そうだ。犯人は俺じゃない。俺じゃない。
真夜中の路地裏にあるとあるアパートで男が狼狽えていた。自らの手で非常階段の下階に向かって男を突き落としたのだ。突き落とされた男は頭部から血を流して倒れ込んでいる。即死だっただろう。
物音を聞きつけて近隣住民が様子を見に外に出始める。その内の1人の目に飛び込んできた情景こそ殺人現場と呼ぶべき情景だった。
俺は逃げた。悪くないと言い張るのなら逃げるのは筋違いだと分かってはいるが、何処かで罪を認めている自分がいるのだ。俺は手を一切汚すことなく殺人現場から離れた。
数分もしない内に遠くからパトカーのサイレンが聞こえて来た。数分もあれば俺でも此処まで逃げられる。公園のベンチに腰を下ろしながら俺は息を整えた。
「君、何か殺したね?」
突然背後から声がして勢いよく振り返るとそこにいたのは警察ではなく、一般男性と呼ばれるに相応しい容姿の男。何だ、コイツは。俺は素早く腰を持ち上げて臨戦態勢になる。
「待って、待って、いかにもじゃないか君。いや、大丈夫、僕は君の味方さ。安心してくれていい。ただ僕は君を救うことは出来ない。少しだけ逃亡の術を教えてあげようと思ってね」
「逃げる術?」
「ああ。君はカラスと言う生き物を知っているかい?カラスはとても狡猾な生き物で人間の目を欺いてゴミ袋に穴を開けて餌を探し、街を破壊させて飛び回るんだ。人間はその行動に対する対応に明け暮れていて未だにこれと言った解決方法が見出せていない」
「何が言いたい?」
「つまりだよ?君もカラスになればいいんだよ」
「は?」
「警察の目を欺き、その行動に対する行動を警察にさせなければいい。対応力のない警察はカラスである君を捉えられないって訳さ」
「幾つも事件を起こせって俺に言ってんのか?」
突然現れて何を言い出すかと思えば、カラスの話。俺には関係のない話だが少し興味がある。あまり長居もできないから端的に話してくれると助かるのだが。
「いや、そうじゃない。まぁ、確かに結論で行くとそういうことになるだろうけど少し違うかな。仲間を増やせばいいんだよ」
「共犯者ってことか」
「何だ君、察しがいいじゃないか。そう、共犯者を作るんだ。共犯者を作って各地で同じ手口の犯行を行う。するとどうなるか。犯人の目星は一人になり、共犯者の内の誰かが逮捕された途端に調査は打ち切り。その共犯者が黙秘権を行使すれば君は逃げ切ることが出来ると言うわけさ。どう?カラスっぽいだろう?」
この男の言っていることは逃げながら仲間を集めることを前提としているようだった。更に信頼度も高め、共犯者の存在を知られてはいけないということも基盤に置かれている。不可能な作戦だ、と俺は単刀直入に告げた。
「確かに、一見不可能そうな作戦だよね。だって君はカラスになっていないんだから。カラスになれば分かることさ。どうだ?一つ賭けてみないか?」
魅力的な世界だとは思った。だからと言ってそんな世界に手を染めるわけには行かない。と言っても、既に一人殺めてしまったのだ。道なんてあってないような物じゃないか。
「分かった、カラスになる」
「いいねぇ、ようこそ裏社会へ」
俺はサイレンの響く街で一匹のカラスと出会った。そのカラスは俺に逃げ道を教えた。だが数日後、俺は縞模様の服を着せられて監獄の中にいた。
登場人物
相良修斗 (20)男
早水雪菜 (18)女
紀坂涼真 (22)男
八嶋絵美 (22)女
金山昌幸 (63)男
店長 倉川(?)
短刀を持つ男
監獄入りした殺人犯
謎のカラス
次回予告 第9話 満月は褐色