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僕と空き缶  作者: 凪希なぎ
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第6話 塒の団体戦

大体一章の佳境といったところでしょうかね。

楽しみにしてくれている方々、読んでくださってくれている方々。

今回が初めての方々に感謝いたします。

 早水は明らかに怯えた顔をする。突然、親族面で目の前に見知らぬ女が着席したのだ、当然の反応だろう。更に面妖な笑顔を見せつけながら。テーブルに肘を突き、顎を支える女。そして、目の前から突き放たれた質問が彼女の脳内で暴動を起こす。早水は少しの間葛藤した。相良からカラスのことは他言無用だと言われているのだ。仮に相手がカラスだったとしてもそれが善人とは限らないと。短刀を忍ばせているかもしれないと。彼女は覚悟決めて否定する。


「カ、カラスなんて知らないですよ?人違いじゃないですか?」


 だが早水の女に対する第一印象「聡明」が的中していたのか、女は笑いながらこれを否定する。まるで事情聴取のような現場。勿論、私が容疑者だ。


「嘘だね。あなたカラスと聞いて『黒い鳥』だとは思わなかったの?制服を着るくらい大きく育っているみたいなのに」


 女は詰め寄り、早水の瞳を覗き込む。鴉のように黒い瞳だ。その瞳は女を見ようとするがそれを避けるように、コントロールが利かないように回る。


「あなたは何かを隠している、そうでしょう?」


 王手を掛ける。詰められた玉将は投了するか、悪足掻きをするしかない。さて早水の次の手は何か、女は飛車角落で待つ。早水はそれでも相良の言葉を信じた。


「この辺りで鴉をあまり見ないんです。あなたは鴉を見たことがあるんですか?」


 女は目を丸くした。その近くで話を伺っていた女の仲間らしい男もコーヒーを吹き出している。女は状況を理解し、息を整えて早水の質問に答える。


「なるほどね。それは確かに私も見ないわね。で、何が人違いだったの?私の『カラスはご存知?』という質問をする相手が間違い?金山さんにすればよかったかしら?それなら金山さんにこの話を持ち掛けるのだけど」


 論点を敢えてズラし、様子を伺う。女は敷かれたレールを歩くような人間ではないことは分かった。女の勝ち誇った顔。赤髪が靡く。


 早水は対照に困った顔をした。白い髪が靡く。


「ごめんなさい。か、隠しているかもしれないです」

「でしょう?先に言っておくわ。私たちはあなたの味方ね」

「え?み、味方?」


 ここまで過ぎたところで僕は早水の注文したカフェオレを持ち厨房に立った。そこから見る景色には男女のヒソヒソ団と早水がいた。ヒソヒソ団の内の女の方が早水の座るテーブルに同席している。僕はマグマが火口まで競り上がる感覚を覚えた。しかし今爆発させるわけには行かない。休火山を装いながら盆に乗せたカフェオレをゆるりと運ぶ。コツコツと確実に距離を詰める。彼女を危険に晒すのは僕だけで十分だ。


「お客様、店内での暴走は他のお客様の迷惑になります。直ちにお引き取りください」


 僕は早水のいるテーブルに着くなりカフェオレを置き、そんな言葉を吐き捨てた。女は僕の姿を見ると少し笑い、休火山に油を注ぐ。


「あら、別にあなたには関係のないことなのだけど?」

「此処は公共の場所でございます。お客様とは言えど、公共の規則には従って頂きます」

「公共の規則を守らずに此処に入り浸るあなたには言われたくないなぁ」


 早水は僕を心配そうな目で見つめている。ヒソヒソ団の女は僕を軽蔑の眼差しで睨めるように見ている。男はと言うと知らん顔でコーヒーを啜っている。あの男は仲間ではないのか?それともあの男の手には負えない程の暴走をしているのか、この女。


