犯人
ここに足を運ぶのは何度目だろう。
何度来ても眩暈が起こりそうになる。
それでも、ここに来たのにはやっぱり理由があるから。
窓には、夥しい血が飛んでいた。
「秀介の死体にはおかしな所があった」
「おかしな所?」
楓さんの笑顔が気味悪かった。
引き千切られたような傷跡。
そして生きたまま、有村君は殺された。
それ自体がおかしな所と、気を使ってくれた陸田さんが説明してくれたのが幸いだった。
「今回の事件で細い紐が使われた事を重ね合わせ、推測を立てた」
背を向けた翔太。
……嫌な予感がするのは気のせいか。
話を、もったいぶってる?
違う。間延びさせてる?
「秀介の手と首は、切られたのではなく、とてつもない力を使って、丈夫な細い紐で引き千切られた」
皆と同じく、信じられなかった。
言いたくなかった理由。
言わなければいけない事実。
「ヘリ、かしら?」
「秀介は生きたまま、ヘリに引っ張られた紐で両手と首を切断された」
窓の血を見た。
寒い。
口が渇いて言葉が出なかった。
口にした翔太の重さを知った。
「ちょっと待って下さい。ヘリとここまでを結んでも、ある程度の速度に達するまでは短いですが時間が掛かります。それだけ長い紐がヘリから垂れていれば、見ていた我々が気付いたのでは?」
「……森田さんが使っていたイヤホンの、自動巻き取り用ホルダー。多分あれに似た大型用の奴をヘリに取り付けていた。しかも辺りは暗かった」
それで巻き取っちゃえば……。
引っ張ったら自動的に巻き取れる……。
楓さんは尚も笑顔だった。
「つまりこう言う事。犯人はヘリに予めリールを取り付けておき、三つ編にして強度を強くした釣り糸の両端を取り付け、それを秀介の部屋の窓へ引き入れた」
館の蔦も、無駄なく利用した……。
物凄く長い紐を紛れ込ませるのに打ってつけだった。
バラバラ死体が出て来てしまえば、そんな所まで見る余裕を持てる人はいなかった。
だから最後にこんな大掛かりな仕掛けをした……。
何もかもが計算されていた。
「ヘリが飛ぶ前に、窓を少しだけ開けて木の枝か何かで窓が降りないようにしておき、秀介を座らせて釣り糸を首と手にかける。ヘリが飛べば、ヘリの重量(※およそ3トン)とスピードによって首が引き千切られ、木の枝が吹っ飛ばされ、窓が閉まる。最後に引っ張られた釣り糸は自動的に巻き取られる」
ダメ。
一番事実を認めたくないのは翔太。
最後まで聞く義務が、あたしにはある。
一番怖いのは、事実を元に推測を立ててしまった翔太なのだから。
「で、でも外にも血が飛び散るってことじゃない?」
「外の血は雨が降って洗い流され、証拠は無くなる。逆に雨で部屋が濡れても、秀介の血で目立たない」
そんな事まで計算できるのか。
そんな問いかけは無駄だった。
実際にここまで実行されてしまったから。
「台風も、重要な役割を果たしていた」
古澤さんが殺されてすぐに助けを求めにいかれては困ったから。
毒殺の際に使った解毒剤入り砂糖を、雨に捨てて証拠を消すためと、翔太は語った。
「恐ろしい事を考え、証拠を悉く消してしまう頭脳。 ……まるで悪魔ね」
「それで、死体の手と首を切断した理由は、一体なんなのかしら?」
「何ですか?」
皆が翔太を待った。
ゆっくりと翔太の口から告げられた。
「他殺だと思い込ませるため」
…………え?
