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僕と空き缶  作者: 凪希なぎ
6/12

第5話 珈琲と迎撃

同時投稿の2話目です。

この度はスマホの故障が迷惑をかけました。

スマホさんにはカラスになってもらいましょう。

冗談ですけど。

「お待たせ!待った?」

「かなり待った。八嶋はどうしていつも時間にルーズなんだ」

「はぁ、こういう時は『いや待ってない、僕も今来たところだよ』とかなんやら言って誤魔化しておけばいいのに」

「誤魔化すって何だよ、お前に嘘はつかないよ」

「え?」


 それはそれでありだな、と思う八嶋。


 今日は紀坂と八嶋のデート日。兼ねてより約束(脅迫)していたデートは天気にも恵まれ好調のスタートを切った。待ち合わせをしていたのは八王子駅前。昨日の夜とはまた一変、暖かな朝の光に溢れていた。

 八嶋は昨日紀坂に見せていた白いブラウスにデニムのズボンというラフスタイル。一方、紀坂は正社員のような格好をしている。とにかく堅い。


「とりあえず、午前七時に駅前に来てみたのはいいんだけど、こんな時間に何処が開いているの?こんな時間に開いてる店、見たことがないんだけど?」

「だろうね。大学で忙しい八嶋とは違って僕はフリーダムだからね」

「自慢できることじゃないんだけど?」


 紀坂と八嶋はとある「カフェ」を目指しながら歩いた。そのカフェの名前は「モルゲン」。ドイツ語で朝を意味しているらしい。だからと言って午前中しか営業していないのかというとそうでもない。「モルゲン」は巷でも噂のカフェで、最近新しいメニューが追加されたとかなんとか。そんな噂は紀坂の耳にも届いていた。今回その店を選んだのも八嶋のためではなく、彼が行きたいからという浅はかなものだ。


 朝方はサラリーマンが多く、誰もカフェには寄らない。そう考えるとカラスにとっては恰好の的と言っても過言ではない。良い感じであるならそこに入り浸るのもありかもしれないと考える紀坂。


「ここがその噂のカフェ?」

「そのはずなんだけどね」


 入店し、雰囲気のいい内装を通り抜けて席に着いた。そして適度で覚えやすい長さのメニューを舐めるように見渡した後、どこの飲食店でもするオーダーに入る。すると笑顔で店員がやって来る。此処まで良かった。どうしてこんな年配の男性が注文を取りに来るのだとその場にいた2人は同時に思った。


「どうかいたしたかね?」


 その男の名札には「金山」と記されている。早起きを利用して小遣い稼ぎでもしているのか、満悦そうだ。紀坂は勝手にカフェは若い女の子の店員だと勘違いしていた。そう言えば、元気なおじいちゃんが働いているとも噂が流れていたような気がする。


「い、いえ、えっと注文なんですけど、モーニングセットを2つでお願いします」

「畏まりました。こちらコーヒーにミルクはお付けいたしましょうかね?ブラックもお選び頂けますが」

「あ、私ブラックでいいや」

「じゃ、じゃあ僕はミルクを付けてもらおうかな、あはは」


 調教されたおっさんが此処まで気味の悪いものだとは思わなかった紀坂。畏まりましたと言いながら席から離れていく金山という店員を見送りつつそんなことを考える。八嶋は特にあれを警戒する様子もない。彼女はジャズ音楽を聴きながらもう用もないメニューを眺めている。紀坂は自分が考え過ぎなのか、八嶋が鈍感なのか分からなくなっていた。


「お待たせいたしました、モーニングセットのミルクなしの方は」

「あ、私です」

「僕はありの方です、ありがとうございます」


 それぞれミルクの有無しか違いの無い同一のメニューを受け取る。トーストやちょっとしたフルーツなど軽食揃いなのがまたいい。こういったメニューが噂の種なんだろう。


「それではこちらが伝票になります。ごゆっくり」


 深々としたお辞儀を最後に店員はどこへやら消えていった。紀坂は伝票を拾い上げ金額を確認する。1人480円で合計960円の朝食。財布に優しい金額設定にひとまず安堵する紀坂。


「ねぇ、このカフェ静かよね。ジャズが雰囲気を作っていて和やかで」

「確かに、世の中にこんな綺麗な場所があるとはね」


 ただあの店員を除いては、と付け足そうと思ったがやめた。


 暫くトーストを頬張っていると厨房の方から怒鳴り声が聞こえて来た。金山の声のようだが、先程の冷静とした声ではなく棘々しい声だ。罵声に近い。


「何かあったのか?」

「さぁね、バイト時間に遅刻した新入りとかなんじゃない?どこの店でもよくあると思うけど」

「よくあるのか……」


 あまり自室から出ない紀坂はカフェが初めてということもあり、普段を知らない分新鮮さも八嶋の数倍は大きかった。


「あ、コーヒーない。おかわり貰おっかな」

「はぁ?八嶋、コーヒーは味わって飲んでくれよ。まぁ別におかわりくらいいいけどさ、単品ならそこまで値段しないだろうし」

「うん、180円だし安い方じゃないかな」


 そう言いながら八嶋は片手を上げながら店員を呼んだ。すると厨房から金山の声がする。少し怒りを抑えて返事をしたようだが、客の紀坂らにもまだ伝わる程度にしか抑えきれていなかった。そして、また金山が来るのだとメニューを眺めていると、若い声が八嶋の耳を貫いた。爽やかだとは言えないが、好青年のような金山とはかけ離れた声。


