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カノウコウチク~吉野翔太の怪事件ファイル~  作者: 広田香保里
怪4 夢幻城の泡沫
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血に濡れたマーメイド

 あんにゃんにゃんにゃん!

ホテルの料理ウメー!

しかも料理の内容が俺に合っていた。

温野菜、肉無しロールキャベツと俺の為にあるようなラインナップ!

これが旨くなくて何だんにゃんにゃん!

「凄い汚い食べ方ね……」

 俺の様子に若干(と言うかかなり)引いている村田さん。

わざわざ持ってきてくださってありがとうございます!

「あの子にお礼言っときなさいよ」

 ……あ。

そうなのか。

どうりで肉や魚が全く入ってなかった訳だ。

……余計な気を使わせちまったな。

「じゃあ、お皿は明日回収するから」

 そう言って部屋を出ようとする村田さんから情報を聞き出さなければ、目的は達成できなかった。

多分この料理は、メッセージだから。

そう言う奴だから。

あいつは。

だから質問した。

亡くなった琴塚次狼さんについて。

単刀直入に、どう思っていたか。

「個人的には何も。 ……細貝さんに詳しく聞いてみたら?」

 細貝さんって誰だろうか。

それは分からないが、相談役が死んで何も思わないのは、村田さんがそこまで重要な役ではないからだろうか。

「妙にいちゃもんつけてくるお客よ。今日も長話につき合わせてさ!」

 スタッフよりお客が事情を知っているのは、お客の方が立場上上だからだろうか。

それとも、細貝と言うお客が、ここにとって特別な存在だからだろうか。

それとも、従業員の立場上、言えないからだろうか。

分からないが、知っておく必要はありそうだった。



 ゲーセンの朝は比較的遅かった。

11時に開店、12時に閉店するのは、他のゲーセンと比べれば早い方だと思った。

だけど、突然入って来たあたし達が出来る仕事なんてたかが知れていて。

翔太とせっせとバルーンスティックを、コンプレッサーで膨らませていった。

「やっぱ雑用だよな」

 欠伸をする翔太を叱責し、ひたすら単調な作業に取り掛かる。

こう言う仕事は、つまらないと考えたら負けなのだ。



 台車に入った箱には、翔太達が膨らませたバルーンスティックが大量に入っていた。

それを従業員達がせっせとゲーセン入り口まで運んでいた。

美園渉は、時間を気にしながら臨機応変に動き、開店準備を進めながら従業員達を見ていた。

「後10分だ! 急げ!」

 大声でインカムを飛ばす美園の声に、次々とスタッフ達は返事をしていった。

統率されたその様子は、まるで軍隊のようだった。

10時50分の時計を見て、美園は汗を拭った。



 出来れば、翔太君とバルーンを膨らませる作業をしたかったのだけれど、美園さんに朝礼時に別行動をとるように言われてしまったのは残念だった。

昨日の研修の様子を見て、やれると判断されてしまったのはやり過ぎたと反省した。

確かにこっちの方が色々知れて面白いけれど、翔太君がいないのも困り者だった。

入り口には大きなシャッターが2つ下りていて、今かと待ち侘びるお客様が列を作っていた。

そこに運ばれてくるバルーンスティック。

見事な流れ作業だった。

そして中では美園さんが先導し、開店準備が迅速に、且つ正確に進められている。

そんな人に君に任せたいと言われてしまえば、これは必然と、持っていたマイクを握った。

こう言う仕事は初めてだけれど、人前に出るなど造作も無い事だったから。

マイクの文言など、殆どのお客様は完璧に暗記などしてはいないから、要点だけを手短に、聞きやすい声で言えば良いだけの事だった。

台本なんかは渡されなかったから、アドリブで話しても良いと言うメッセージだろう。

「本日はお一人様一本、プレゼントがありますのでお受け取り下さい! 当店、夢の城からのささやかなプレゼントでございます!」

 子供達が楽しそうにこちらや、バルーンスティックを指差していた。

そう。

子供が聞いて親御さんへ伝わる形が一番望ましい。

私は開店まで、お客様を盛り上げようと勤める事にした。



 起きてすぐの重労働は堪えた。

膨らませるってだけでも、相当な労働だなこりゃ……。

休む間も無く、由佳に引っ張られ、バックヤードから連れ出された。

頼むからアイアンクローしながら引っ張らないで死ぬから!



