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僕と空き缶  作者: 凪希なぎ
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第4話 二羽の離島

スマホ故障の影響で2/9は二話投稿です。

カラスになりたいですね。

黒い羽で悠々と飛び回るあの。

 鼻歌を口遊みながら紙袋を二つ提げる影。街灯の横を過ぎる度に満足気なフードの中の表情がチラつく。赤髪を揺らしながらその影は帰路を辿る。鼻歌はずっとリピートなのか同じフレーズをぐるぐる回っている。そんな影が赤信号を前に立ち止まる。この赤信号を渡れば路地に入り人通りは一気に少なくなる。三賀日が過ぎたとは言え、この時間でも駅前はかなり混んでいた。少し駅の方を振り返り、淡い目でカップル達が手を繋いで歩く様子を見る。


「ケッ。下らな」


 影は前へ向き直る。信号が青から赤に変わったところだった。


「あ」



 影はその後も大きな紙袋を両手に提げながら長い距離を歩いた。街灯の輝きを辿り、誰も寄り付かないような道を敢えて選びながら。やがて着いたのは一軒のマンション。八王子は閑静な街ではある。しかし、特に此処は一段と静かだ。マンションは既にほとんどの照明を寝かしつけている。とある一室を除いては。


 その一室を目指すように階段を上り始める影。紙袋が邪魔で仕方がないが、自分の大切なものと紀坂へのプレゼントが入っているから無碍にすることは出来ない。そして思い出したかのように鼻歌を奏でる。


 厳粛な扉が影を迎え入れる。この扉こそ紀坂の待つ部屋のもの。影はノックをしようと思ったが、紙袋で両手を塞がれている。仕方なく靴を気にしつつ足で厳粛な扉を蹴った。ガンガンと深夜のマンションに響く。しかし何も聞こえない。この扉を挟んだ向こうの住人はこれが聞こえていないらしい。影は明らかに不機嫌そうな顔をする。


「おい!紀坂!いるんでしょ?ちょっと開けて!両手が塞がってるの!」


 影は足と口を同時に動かす。紙袋を置いて開けようとも考えたが、この紙袋をこんな汚れた地面に置くわけにいかないのだ。紀坂の部屋を汚し兼ねない。


「おい!!紀坂!!寝てるの?!」


 この言葉がやっとこ紀坂の耳を震わしたのか扉の奥でガサゴソと何かの動く音が聞こえたかと思えば、サッサッとスリッパの擦れる音がこちらに近付く。そしてゆっくりと目の前の視界が開ける。そこには寝間着姿の男が立っていた。とても眠そうだ。


「なんだ、こんな夜中に。僕は会議の資料を読んだりといろいろ忙しいって言うのに」

「嘘だね。私が此処について扉を蹴り始めてから27秒も経ってる。それにパソコンはスリープモードになってる。寝てたんでしょ?」


 紀坂は少しの間、反論をしようとしたようだったが、八嶋の性格と専攻分野を考え止めることにした。紙袋を手に提げながら一歩ずつ部屋の中に入る八嶋。


 彼女の名前は八嶋絵美。早稲田大学の文化構想学部4年、22歳。音楽が好きで自らもバンドに所属している。バンド名は「Vivid Crow」で、「鮮やかなカラス」という意味だそうだ。楽観だが効率主義で早とちりが得意な人間だ。紀坂とは高校時代からの馴染みで今は紀坂のマンションに居候している。


「あー、寝てた寝てた、寝てました。八嶋さんの言う通りです」


 彼は紀坂涼真。八嶋と同じく早稲田大学に通い創造理工学部を専攻していた。今は大学を中退し、楽曲制作などを生業としている。大学は中退と言えば聞こえはいいが、退学である。過去に不祥事を起こし、3年の時に大学側から退学処分を受けたのだ。博識で且つ、慎重で穏やかな性格の彼が今こうして生活をしているということを両親は知らない。


