ボディーガード(作:奈月ねこ)
再来週は私の誕生日。友達は誕生日プレゼントをくれるけど、彼氏なしの私には貴金属はきっとないわね。だからって訳じゃないけど、一年に一度の自分の誕生日に、自分へのごほうびを買ってもいいわよね。
私は自分に言い訳をして、デパートの貴金属売り場に来た。
たまには高級店に入ってみようかしら。見るだけなら無料だし。
私は普段なら入らないようなブランドの高級店に足を踏み入れた。
「いらっしゃいませ」
さすがに店員も洗練されてるわね。一回りしてから出ようかしら。
私はショーケースの前へと行った。
「何かお探しでしょうか」
自分へのごほうびなんて恥ずかしいわ……。どう言ったら……あ、そうだ。
「友達へのプレゼントを探しているんです」
「それでしたら、こちらのネックレスなどいかがでしょう。今月入ってきた新しいデザインのものなんです」
「そうなんですか」
やっぱり自分で指輪を買うっていうのもね……ネックレスが妥当かしら。あら、これ素敵なデザインだわ。
「これ、見せていただけますか?」
「かしこまりました」
店員さんが高級そうなビロードの器にネックレスを出して見せてくれた。
素敵だわ~。でもきっと高いのよね。というか、値段が表示されてないって……どうしよう。聞いた方がいいかな。
「あの、このネックレスはおいくら……でしょうか」
「はい、こちらはダイヤモンドなどもあしらっておりますので、25万円になります」
に、25万円!? 自分のごほうびにしても、友達のプレゼントにしても高すぎるわよ!
「あの……」
ドンッ
いきなり私の背中に衝撃がきた。と同時に私は前のめりになってしまい、ネックレスを入れた器が床に落ちた。
パリン
え? 何今の音。まさか……
私がネックレスを見るとものの見事に割れていた。
きゃああああ! 25万円のネックレスが!
私は私の背中に衝撃を与えたものを見た。黒ずくめの集団だった。男たちはそのまま店を出ようとしていた。
「ちょっと待ちなさいよ!」
私は頭にきて呼び止めた。すると、黒ずくめの男たちの中から一人の男性が出てきた。
「お嬢さん、何か?」
品のよい男性だった。だが、私は頭に血が上っていて、周りが見えていなかった。その怒りのままに彼に言葉をぶつけた。自分にぶつかった人を指差して言った。
「その人が私にぶつかったせいで、ネックレスが割れたじゃないの! どうしてくれるのよ!」
「お、お客さま!」
私を止めたのは店員さんだった。
「お客さま、ネックレスのことはよろしいですから……西園寺さま、失礼しました」
店員さんは男性に向かって深々と頭を下げた。
え? どういうこと?
「お嬢さん、うちの者が申し訳ない。ネックレスはこちらで弁償させていただくよ」
「さ、西園寺さま、そのようなことは……」
またしても店員さんが悲鳴のような声をあげた。
一体この人は……とそこで私は周りをみると、彼を囲むように黒ずくめの男たちがいることに気がついた。
ま、まさかヤクザ!? に、逃げなきゃ! ってどこへ!?
私は完全に混乱していた。そんな私を見て男性は笑いながら、名乗ってくれた。
「私は西園寺 恒彦。本当に申し訳なかった。そのネックレスを買うご予定でしたか? でしたら代わりといってはなんですが、他のものでよろしければ、弁償として贈らせていただきますので」
……つまりそれって無料でネックレスが手に入るってこと? いやいや、こんな見ず知らずの人に買ってもらうわけにはいかないわ。
「いえ、壊れたネックレスを弁償していただければ構いませんので。失礼します」
私はなんとか言い切ると、その場を逃げ出した。いや、逃げ出そうとした。逃げられなかったのは、男性に腕を掴まれてしまったからだった。
や、やっぱりヤクザ!? こ、殺される!?