 シャッターが開き、ぞろぞろと入って行くお客さんには、1人1本のバルーンスティックがあった。

皆楽しそうなのが微笑ましかった。

「ゲームパーク、夢幻城へようこそ! どうぞ夢の一時をお楽しみ下さいませ! いらっしゃいませこんにちは!」

 楓さんの普段とは違う(声まで営業用に作っているのが分かった)声に驚き、あたしもそれに負けじと、目の前の子供に笑顔でバルーンスティックを配って行った。



 翔太と由佳、その他大勢のスタッフがバルーンスティックを配っている一方で、美園渉は苛立っていた。

村田麻紀奈が焦った様子で美園の元にやって来た。

「朝霧さん、部屋にいないみたいです……」

「何してんだあいつ……」

 隠す事無く、美園は苛立ちを露にした。

そんな2人を翔太はチラッと見たが、子供に促され、すぐに仕事に戻った。



 この時間のホテルは、比較的落ち着いていた。

大半がゲーセンへ向かってしまうからだ。

だからこそ、帰って来たお客様にご満足頂けるよう、部屋の掃除や様々な準備を行う必要があった。

そんな中、ホテルチーフを務めている田島洋が電話をしている姿が受け付けにあった。

またかと溜息をつき、田島は湖乃華の捜索を開始した。

一体何度目かと美園に言ってやりたかったが、こればかりは本人の問題と言葉を飲み込んだ。



 2階には、フードコートやアーケードコーナーの他に、大きな喫煙所があった。

子供をターゲットとしている以上、分煙に注意を払う必要があるのかもしれなかったが、そう言う場所に未成年者を行かせるのはどう言う事だと言いたかったが、新人の男のやる事は相場が決まっていた。

流石に昼食時なだけあって、15分前に灰皿を変えた傍からもう溜まっていた。

……ってあのお客、さん。

細貝さんと奥川……だっけ。

名前だけ知らされているだけに、少しばかり緊張した。

すみません。

灰皿失礼致します。

緊張で声が裏返らないように注意した。

「おう。新人か?」

 ヤバイ話しかけられた……。

ええ……宜しくお願いします。

取り敢えず問題が起きないようにだけ、気をつけるよう注意した。

「頑張ってこき使われなよ!」

 鼻で嗤われた。

こいつが奥川って奴だろう。

感じ悪いな。

灰皿の水を変えた傍から、あまり吸っていない筈のタバコを灰皿へ捨てた表情は、見下しているように見えた。

そして出て行った。

何だよあいつ……。

細貝さん(美園さんから奥川は注意しろと言われたから、こっちが細貝さんだと思いたい)は溜息をつき、俺の肩を叩いてくれた。

「あんな風に躾がなってねえ輩もいるが、頑張りな」

 ありがとうございますとお礼を言うと、細貝で構わねーぞと言って笑い、吸殻入りバケツにタバコを捨てて出て行った。

……結構良い人かもしれなかった。

美園って兄ちゃんに鍛えて貰いなとの叱責も貰って。

頑張ろうとやる気になったが、細貝さんだったなら聞けば良かったと後悔した。



 翔太は雑用をしていた。

あたしと楓さんはプライズコーナーを見回る事になったが、取り方を聞かれて分かる訳が無かった。

しかし、楓さんは何でも無い事の様に見回り、そしてそつなく『営業』をこなしているのは何の違いだろうか。

接客経験の差?

何を見てるんだろうと目で自然と追いかけてしまっている自分が悔しかった。

結果的にお客様に聞かれて自分があたふたしてしまえば、最初から別の人に聞けば良いとお客様は判断してしまう。

それは当然とは言え悔しかったから、楓さんを陰から見て技術を盗もうとしていた。

「おい!」

 ビクッとして振り返った。

あ。

この人、奥川さん……だったっけ。

慌ててお待たせしましたと駆け寄ると、奥川は既に怒っているようだった。

「この景品、取れねえじゃねえかよ!」

 機内にはフックに吊るされたフィギュア。

これは分かる。

何度も聞かれて、その内に覚えたから。

これでしたらここを狙って……と言うが、動かないと豪語する奥川。

だって他のお客さんは、取れましたと言うが、一向に折れない。

どうすれば良いのか分からなかったが、そこにやって来たのは楓さんだった。

「どうかされましたか?」

 怒りの矛先は楓さんへ向いた。

楓さんは躊躇する事無く、キャッチャー機のフロント扉を開けた。

って景品近付けたりして良いの!?