 紀坂は頭を掻きながらパソコンのスリープモードを解除する。そこには「八王子市カラス対策会議」と書かれた一枚のPDF資料が提示されていた。彼はそれを確認し文字の正誤を一通り流したところで印刷を開始する。ガーっという音ともにコピー用紙が印刷機に呑まれていく。コピーが完了する頃には八嶋も部屋の中におり、紙袋を並べソファーに伏していた。よほど重かったのだろう。


「八嶋、とりあえずこれを見てくれ」

「ん?何これ、何かの資料?」


 一枚のコピー用紙を受け取った彼女はこれが何かの資料であることは察した様子。一行一行に目を通し、とある一文で眉間に皺を寄せる。


「八王子市営ゴミ集積所、監視カメラ設置案?どういうこと?」

「読んで字のまんまだよ。八王子が運営するゴミ捨て場に監視カメラを付けて被害の拡大を予防しようとしていると言ったところだな」

「これだけで被害の拡大を予防できるのかな?まずは、私たちは関係のないことね」

「まぁそうだね。僕らには関係がない。でもそれは直接的に関係ないだけで、間接的には僕らも危ないんだ」


 紀坂はそう言うと近くに置いていた眠気覚ましのコーヒーを啜る。


「間接的?それは私たちと接点を持つ何者かが私たちを巻き込む可能性があるってこと?」

「うーん、少し違うけど、まぁそんな感じ。正しくは接点のない何者かの所為で僕らまで損害を受けると言うこと」

「接点のない者、さっきの2人のこと?」

「大正解」


 紀坂が言うには、まずこの会議で出された監視カメラはカラス被害を拡大させないためのもので間違いないらしい。しかし、それは表面上の表記であって何か裏があると彼は踏んでいるようだ。例えば、ベテランのカラスを対象にしたものではなく、ルーキーのカラスを対象にするとしたらどうだろう。監視カメラに映るなどのケアレスミスをするのは恐らく僕らベテランではない、と。だから早目にそのルーキー2人と接触しておかないといけないということらしい。もし2人がカラスとして駆除されるようなことがあれば、僕らにも何らかの影響があるのだと、彼はそう言った。影響が何か八嶋は問い詰めたが分からないから怖いのだと紀坂は答えた。


 話が一段落した頃、紀坂がキーボードを打ちながら突然八嶋に問い掛けた。それは2人のカラスの調査についてだった。八嶋はと言うと持ち帰った紙袋を開けようとしているところだった。


「そう言えばさ、新人のカラスってどんな感じだった?まだ最終報告を聞いていないような気がするんだけど?」

「え?あぁ、例の2人のことね?」


 開けようとした紙袋をそっと閉じ、紀坂のパソコンに向かい何やら作業している後ろ姿を見つめながら淡々と話し始めた。暖色の電球から漏れる光が2人を包み込んでいく。


「その2人なんだけど、一方は男で私たちと同じくらい、少し下かも分からないけど。で、もう一方は女であの男よりは若そうだった。高校生くらいな気がする。制服が似合いそうな可愛い女の子だった。どちらかと言うと女の子の方が気が強そうで、男の方はなんか頼りなさそうだった。涼真の方が頼り甲斐あるね」

「急に下の名前で呼ばないでくれ。改行ミスったじゃん。で、他に何か無かった?」


 間違った改行を消しながら八嶋に話の続きを促す。八嶋もそれに合わせるように「へへへ」と笑いながら続けた。


「あとは、もう一人いたにはいたんだけどカラスにしては鮮やかなグレーを着ていたんだよね。あれがカラスだったのかは分からないけど、男の方と接触していたよ。まさか、あれが会議に出ていた誰かってわけじゃないよね」


 紀坂はいつの間にかキーボードを打つ手を止め、画面を見ながら八嶋の話を聞いていた。八嶋もそれには気付き、今のうちに気になることを連ねることにした。


「それにそのもう一人なんだけど、男に何か渡したんだよ。遠くの電柱に隠れながら見てたから話声もその物体の詳細もよく分からないんだけど。とにかく体格は男っぽかった。あと、会話の中で1つだけ聞き取れた単語があって、「縄張り」がどうとか言ってた」


