思う仲は涼しい(作:SIN)
1年最後のイベントと言えば?
いきなり電話をしてきたセイは、挨拶も何もすっ飛ばしてそう声を弾ませた。
これはクイズか?なぞなぞ?それとも心理テストなのか……なんにしたって寝起きで急に問われるような事ではない。
それで、なんだっけ?あぁ、年末のイベントだっけ。
クリスマスはとっくに終わったし、大掃除も終わった。そもそも今日は大晦日だ。そうなると初詣……あ、それはもう年が明けてる。初日の出……も明けてるか。
まぁ、普通に考えるとカウントダウンなんだろうけど、こんなありきたりな答えは求められていない筈だ。
そう言えば、昔は夜中の0時じゃなくて日が沈んだ時が1年の終わりだったんだっけ。なら、夕飯を食べる?いや、これはイベントじゃないな。そうか!
「年越しそば!」
これはこれでイベントではないけど、年末の食べ物と言えば年越しそばがパッと浮かんでくるんだから恒例行事と言って良いと思う。
「なんでやねん。カウントダウンに決まってるやん」
捻らなくて良かったとは!無駄に色々考えたせいで目が覚めたよ。
「で、それがどーしたん?」
大体は想像出来るんだけど、相手はセイ。ちゃんと聞いておかないと何を仕出かそうとしているのか分からない。こんな寒い中「大掃除でカキ氷機が出てきたから皆で食べよう」とか言い出す可能性だってあるんだ。
「裏山でカウントダウンイベントするんやって!行かへん?シロと白西さんも誘って」
おぉ、かなり普通だ!
ん?待て。
シロはともかく、白西さんまで?
連絡先とか全く知らない所か、元彼の顔を知ってるだけで白西さん本人の顔すら知らないんだけど……そうか、自然に顔を合わせるには物凄く良いイベントじゃないか!
「何時頃何処で待ち合わせる?」
こうして夜の8時に裏山の入り口前で待ち合わせる事が決まったのだが、実際にはそれより1時間も早く、
「今から出て来て」
との連絡が来て、慌てて身支度を整える羽目になった。
暖かな服装をして、手袋とマフラーとカイロまで持って約束の場所である裏山に向かうと、そこには既にシロとセイがこっちに向かって手を振りつつ立っていた。
「……白西さん、呼び出したんやけど……」
えぇ!?本当に誘ったのか!
シロの思い人……どんな人だろう?なんだか緊張してきちゃったな……。
「うん」
「新年来る前に、その……あれ、告白……みたいな……」
こ、告白ぅ!?
新年が来る前にって事は、カウントダウンイベント前にするって事?え?じゃあ今日じゃないか!え?俺、こんな暖かさを重視した適当な服装で友達の告白と言う大事な瞬間を見守るの?
「3、2、1、好きだー!って?」
いや、それ新年迎えてるから。
「手ぶらじゃなんか締りないし、何か……買いに着いて来て!」
セイのボケを綺麗に流した上で何か重要な頼み事をしてきたシロは、両手を合わせると軽く頭も下げてきた。
だけどさ、プレゼント選びの助っ人、俺らで良いのか!?もっと経験豊富そうなお兄さんに頼んだ方が参考になると思うんだけど……ここの兄弟ってあんまり仲良くなさそうな感じだったような……。
「どんなんにするんか、何も決まってへんの?」
セイ、サラッと話しを進めるなよ!俺はまだ告白するのか!?って驚きから回復出来てないんだけど?
「食い物は食ったら終わりやから置物?でも大きいと邪魔やろし……」
なにそのお土産選びに迷ってる人が口にしそうな事第1位!みたいな呟きは。
「いっそ指輪にするとか?」
告白で行き成り指輪なんて重過ぎないか?
「サイズ知らんし」
知ってたら指輪にするつもりだったのか!?
駄目だ、放っておいたらツッコミだけで1日が終わってしまう。とりあえずは駅前にある小洒落たお店に行って色々と見て回るとか、リサイクルショップとか見に行ってもいいし……あ、告白する相手に渡すんだからリサイクルって何だか違うような?