しかし楓さんは何でも無いかのようにフィギュアをフックごと持ち上げ、元の位置に置いた。

「少し近付けさせて頂きました。この状態で左右を交互に狙って頂ければ良いと思います! 他のお客様はご獲得されておりましたので頑張って下さい!」

 笑顔の楓さんに骨を抜かれたのか、奥川は渋々頷き、プレイを再開した。

凄かった。

一連の事を流れるようにされれば、気付かない。

例えそうでも動かしたと言う事実は残るし、動かしましたと言い張ってしまえば良い。

実際は動かしてないけど。

そんなやり取りを、美園さんが頷きながら見ていた。

頑張ろう。

何か、負けたくない。



 ……疲れた。

何だゲーセンってこんなに忙しかったのかと勤務時間の半分しか働いてないのに既に燃え尽きていた。

ゲーセン、大変なんだな……。

由佳もお客さんに構われなくなった事を恥じていた。

まあ、こんなもんだと思……いたい。

飲み物を持って来た楓だけピンピンしていた。

何だろうこの差は。

「美園さんが渡してくれたわ」

 飲み物はオアシスだった。

遠慮無く飲み干そうとしたが、コアラ止めて下さい本当にらめええええええええええええええ!

「お疲れ。もう少しでお客さん引くよ」

 ホントですか!?

思わず本音が漏れた。

本来の目的じゃない仕事に、体力を削られたくなかったから。

殺人が起こるかもしれない状況で、仕事に追われるのはどうなのか……。

「後30分で始まるんだ」

 そうか……。

ショーが始まってしまうのか。

であれば、考える時間が取れると思うが……。

「私が司会を務めても宜しいんですか?」

「桜庭さんなら出来るって直感した。お願いするね」

 頷く楓にちょっと待てと言いたい。

けど言えない!

……まあ、あの観客席が一杯になるらしいから、殺人が起こるとしたらゲーセンか。

それはそれで都合が良いと思った。

「そうだ。 ……朝霧、見なかった?」

 顔を見合わせる。

朝霧さん……って言えば、あの飛込みする人と一緒にいた人か?

見てない……って言うか、あれ以来見ていない。

「こう言うのが無くなればな……」

 こう言うのが?

って事は、これが初めてではないのかと確認すると、突然いなくなる事がままあるらしい。

「……とゴメン愚痴っちゃって。休憩後は皆屋上でお願いね」

 そんな事で愚痴と認識させて申し訳なく感じたが、美園さんが凄い人間だと証明するのには充分だと感じた。

しかし……。

頭をかきながら歩いていく美園さんを見て感じる。

「彼女、流されやすそうと思っていたけれど」

「楓さん失礼ですよ……」

 すっげー嫌な予感がする。

飲み物のストローを見て、何も出来ない自分に嫌気が差した。



 ホテルの入り口を、田島と走って来ていた。

ホテル内の探せる場所は全て探したと言う田島洋に、焦燥した。

予告状にこの事態。

何が起こってもおかしくない状況だった。

そして、吉野君達はもうすぐ始まるショーによって動けない。

私が何とかする以外に無かった。

警官を増やして捜索に当たる。

それ以外にする事は、田島洋に案内させる事だけだった。



 観客席には、バルーンスティックを持った観客の姿。

まるでバレーの試合の会場のようだと思った(由佳が何故か混ぜて貰っている大学のバレーサークルの試合を何度か見た事があった)が、テントから見るとプールしか見えない。

まだプールの蓋は閉じられてはいるが。

止まる事無く滴る汗を拭い、俺と由佳はせっせと無料配布のドリンクを作っていた。

観客席で楽しそうにしている家族の姿を遠めに見ると、やらなければならない気持ちにさせられた。



 本来は朝霧さんがするはずだった役目を、入ったばかりの私がする事になったのは非情にありがたかった。

まさかビキニまで用意されているとは思わなかったけれど、それ以上にこのゲームセンターの重要な司会を、どのような気持ちで行われているのかを体感する事が出来るから。

ここから見える観客の表情を見上げた。

皆楽しそうなのが手に取るように分かる。

緊張?

ある訳無い。

だって私を失脚させようと模索する集団ではないのだから。

純粋にこのイベントを楽しもうとしているだけ。

バルーンスティックが目に入る。

まるでバレー。

それでも味気無い拍手の音よりは良いのかも知れなかった。

マイクを握る。

ここの会場皆に、楽しんで頂けるよう。

任務はこなすだけ。


 本日も夢幻城にお越し頂き、ありがとうございます!


 息を深く吸う。

一瞬だけの沈黙が心地良い。


 クイーンマーメイドショーの開幕!


