カウントダウンに関する考察(作:marron)
登場人物紹介
小津:へっぽこ魔法使い。旅をしながら魔法の練習をしている。目下の目標は使い魔を召喚すること。
かね子(妹)、よね子(姉):小津が連れている(?)双子の猫。チーズが大好き。実は100歳である。
詳しくは「小津の魔法陣」https://ncode.syosetu.com/n4475ek/ をお読みいただけるとわかりますが、読まなくてもなんら問題はありません。
◇「カウントダウンというのは、大きい方から小さい方へ順に数えることである」
かね子が散歩に出ているとき、小津とよね(姉)子(猫)は和やかにこんな話をしていた。
「昔は単に、ボケって言ったわねえ」
「そんなストレートな!」
よね子の“ボケ”発言に小津が驚きつつも大笑いをしている。
そこへ散歩から帰ってきたかね子が合流すると、二人の会話に混ざろうとした。
「何をそんなに大笑いしているの?」
「あら、かね子。今ね、認知症のことを話していたのよ」
「認知症?認知って女の人が『あなたの子よ!責任とって!』ってやるやつのこと?」
かね子が大真面目な顔をして聞くと、よね(姉)子(猫)が笑った。
「違うわよ、認知じゃなくて、認知症よ。考えたりわかったり覚えたりすることができなくなること、つまりボケのことよ」
「ああー、ボケね?ボケって言えばいいじゃない。ややこしいわね」
「うんまあ、そうなんだけど。かね子さんたちは俺より随分年上なのに、全然認知症とか関係なさそうだなって話してたんだ」
確かによね子とかね子は100歳という高齢である。しかし二人ともボケる兆候など微塵も感じさせない冴えた双子のため、こんな話題となったのだった。
「それでね?小津が認知症の検査の仕方を知ってるって言うのよ。かね子、一緒にやってみない?」
「姉さまと私が?良いわよ。さ、小津、やってごらんなさい」
「お、うん。じゃあ、問題です。100から7をひいた数はなんでしょう」
小津が問題を出すと、かね子とよね子はキョトンとした。それから同時に
「「 バカにしないでちょうだい、93よ 」」
と答えた。そこで小津は間髪入れずに
「じゃあ、そこから7を引くと?」と言った。
「「 えっとー・・・」」
ここでも当然『バカにしないでちょうだい』という答えが返ってくるかと思ったら、意外にもふたりは口ごもった。それからしばらく考えて
「「 はちじゅう・・・ろく? 」」と答えた。
「正解。じゃあ、次はそこからさらに7を引くと?」
「「 えー・・・っと? 」」
二人の回答はだんだんと時間を要するようになった。
これは、ボケの兆候だろうか。それでも小津は心配していなかった。
「じゃあ、問題をちょっと変えるよ。860円手元にあって70円のチーズを買うと、いくら残る?」
「「 790円!! 」」双子即答。
「正解。790円から70円のチーズを」
「「 720円!! 」」
「正解。じゃあ720円から70円の、」
「「 650円!! 」」
「正解。650円から70」
「「 580円!! 」」
チーズが絡むかぎり、ボケる心配はなさそうだと小津は心の中で納得していた。
◇カウントダウンというのは、物事の終わりへの数を数える作業である。
小津は指を折りながら(チーズの)数を数えている。
「10個買って、かね子さんにひとつで9、その後はかね子さんとよね子さんにそれぞれあげて、8、7、それから俺も食べて6、5、4だろ?で、今3人でひとつづず食べて、3、2、1・・・」
3人で、指を折っている方の手とは反対の手を眺めている。その手には何も乗っていない。からっぽである。
「何か問題?」
かね子が聞いた。
「じゅう・・・きゅう、はち・・・なな、ろく、ご・・・よん、さん、に。あら?」
よね(姉)子(猫)が自分なりに数えて、首を傾げている。
「姉さま、数え方間違ってるんじゃないの?」
首を傾げるよね子にかね子が問うが、どちらにしろ小津の手のひらには何もない。
「そんなはずないわ。ふたつ残ってるはずよ」
「いやいやいや、ふたつじゃなくて、ひとつだってば」
よね(姉)子(猫)はふたつ、小津はひとつ、と言う。
それでも、小津の手のひらには何もない。
「それは違うわ、さっき小津が数えたでしょ?最後に3人でみっつ食べて、3、2、1なんだから、あまりは零よ。余ってないの。ほら、小津の手のひらをごらんなさい。何もないじゃない」
かね子は自信満々に説明をする。確かに小津の手のひらには何もないが。
「違うよ、俺が数えたのは残り(・・)の数だから、ひとつ残…」
「だから最後に3人でみっつ食べて、残りは零よ」
小津が何かを言おうとしてもかね子は残りは無いと言い張る。