 とりあえず、このままでは早水が危ない。


「早水!」


 僕はカフェオレの入った容器を掴み、早水の手も取った。そして握ったカフェオレの容器を勢いよく女に投げつけた。容器は白いブラウスに当たると弾け飛び、カフェオレが当たりを染めた。女の悲鳴が響き、それを聞きつけた金山まで現れる始末。どうして僕はこう運が無いのだろう。できれば人生はイージーモードがいいんだが。


「行くぞ、早水!」


 僕は早水の手を引きながら陳列するテーブルの群れを躱しながら出入口のベルを鳴らし外界に飛び出た。朝日の輝く交差点に自動車は走っていない。殺風景な八王子が広がる。パズルのピースが1つ足りないように感じる。それでも僕らはこのカフェから逃げ出さなければならない。昨日の夜に出会った男の手先の人間かもしれないのだ、あの人間たち。


 僕は早水を連れながら走り、先程の状況について考える。早水は女に何かを吹き込まれたかもしれない。そうなると僕のことを疑い兼ねないけど、彼女が僕のことを信頼している間はまだ利用させてもらう。



 一方、カフェでは八嶋と紀坂が取り残されていた。


「あー!!腹立つ、あの子!!やっぱり私あの子嫌いだわ!」

「仕方ないよ、カラスになる覚悟が出来ていないようだしね、彼。とりあえず接触する時を誤った僕らも悪かったってことだろうね」

「でも早く接触しておかなきゃ監視カメラの一件で……」

「それは大丈夫だよ」


 ブラウスを汚され不機嫌な八嶋を前に動揺一つ見せない紀坂。


「どうして言い切れるの?」

「八嶋がさっきの女の子に味方だと言ったろ?あれで彼女の心は相当揺れているはずだよ。それが吉凶のどちらに傾くかは分からないけどね」

「ふーん、先に言っておいて良かったってわけね」

「まぁそういうことだ」


 紀坂はルーキーのカラスである女を見つけた際、あちらとの接触は可能だと八嶋に話した。それは見た感じ女の方がひ弱だったからだという何とも曖昧なものだった。だが、この決断が功を奏したのかあの女の心を操作することができた。紀坂はそう確信しているようだ。


 徐に八嶋はブラウスに目を向ける。


「あーあ、でも此処まですることないのに、はぁ」


 八嶋のブラウスはお釈迦になった。洗濯をすれば元に戻るだろうが、八嶋は紀坂の洗濯機を借りるなどしたくはないと思っていた。腹部から受けたカフェオレは鈍くブラウスを染め上げ、少し下着の紐が透けている。それを紀坂が指摘することはなかった。


「そ、それにしてもあの男の名前は分かったじゃないか」

「相良って書いてあったわね」


 落ち着いた口調で再び会議を始める。自らが先程まで座っていた席に戻り、八嶋は金山を呼ぶ。コーヒーの追加注文だ。紀坂もこれには呆れ顔である。数秒して金山が来た。


「お客様、服はどうなされましたか?!」


 一部始終を厨房で傍観していた金山は呼び掛けで我に返り駆け付けた。酷く動揺している。それを見て八嶋は強めに金山を自身に引き付けた。金山の顔のすぐ近くに八嶋の整った胸がある。ただカフェオレの香りがする。


「な、何を」

「あなた金山って言うのよね、私に構わないで早くコーヒーを1杯注いで来て貰える?」

「か、かか畏まりました!」


 八嶋は笑顔で「お願いね」と頼んで解放した。金山は伝票のメモを忘れずに付ける。カフェオレを伝票に付け加えようか悩んだが控えた。飲んだわけではなさそうな風貌だったし、胸のこと思い出したら書くことが申し訳ない。金山は伝票を置き、2人をチラリと見遣った後、すぐに厨房に向かった。コーヒーを作らねばならない。


「男の使い方が上手いのか、下手なのか」

「何?男って胸を視野に入れれば従順になるって言うじゃない?それにあの男は巻き込まない方がいい気がする。でもそう言えば、あの子には上目遣いもブラウスの透け具合も効果が無かったみたあいだけど」