スタッフがバルーンの拍手音と共に走って来た。



 こっちが汗だくで仕事をしている中、テントの外は楽しそうだった。

何故司会の楓は水着姿なのか疑問だったが、うん。

水着は良い。

正拳突きは鼻が折れちゃう止めて下さい。

ほっぺもダメです。

「使い魔達による儀式! クイーン、どうかお目覚め下さい!」

 クイーンマーメイドだの使い魔だの、中二病かと突っ込みたくなるような設定だが、ゲーセンの空気にやられれば、こんなものなのかも知れなかった。

楽しむためにここに来ているから。



 そしてクイーンのお出まし。

そう。

時間通り。

同時にプールの蓋が開き、満タンに入っているプールの水が、3万を越える観客が目撃する。

クイーンに時間通りに跪く。

それで良い。

「さあ、クイーンのお出ましです!」

 桜庭楓だろうが誰だろうが、台本通りに進行出来る人物なら司会は誰でも構わない。

トラブルが無ければ当初は村田麻紀奈だったはずだが……まあ良い。

そして世良愛莉よ。

最後の晴れ舞台を、貴様の血で汚せ。

クイーンを呼ぶ宴は、貴様の血で永遠に刻め。

華麗なシンクロショーの後に。

計画通りにプールの蓋が閉まる。

「どうかクイーン、御満足下さいませ!」

 そうだ。

満足させよう。

世良愛莉。

死ね。

貴様がショーの最初を飾るのだ。



 可能性が高いか低いかは関係無かった。

ただ朝霧湖乃華が無事であるかどうかだけだった。

例え可能性が0%でも、調べる事に意味があると思わないと、足は動かないのだ。

豪華客船の去った船着場は、流石に何万人レベルの客を引き入れられる広さを持っていた。

そしてここから、あの断崖絶壁に設置された階段を上り、ホテルへと向かう。

これだけ遠回りな理由として、恐らくだが階段からの景色をもアトラクションの一つにすると言う目論見もあるのかもしれない。

階段から見る夕日が見事だったから。

将来の妻(今はいない)との訪れを妄想した。

頭を振り、時間経過に焦りを抱きつつ、いるはずの無い朝霧湖乃華を探すために田島洋と必死に捜索した。



 美園さんに見てて良いよと言われたから、見事なシンクロ演技を翔太と見ていた。

小学生位の時に流行っていたらしい、高校生シンクロと言うよりは、競技に近いのかもしれない。

……見惚れてしまった。

隣の翔太の横顔も、同じだった。

そんな中、アルバイト初日だと言うのに、楓さんは凛としている。


 ……この感覚は、何だろう。


 地面が突然無くなるような感覚?

違う。あたしが無くなる感覚?

……考えたくも無い。

いつの間にかシンクロの演技は最後の見せ場に来ていた。

満足した様子の世良さん。

スタッフの人が持っているティアラを受け取り、一番の見せ場、飛び込み台へと上がって行った。

「御満足されたクイーンがお帰りになられます! 皆様盛大な拍手を!」

 大きな拍手が上がった。

観客のボルテージはピークに達しようとしていた。



 村田麻紀奈は2階にあるフードコートの厨房にいた。

影でちまちま活動する事が、麻紀奈にとっては目標だった。

シンクロの司会代理を美園から頼まれて湖乃華に怒りを覚えたが、昨日来た新人は3人共に自分の役割を実践してくれていた。

そんな事を思いながら只管に皿洗いをしていた。

この時間が1度厨房の状態をリセットするのに好都合だった。

何せお客の数が尋常ではない。

だからとは言わないが、フードコートにとっては格好の時間稼ぎになっていた。

異変は突如として起こった。

流しの水が、どんどん溜まって行っていた。

詰まったのかと排水溝の蓋を開けようとすると、すぐに水は流れて行った。

……何が起きたのか分からなかったが、シンクロはもう少しで終わってしまう。

リセットに専念する事にした。



 観客は静まり、世良さんが飛び込み台に立った。

満を持して少しずつ、世良さんは飛び込み台の端に歩いて行った。

プールの蓋が少しずつ開いていき、初めて見た時と同じタイミングで世良さんは飛び込んだ。

寸分の狂いも無く蓋の隙間へ飛び込む世良さんは、以前に水泳に関係した事をしてなければ、ここまでのクオリティを出す事は不可能だろう。


 ドシャ。


 え?

何だ今の音は。

コンクリートに、柔らかい材質の何かが落ちた音?

心臓が高鳴った。

さっきまでこの箱に水が満たされていた筈だった。

にも拘らず聞こえた何かを告げる音。

……そんな事は不可能な筈だった。

しかし、開ききったプールの蓋に、幾千の悲鳴が、事実を物語っていた。

「世良!」

 すかさず美園さんがプールの梯子を降りて行く。

俺は倉田さんを急いで呼ぶように由佳に指示し、信じられない光景をこの目で確かめるため、梯子を降りた。

しかし、プールの底にあったのは、ただの肉塊だった。

さっきまで満タンだったプールの水が、まるで命を吸い尽くしたかのように。

水を夥しい血溜りに変えて。

美園さんが世良さんに駆け寄り、体を揺すったが、即死である事以外の事実は存在し得なかった。

水を失ったマーメイドが、変わり果てた姿で佇んでいた。

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