「ちょっと待って頂戴。もう一度数えるから。十個あって、私とかね子で食べてきゅう、はちでしょ?それから・・・」
話しはいつまでたっても平行線をたどる。
チーズの残りの数を数える作業は難航するのだった。
◇「カウントダウンというのは、終わりを告げると同時に次への始まりの合図でもある」
「チーズがないなら、魔法陣で出せばいいじゃない」
かね子が言った。
確かに、小津は魔法使いなのだからそれくらいのことはできて然るべきである。然るべきであるが、そんなことができるのなら、かね子とよね子にへっぽこ魔法使い扱いされることはないはずである。
「そんなに簡単にできるかよ!」
召喚魔法は高等魔法である。目の前にないものを出現させるため、非常に難しい魔法である。とはいえ、それができなければ使い魔も召喚できないわけで、使い魔がいなければ半人前。召喚魔法ができてやっと一人前と言われるのである。
「さ、四の五の言ってないで練習なさい」
よね(姉)子(猫)が自転車のカゴから指示を出している。
かね子は小津の足元にいて、小津が魔法陣を描くのを見ながら、ダメ出しをしていた。
「そこっ、歪んでるわよっ、そっちそっち。ほら!しっかりなさい!」
「だいたいで良いんだよ。正円じゃなくても術は発動するの!」
「にゃっ」
「いてえ!」
「口ごたえとは大したものね。一人前の魔法使いになりたいってんなら、言われた通りになさいな」
魔法のことなど何も知らないはずのかね子は、まるで小津の師匠のように指導していた。小津は涙目で頷くしかない。
そして魔法陣を描き直すと、両手を挙げて息を吸った。
「いでよ!」
魔法陣の中心につむじ風が起こり、円を煙らせる。
その土煙が収まって、3人が魔法陣を見つめても、チーズは召喚されていなかった。
「ていうか、召喚魔法ってこういうんじゃねえだろ」
「小津!拍子が悪いわ!」
かね子はスパルタなので、小津の呟きなど気にせずにすぐにダメ出しをする。
「拍子って?」
「いでよって言う時よ。良い?3、2、1で拍子を合わせて術を発動しなさい」
「そんなの良いよ。今までだって適当にやってたんだから」
「にゃっ」
「いでぇ!ちょっと猫パンチやめろよ」
「口答えしない!さ、やるわよ。そこに立ちなさい」
「へえへえ」
「返事は一回!」
「へえ」
これ以上猫パンチを食らわないために、小津は渋々かね子に従うしかない。のろのろと魔法陣の前に立つとジト目でかね子を見た。
「いい?3、2、1、はい!」
「い、いでよ!」
「ちっがーう!」
小津は猫パンチを避けるべく後ろに飛び退ったが、かね子は猫パンチを繰り出してはいなかった。
「なんで一拍待っちゃうのよ。いい?3、2、1、はいって言うから、そこでやるのよ?その時ちゃんと、お腹に力を籠めなさい」
「はーい」
「やるわよ?3、2、1、はい!」
「いでよ!」
言われた通り腹に力を込めて小津は術を発動した。
― ボン ―
といつもとは違う音がしたものの、魔法陣の中心にはつむじ風は起こらず、何も現れなかった。
「違うわね、小津。かね子の321はい、の後じゃなくて、はい、の時に術をかけるんじゃない?」
自転車のかごから見ていたよね(姉)子(猫)が言った。
「そうね、きっと姉さまの言うとおりだわ。小津は言う時が悪いんだから、気を付けなさいね」
「はーい」
俺が悪いのか?とは思うが、もうこの際やけくそだ。
「3、2、1、は「いでよ!」」
「ちがーう!はい、の“は”で出なさいよ!遅いわよ」
「すすすすみませんっ痛ってえ!」
魔法陣に何が現れたのかを見ることもなく、かね子が猫パンチを繰り出してきたため、小津は驚いて尻餅をついた。
ところが魔法陣ではまたもや ― ボン ― と音がしたと思うと、今度は少量の土煙が立ち、円の中心に何か薄茶色い塊があったのだった。
「かね子!小津!ちょっと、魔法陣が!」
自転車のカゴからよね子が叫ぶと、小津とかね子は動きを止めて魔法陣を見た。
「え」
「ええ!?」
魔法陣の中心にあったのは・・・いや、居たのは、小さな生物だった。
『我が名は、チーズ。我を呼び出だしたるは誰ぞ』
薄茶色のその生物は小津の手のひらに載るほどの小さな体ではあったが、犬のような姿で、しかも2本足で立っていた。
やっとの召喚魔法で、小津は使い魔を呼び出すことができたのだ。これで彼も一人前の魔法使いとなれたようだった。
そうすると、かね子とよね子はどうするのだろうか。使い魔がいるのなら、二人がついて来る意味はない。
「「 ちょっと~、すごいイケメンじゃないの~!! 」」
意味はなさそうだけど、二人はまだまだ小津と一緒にいるのだった。