どのようにやるのかを考えた時、何故この方法を選んだのか。
想像がついていた。
だが認めたくなかった。
そう考えれば、死体をわざわざバラバラにした理由に行き着いてしまった。
だが認めたくなかった。
最初にここに来た時にも、良く考えればおかしかった。
だが認めたくなかった。
だから証拠が他にあるのではないか、ひたすら探した。
でも、最後に行き着いた先にしか、あってくれなかった。
生物に考える力があるから、心がある。呪い。
「犯人って……」
自分の口から言う事は、認めてしまうのと同じだった。
でも、お前が犯人だと言うなら、止める事が出来るのも、俺だけだった。
認めることが出来ないのも、俺だけだった。
信じられないような表情の由佳が見えた。
そうだよな。
信じたくないよな。
……でも、巻き込まれた人達に、罪は無いんだ。
だから、何かが起こる前に、言わなければならなかった。
犯人は……有村秀介本人。
「そんな……有村君が……」
それだけじゃない。
古澤、成瀬、小川を殺した犯人は、秀介。
「秀介君が……」
両手と首を切断された人間が自殺なんて、普通考えないよな。
そうじゃなければ、古澤さんをバラバラにする必要なんて無かったんだから。
暗号文に首と手を狩られるなんて、暗号文自体に不自然な言葉を残す事も出来なかったんだから。
「し、しかし、有村さんはどのようにして長い釣り糸を持ち込んだのですか? そんなもの、最初の身体検査の時には見つかりませんでした」
「それにそんな長い釣り糸、ここに来てから三つ編にする時間は取れるの?」
そう。
それも計算。
遺産ゲームで最初に見つけた人が相続できるなんてルールにしたのも。
集団でいる時間が長かったのも。
そして俺と由佳を誘ったのも!
全てそのための準備だった!
認められるわけが無かった!
だから予め用意していたものを、ヴァイオリンケースの中に入れて持ち込んだ。
金属探知機で何も反応しなければ、そんなものが持ち込まれたなんて誰も思わないし考えもつかない!
そんな状態で中までは調べない事を計算に入れていた!
「確かに金属や電子機器だけでしたが……」
森田さん。
それじゃあダメなんだ。
それじゃあ。
本当に秀介が紐を持ち込んでいないなら、何で秀介からヴァイオリンを回収してないんだよ……。
「……そう言えば……」
それがおかしいんだ!
ヴァイオリンにだって金属が使われているんだから反応しないと変だろ!
ヴァイオリンが凶器になり得るなら尚更!
どうして翔太の様子がおかしかったのか。
どうして最初に犯人を言わずに間延びさせていたのか。
人間同士の殺し合いにまで発展する可能性があったのに。
浅はかだった。
だけど、こんな時にあたしだったらどうしたかなんて、分かるわけがなかったし、今も翔太は答えを探していた。
「最初からヴァイオリンは入ってなかった……って事?」
「そう」
有村君が持って来たヴァイオリンケースに、持ち込んだ凶器、薬品、その他必要な道具が入っていたのだとしたら、それを調べれば……。
「吉野君が言うヴァイオリンケース。部屋に無いわね。どこかに隠したのかしら?」
「ヘリに積んで消した。濡れないための雨ガッパ。毒物や解毒剤が入った容器、全ての証拠を、この館から消すため」
……本当に悪魔のような知恵だと思った。
こんな事を、本当に有村君が考え付いたのだろうか。
「今の話が本当だとしたら、使用した道具全てをヘリに積んだ。血痕も解毒剤も雨に流されて何一つ証拠が無いって状況でしょう? であれば貴方の言っている事、全て推測に過ぎないのではないかしら?」
「そ、そうよ! この中にいる可能性だってあるし、第一誰にだって出来たじゃないのよ! ……主人を殺す事は!」
「確かに、大掛かりな仕掛けを他人の部屋でやるのは難しいけど、自分の部屋でなら簡単に出来る。状況は秀介君が一番可能性が高いかもしれないけど……」
「ま、まだこの中にいる可能性が、あるのではないですか?」
思い思いの反論に、翔太は沈黙していた。
容疑者が互いを見合う、一触即発。
組み上げた可能に、意味が無くなる寸前だった。
「証拠ならある」
静かに翔太は言った。