 紀坂の表情が曇る。八嶋が初めて監視カメラ設置の文章を見つけた時に似た紀坂の表情。暖色の電球の場違いさが際立つ。何も発しない紀坂に彼女も不安を覚えつつ、彼の言葉を待つ。


「まさか、まさかな」


 たった七文字だった。その七文字がとてつもなくいろいろな意味を持っていた。八嶋は疑問符を振り回しながらそれが感嘆符になるのを待ってみることにした。


 その後も結局紀坂が何かを発することはなかった。八嶋が口走った「もう一人」が紀坂の思考回路をハッキングしてしまっていたのだ。この沈黙がどうしても退屈な八嶋は先程辛い思いをして持ち帰った紙袋の存在を思い出した。紀坂の後ろ姿を抑止しつつ、紙袋を持ち上げる。


「紀坂!これ見て!」


 少し緊迫した口調で捨てるように言う。それに紀坂も驚き、急いで振り返る。と、目前にまで迫った上半身分くらいの紙袋。彼は押し潰されながらもその紙袋を胸で受け止める。


「ぐえっ!な、なんだよ、これ!また何処か道草食って帰って来たな?」

「道草って何よ!あんたがタイミング悪く『調査してくれ、説明は後だ!』なんて電話寄越して来た癖に!それを言うなら道草は調査の方だから!」

「あー、それは悪かったね。説明はしたんだから、まぁそんなに怒らないでくれよ。でこれは何の真似だ?」

「何の真似!?忘れたの、明日デートの約束してたじゃない?それの勝負服!」


 紀坂は俄かに「勝負服って既存の服から選ぶんじゃないのか?」と思ったが、話がややこしくなりそうだから今回はパス。それよりも明日デートなんて聞いていなかった彼は数秒後にリアクションを取った。


「え?でーと?!聞いていないぞ!」

「えー?言ったよ?他人の話をあまり聞かないその癖が治らないなら絶対に聞いていない時にお願いすればいいと思って、相槌が増えた頃合いにそっとお願いしたんだし」

「聞いてない時なんて自覚ないんだし、そんなのは約束とは言えないよ」

「そもそも聞いてさえいれば却下することは出来たんだよ?今回は言質を取っていた私の勝ちなんだから」

「言質は証拠を出さないと言質にはならないよ!」

「出してあげましょうか?」

「あるのか?」

「勿論」


 八嶋は徐にスマホを取り出し、アルバムから音声フォルダを開いた。そのうちの1つのファイルのタイトル「涼真の言質」。そこにすべて記録されていた。


「これで満足?」


 完全に負けた。紀坂は渋々彼女の主張を聞き入れた。


 すると、八嶋は近くにあった自分用の服が入っているであろう紙袋を開いた。同時に「そっちは涼真のね」と言いながら。そして、一番に取り出したのは店先で衝動買いになった白いブラウス。胸の前に当て、寸法を測るように見立てる。その様子を少し顔を赤らめながら紀坂は見ていた。


「どう、このブラウス?可愛いでしょ?」

「なんでカラスのお前が白い服なんて買ったんだ?目立つだろ」

「もー、涼真は何にも分かってないなー!カラスの時いつも黒い服来てるんだから、デートの時くらい白い服着たっていいじゃん!ずっとお葬式みたいな気分も嫌だし」

「ふーん」


 やっぱり女心は自分には分からないや、と開き直る。


 そしてこのファッションショーは長いこと続いた。資料を漁らなくてはいけないのにとんだ迷惑だ。明日のデート、そういえば近くに「カフェ」があったな。



登場人物

相良修斗 (20)男

早水雪菜 (18)女

紀坂涼真 (22)男

八嶋絵美 (22)女

金山昌幸 (63)男

店長

短刀を持つ男


次回予告 第5話 珈琲と迎撃

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