 紀坂は今、どうして八嶋が白いブラウスを選んだのかが分かった。白い服が着たかったのではなく、肌の透ける薄い服が着たかったのだ。なんと計算高い女なのだろう。紀坂は少しだけ震えた。勿論、寒さからではない。


「それで、どうするの?もう二度と接触することがないかもしれないけど?」

「なんでさ?」


 紀坂は残りのトーストを貪りながら尋ねる。紀坂は本当に食事に時間がかかる。以前どうしてそんなに食うのが遅いか聞いたことがあった八嶋はそれを思い出した。「味わって食べないと農家の人に申し訳ないだろう?」っていう偽善を聞き、吐き気を催したことがあったと覚えている。今でもトーストが戻ってきそうだ。ゆっくり呼吸をし逆流を抑える。食道でのポロロッカだけは避けたい。


「なんでって、彼が私と同じくらい計算高いからに決まってるでしょ?私に向かってカフェオレをかけたのだって、女性がドリンク塗れの服で外を出歩かないことを考えての行動だと思うし。それに相当の怒りを覚えていたにも関わらず初めは私に敬語で話した。それが業務中だからという説明だけで語れるものじゃないと私は思う。カフェオレを投げたい程のお相手に敬語で話すかしら?」

「確かにそうだね、傍観している限りはあまり感じなかったけど、そう言われると感情を抑制していたように思うね。感情を抑制するタイプは後が怖いな。ま、カフェオレをかけたのは逃亡のための時間稼ぎしか意図は無いように思うよ。あれだけ言い詰められた人間があの瞬間でそんなこと考えられないよ、女性がどうとかってさ」

「それもそうか。でもそれだけの計算する思考があるとするなら当分此処には訪れないかもしれないよ。もしかしたら私が下調べした家にもいないだろうね」

「家、家か」


 唐突に思考の海を泳ぎ始める紀坂。


「私がこれからも此処を根城にしようとしてるのもバレてるだろうし」

「根城にしようとは僕も考えたね」

「ヤダ、同じ思考回路とか、涼真ったら」

「気持ち悪いぞ、八嶋」

「お互い様でしょ?!」

「でも、向こうに悟られないで向こうの居場所を入手する方法ならあるよ」


 紀坂は自信満々にトーストを完食し、頬杖を付く。八嶋が今まで見た顔の中で一二を争う気味の悪さだ。八嶋は黙ったまま紀坂の話の続きを待つ。


「あの男さ」


 紀坂は厨房を指差す。そこにあったのはコーヒーを嬉しそうに運ぶ金山の姿だった。相良の所為で配置の変わったテーブルの群れを上手く躱しつつこちらへ近付く。


「あの男を使うってどうやっ……!」


 言い掛けて気付いた八嶋。金山の使い方なんて考えれば簡単ではないか。同じ職場で働く人間。更に、かなり年配だから店長の可能性すらある。店長だとしたらオーダーを取りに来ているは不審だが。


 と、途端にカフェのベルが鳴る。カランカランと朝の経過を示すような音。そこには一人の人影。紀坂は構える素振りを見せないが、その前で少し前傾姿勢を取る八嶋。


「アイツは?」


 八嶋が静かに紀坂に尋ねる。紀坂は「知らない」と一言捨て、残しておいたコーヒーを啜る。その様子を見た金山が八嶋にコーヒーを渡しながら言った。それは名案の襲来を意味していた。


「店長、遅いですよ」

「やれやれ、僕の店を戦場にしてもらっては困るよ。どうせ相良君の仕業なんだろうけどさ。君たち、大丈夫かい?」


 コイツは使える駒が転がって来た。王将はニヤリと笑った。


 王手だ、相良君。



相良修斗 (20)男

早水雪菜 (18)女

紀坂涼真 (22)男

八嶋絵美 (22)女

金山昌幸 (63)男

店長

短刀を持つ男


次回予告 第7話 裏切の襲来

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