「失礼します、注文を承ります」

「え、ああえっと、コーヒー、ブラックの単品を1つで」


 珍しく八嶋が少し挙動不審になる。青年は不思議そうな顔をしながら注文を取り伝票にもメモを加える。その2人の様子を紀坂はトーストの最後の欠片を口に放り込みながら眺める。特に興味はない。


 八嶋は「では、少々お待ちください」と厨房に戻る青年を目で追った。


「紀坂、間違いない、カラスのルーキーよ、あの子」


 紀坂は驚きのあまり咳き込む。デートだからと気を遣ってカラスの話題を出さないようにしていたのに、まさか八嶋の方からカラスの話を振って来るなんて。紀坂は調子を整えながら台無しになったデートを掘り漁るように八嶋に尋ねる。


「あれが昨日言っていた新人の男の方か」

「間違いないわ。どう、今此処で接触しておくっていうのは?人も少ないんだし、絶好の機会だとは思わない?」

「まぁ、確かにありだけど絶対に割り込みがないとは言い切れないよ?金山っていう店員もいるしね」

「あのー、コーヒー」


 ヒソヒソ話の上にそれを傍聴するように立つ青年。名札には「相良」と書かれている。冷たい視線で飛び跳ねた八嶋と紀坂を見下ろしている。冷や汗まで流れる2人は動揺しながら温かいコーヒーを受け取る。終始疑り深い目の相良は妙に2人を警戒しながら厨房へ消えた。


「気配、全くしなかったんだけど?私たちよりカラス向いてるんじゃない?」

「確かに、今のはびっくりした。ステルス機能でも身体に搭載されてるのか?」

「とにかく、接触はまだしない方が良さそうね」

「直接的に関わるのは危ないかもね。とは言っても、見た感じでは自分がカラスだって自覚は薄いかもしれないよ、あの相良って子」

「そうね」


 ヒソヒソ話を再開した客人。僕の働くカフェに朝から客が来るなんて珍しい。何か嫌な予感がする。1月になってから好機が1つもやって来ていない気がする。いや、でも彼女みたいな存在は出来た。もうすぐ来る頃だと思うけど。


 するとカランカランと入店のベルが鳴り響く。金山と相良の挨拶がその客を包み込み、相良が接客の対応に伺う。その客人は制服姿で水色のマフラーを巻いている。手袋まではしないものの防寒対策はしているようだ。


「いらっしゃいませ」

「え、何?昨日の相良さんですよね、堅くないですか?」

「業務中だ、それが当然だよ」

「へー、そうなんですね」


 八嶋は飲んでいたコーヒーを置きながら咳き込む。紀坂はそれを見て何かを察した様子。


「八嶋、まさかアイツ」

「2人目のルーキーで間違いないわ、制服を着てるところからするとやはり大学生ではなかったのね。ま、あれが制服キャラクターのコスプレイヤーでなければ、の話だけど」


 ヒソヒソ話を続ける2人の客を見て怯えるような早水。


「ねぇ、朝って誰もいないんじゃないんですか?誰、あの人たち?」

「知らないね、僕の初めて見る顔ぶれだよ」

「ふーん、ちょっと怖いんですけど、あの2人」

「気にすんな。どうせ人間だ、僕らを襲うような真似はしないだろうさ。それよりも注文があるなら早くしてくれないかな」

「あ、ごめんなさい!じゃなかった、分かってる、謝ったらいけないんですよね!分かってるから怒らないで!えっと、じゃあカフェオレで」

「カフェオレね、畏まりました」


 相良はそう言いながら窓際の奥の席に座る早水から遠ざかる。早水もその後ろ姿を見送りながら視界の隅に映る怪しい客人2人をチラッと見遣る。明らかに不審者な挙動。暫く見ているとその内の1人が立ち上がってこちらに歩いてきた。マズいと顔を伏せるが遅かった。テーブルの対称的な位置に誰かが座った。恐る恐る顔を上げるとそこには若い女性が座っていた。白いブラウスを着た聡明そうな女性だ。早水は身構えながら問い掛けた。


「わ、私に何か用でしょうか?」


 すると若い女性はこう答えた。別席に座る男性とアイコンタクトを取りながら。


「あなたはカラスってご存知?」



登場人物

相良修斗 (20)男

早水雪菜 (18)女

紀坂涼真 (22)男

八嶋絵美 (22)女

金山昌幸 (63)男

店長

短刀を持つ男


次回予告 第6話 塒の団体戦

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