私の顔が強ばっていたのだろう。男性は笑いながら言った。
「もしかしてヤクザだとか思ってます?」
「!!」
私は自分の考えを言い当てられて、ビクッとした。
「違いますから。彼らはただのボディーガードですよ」
「え……」
私は恥ずかしさで赤くなってしまった。
「す、すみません。でも、あの、あなたに買ってもらう理由はありませんので……」
「それでは私の気がすまないんですよ。この店でなくても、他の店でもいいので気に入ったものを言ってください」
「いえ、ですから……」
「恒彦様、そろそろ……」
「ああ、わかったよ」
私たちの会話を遮ったのは、一人の黒ずくめの男だった。
「お嬢さん、これが私の連絡先。必ず連絡してください」
男性は紙切れを私に渡すと、去っていった。私は店員さんに聞いてみた。
「あの、今の人って……」
「西園寺さまと仰って、政治家の家系なんですよ。西園寺公彦さまをご存じではありませんか?」
「え? あの、元総理大臣の……?」
「はい、今の方はそのお孫さんに当たります」
ええ~! なんだかまずい人と関わった気分。とにかく帰ろう。
「お騒がせして申し訳ありませんでした。失礼します」
「はい、またのご来店をお待ちしております」
あ~あ、自分へのごほうびが……。でもまあ、25万円のネックレスは買えないし、かえってよかったかも。
一週間後、私の前にあの男性が現れた。
「連絡してくれませんでしたね」
「ど、どうしてうちがわかったんですか!?」
「すみません。調べさせていただきました」
「あの、ネックレスならもういいですから」
「そういう訳にはいきませんよ。何か別のもので弁償させてほしい」
「ですから……」
私はあることを思い付いてしまった。これならきっと彼も引かざるを得ないだろう。
「わかりました。でしたら一つお願いを聞いていただけますか?」
「ああ、なんだい?」
「その人です」
「え?」
私は宝石店で唯一彼に話しかけた黒ずくめの男を指差した。
「彼を貸してください」
「……え……」
ふふん、これで諦めるでしょ。
「彼でいいのかい?」
「え?」
ま、まさか……
「彼でよければ一日貸し出すよ」
「恒彦様!」
「山下、一日彼女の護衛を」
「……かしこまりました」
えええ! それでいいわけ!?
「美智子さん、山下をよろしく」
「はあ」
彼らは帰って行った。山下さんを残して。彼は深々とため息をついた。
「で、どこへ行きたいんだ?」
「……山下さん、さっきと随分雰囲気が違いますね」
「恒彦様は雇い主だ。丁寧に接するのは当然だ。だが、恒彦様の命令だから仕方がない。どこへ行くのか決めろ」
「わかったわよ! じゃあ銀座!」
こうして山下さんと私はデート(?)することになってしまった。でも、飾らない彼を私は好ましく感じていた。
デートも終盤に差し掛かった時だった。横断歩道を渡り終えた時、子供が赤信号に変わりそうな横断歩道を渡ろうとした。とそこへ左折した車が突っ込んできた。
「危ない!」
私は叫ぶより先に体が動いていた。私は子供を庇ってうずくまった。とその時だった。体がふわりと宙に浮いた気がした。山下さんが私と子供を抱えて、横断歩道を渡りきっていた。
「山下さん……」
「あんた、危なっかしいな……」
「だって子供が……」
子供は無事に母親へと引き渡した。
「あの、ありがとうございました」
「……いや、今日はあんたの護衛だからな」
心なしか山下さんの顔が赤くなっているように見える。夕日のせい? それとも……。
「そろそろ帰った方がいい」
「え、はい」
私達はぎこちなく帰路についた。
「今日はありがとうございました」
「いや、俺も休暇をもらったようなもんだしな」
二人で笑いあった。
「じゃあこれで」
「はい、さようなら」
彼は帰って行った。何だろう『さようなら』の一言が胸に突き刺さる。まさか……。私はモヤモヤとした気持ちを抱えて仕事をしていた。そしていつもの帰り道。家に着くと、黒塗りの車が停まっていた。私が車の横を通ろうとすると、車のドアが開いた。
「西園寺さん……?」
「やあ、美智子さん、誕生日おめでとう」
「あ、ありがとうございます」
そういえば誕生日だった。色々あって忘れてたわ。
「私からプレゼントを贈らせてほしい」
「い、いえ、いただけません」
「見てから決めてもいいんじゃないかな?」
「え?どういう意味……」
車の中から現れたのは山下さんだった。
「山下さん……」
「あ、美智子さん、その……ボディーガードは必要ないか?」
「え?」
「だから……俺と付き合ってほしい」
山下さんは真っ赤だ。私は彼が可愛く思えてきて、最近の胸のモヤモヤの原因がわかった。
「よろしくお願いします」