「駅前行こっか」
そう声をかけて歩き出してしばらく進んだ所で、ドンヨリと暗くなっていた空からチラチラと雪が降り始めた。
この冬始まって最初の雪だから初雪になるのかな?大晦日なのに初って、なんだか変な感じ。
「あ、駅まで行くよりイベント会場行った方がえぇんちゃう?出店とかありそうやし」
確かに。と、回れ右してカウントダウンイベントが行われる山頂を目指そうとした時、路地裏から飛び出してきた黒猫が俺達の前を横切り、
「お、おぉ~シロやん」
黒猫を追うようにしてシロのお兄さんも飛び出してきた。
何故に路地裏から!?
「何やってんの?」
冷たい視線を惜しみもなく兄に注ぐシロに全く怯まないお兄さんは、ニッコリとした笑顔を俺達に向け、
「カウントダウン行く最中―。かな」
とか言いながらヒラヒラ手を振ると、イベントが行われる山頂に背を向けて行ってしまった。
お兄さんに全く興味なさそうにシロが歩き出し、それにセイも続いて歩き出したんだけど、やっぱり挨拶はした方が良い気がして振り返って見れば、お兄さんはまた黒猫を追いかけるように走り出していて、その背中はもう随分と遠い。
「コウー何してん?カウントダウン置いてくでー」
俺を不思議そうに振り返ってきたシロが早く来いと言えば、セイもこっちを向きながらオイデオイデと手招きする。
「3秒以内に来いよーカウントダウンするからなー」
と、無茶な制限時間付きで。
「カウントダウン始めるで~」
うん、
「始めるでカウントダウン~」
うん。
「それカウントダウン言いたいだけやろ!?」
お兄さんには次に会った時に2回分の挨拶をしよう。
こうして登頂してイベント会場入りした訳なのだが、殆どのお店がまた準備中と言う大惨事に終わってしまった。
待ち合わせた時間の10分前、待ち合わせ場所の裏山の入り口に立つのはシロ1人。俺とセイは少し離れた場所にある自動販売機の陰に身を潜め、白西さんの到着を待つ。
「あ~、1番乗り取られたかぁ」
やって来たのは、マフラーで顔の半分が見えなくなっている女性。待ち合わせ場所に立つシロに声をかけつつ“1番乗り取られた”って言うんだから、あの女性が白西さんで間違いないだろう。
「ざまぁ」
この後告白しようとしているのに、そんな受け答えで良いのか!?
「今日来るん、どんな子?」
合コン前か!
あ、まぁそれに近いのかな?
「同じクラスの男2人」
シロさん、もう少し説明頑張って!
「よし、ここや。俺行くわな」
そしてセイ、このタイミングを狙った意味が分からないんだけど!?
「おぉ?シロ君の友達?」
白西さんは興味深そうにセイの前に立つと、返事も聞かないまま右手を差し出して握手を要求した。
「セイでえぇよ。白西さんは、名前なんての?」
「モモ。シロ君からはモッさんって呼ばれてるー」
モッさん!?
あー、そうか。そんな感じなのか。
なんだろう……今日、本当に告白できるのか心配になってきた……。とりあえず、約束の時間に遅刻しない内に俺も合流しよう。
「こんばんはー」
俺にも握手を求めてきた白西さんに名前だけの簡単な自己紹介をして、4人で山頂を目指す。もちろん俺とセイは大人しくシロ達と距離をとって歩いた。
短時間に2度目の登頂を成功させた俺達は、今度は開店している出店を見て回り、プレゼントになりそうな物を捜す事にした訳なんだけど、送る相手と一緒にってのは酷く買い難い……とか思った矢先、
「あー……。ちょっとお手洗い行って来る。混雑してると思うから色々見ててえぇよ」
と、白西さんが慌てた様子で下山してしまった。
確かにここのトイレは混雑しているんだろうけど、まさか家のトイレまで?いやいや、山の中腹にも、入り口付近にもトイレがあるし、そっちに行ったのだろう。と言う事は、プレゼントを買うのは今しかない!
チカッ チカッ。
出店をグルリと見ていると、目の端がチカチカした。
視線を向けてみれば電球が切れかけている外灯が1本立っていて、その下には何だか物凄い近寄り難いアンティーク調と言うのか、黒のドレスを着た女の子が1人立っていた。
そんな年末行事の場には不釣合いな洋風な子の前には、これまたいかにもって感じの高級そうなミニテーブル。
「なんか、売ってる」
何かって?
セイはミニテーブルの方を目を細めるようにして見ていて、少し身を乗り出している。
「……なんか、良さそうな感じがする」
この中で1番目の良いセイですら“なにか売ってる”と未確認なのに、それを“良さそうな物”と言うシロの適当さ。けど、シロの直感は結構当たるし、本当になにか良い物が売られているのかも?
恐る恐る3人で足並み揃えて近付いて行くと、ミニテーブルの上には掌に丁度収まる位の小さなスノードームが2個置かれていた。
「今日の商品はお買い得だよ!」
お買い得と女の子は元気良く言うが、その肝心の値段が何処にも書いていない。手に取ったら最後、買え。と強引に押し切られて……いやいや、こんな可愛らしい女の子がそんな非道な事する筈無いか。
とは思いつつ、何となく手で触れないようにスノードームを覗き込んでみた。
芝生の上に1匹の猫。猫の目は綺麗な緑色をしていて、何処となく小首を傾げているようにも見える。だから多分スノードームを振ると、舞う雪を見ているアンニョイな雰囲気になると思う。
「これ可愛いやん。これにしぃや」
値段の確認もせずにセイはかなり適当な事を……。
「えぇかもな」
いやいや!値段の確認を先にしろぉ!
もー、2人して適当なんだから。
「いくらなん?」
女の子に視線を合わせるように屈んだまま問うと、
「縁結びのおまじないをかけてあるよ」
と、全く答えてくれない。
縁結びだなんて、告白をしようとしてるシロにとってはもってこいなんだけど、オプション代としてかなり高額請求されるんじゃぁ……。
「お兄ぃさんが買うんでしょ?」
女の子はニコニコとシロの前にスノードームを差し出すから、シロは極自然に受け取ると2回振ってジィと眺め、
「これにするわ」
と、値段の確認もせずにプレゼントを決めてしまった。とんでもなく高額だったら如何す……
「千円だよ☆」
お手頃価格!
思ったよりも早く、思ったよりも良い物が買えた俺達は、白西さんが戻って来るのを待ち、思ったより少しだけ遅かった白西さんと一緒に出店で年越し蕎麦を食べた。
「今年はお世話になりましたー」
「こちらこそー」
とか言い合うシロと白西さんを横目に、俺とセイは少しずつ2人から離れて世紀の一瞬を待つ。
後30分もしない内に年明け……告白するならカウントダウンが始まって五月蝿くなる前の、本当に少しの時間しかない。
「なぁ。俺な、遣り残した事……あるんやけど……」
いよいよだ。あー、俺までドキドキしてきた!
「うん……なに?」
「その、なんて言うか……えっと、あっ!コレ、あげようと思って!」
そう言ったシロはスノードームを白西さんの前に差し出し、またスグに引っ込めて少し視線を泳がせた後固まってしまった。
ガンバレ!もーちょい!
「くれへんの?」
「じゃなくて。受け取って欲しい……んやけど、そうでもなくて」
いけ!ガンバレ!
「もー俺が代わりに言うてやりたいわ」
セイ、それは全力で我慢して!
「好きやねん……それでコレ、受け取って欲しい」
言った……。
プレゼントを差し出して俯くシロと、驚いた表情をしている白西さん。
後はもう白西さんの返事を待つばかり。どうなる?返事はYES?それとも……
「それではーカウントダウン、スタートです!」
なっ!?
今日1番大事な所!
マイクを通した喧しい声がカウントダウンを開始させると、イベント参加者達もカウントダウンを始めて、こうなるともう隣にいるセイの声すら聞き取り難い。
白西さんの答えは!?
どれだけ耳を澄ませようが声は聞こえてこない。だけど、2人してスノードームを眺めている姿を見れば、結果を予想する事なんか容易だ。
ちょっと寂しいけど、おめでとう……。
「ハッピーエンドって、こういう事なんかな?」
俺の隣で2人を眺めていたセイが、何やら神妙な面持ちで耳打ちしてきた。
目の良いセイにも、あの2人が上手くいったように見えてるようで安心したよ。にしてもハッピーエンド、か。
最後の最後でハッピーなのだから、なにも間違ってはいない。
「末永く爆発しろ」
合流するのは、カウントダウンが終わってからにしようかな。
「じゃあ、後数分でハッピースタートやな」
うぉい!さっきまでの神妙な面持ちはどうした!?そして何か急に安っぽい!