暗号解読
「1階が食堂、2階が各お部屋、3階が遊技場となっております」
俺達が案内された部屋は、1人用には余る広さだった。
大きなテーブルには、ティーセットが完備。
ベッドは気持ち良く眠れそうだ。
そしてトイレとバスルームまで完備していると来た。
……生憎テレビが無かったから、結局ゲームをする事は出来なかった訳だが。
随分軽くなってしまった荷物を放り投げる。
ベッド傍の窓から広大な森林が見えた。
今時珍しいかどうかは知らないが、縦窓を開けてみると、何と勝手に閉まるのだ。
……どうやら両端のつっかえ棒で抑えておくらしいが、窓の役割全開無視とは。
窓とは何かと考えさせられる。
螺旋階段を降り、直ぐ左には食堂。
縦長のいかにもなテーブルには豪華な食事が並べられており、既に全員が揃っているようだった。
全員で8人。
小川さんと古澤さん以外にも、既に来ていたようだ。
そして正面にはミニスカメイドの美人さんと森田さん。
やっぱりメイドは良いなぁ……。
「皆様、ワインはいかがですか?」
微笑みかける表情。
イイ。
俺は赤を貰う事にした。
『止めなさい』と頭突きと激痛と。
本気で痛い。
メイドさんに笑われてしまった。
「俺はボトルごと頂戴」
小川さん豪快だな……。
でも、良いワインって底に何か溜まるんじゃ……まあ良いか。
中年の男女(ネームプレートに成瀬和樹、成瀬由美と書かれてる)は一番高いワイン。
着物美女の古澤さんも、らしい白がお気に入りのよう。
俺のグラスにはオレンジ色のノンアルワインが虚しく注がれていった。
バインダーにメモでも書いてあるのだろうか。
注意深く目を通しながら挨拶文が読み上げられていく。
心なしか全員から緊迫が垣間見えた。
ゲームの内容を、まだ誰も知らないからだろうか。
と思ったら、メイドさんから乾杯の音頭が上がっただけだった。
何だ。
森田さん、結構緊張してるんだな。
食事に酒。
と来れば人の素が垣間見える。
早速小川さん(小川高久って言うらしい)、美人メイドに絡んでる。
作り笑いのメイドさん。
楓と言うらしい。
車も無いのに、どうやって秘書をやってもらうつもりだろうか小川さんは。
ヘリの操縦免許でも取らせるつもりだろうか。
何にせよ。
ありがちな大人の力技だ。
サラダ旨(肉と魚は嫌いだから全部由佳の皿に乗せたら殴られた)。
「あんたも人の事言えないでしょ」
そうは言っても俺は未成年。
酒の力には頼らない(頼れない)。
こっちでは何か食べさせ合いっこしている成瀬夫妻。
「はい、あーん」
「あーん」
体中がむず痒くなる昭和ごっこをよそに、せっせとお世話をしてくれる初老スマイル。
いや森田さん。
お礼を言いつつ食事を勧められ、サラダを追加オーダーの横では何故か呆れ顔の由佳。
肉と魚とか無理なんだよ知ってるだろ。
そして一人で静かに食事をしている古澤さんの横では意外な組み合わせがあった。
秀介は30代位の年上女性と会話を楽しんでいるようだった。
奇妙な食事会の奇妙なメンバーの中で一番普通な俺達がかなり浮いている。
「やるか。夫婦ごっこ!」
今度はアッパーが飛んで来た。
片されたテーブル。
いよいよな雰囲気に俺もつい畏まってしまう。
楓メイドに、カードを1枚渡された。
ダイヤの6……。
何とも平凡なカードだった。
それはハートの8の由佳、ダイヤのAの成瀬さん。
スペードの2の奥さんも。
秀介はJoker。良いな……。交換……はダメか。
しかし、ハートのQ(古澤)、スペードのK(小川)、クラブのJ(30代年上女性)は、何となく似合う気がする。
特に古澤さんと小川さん。
嫌に金ぴかなカード……セットで9万もするらしい。
10億のゲームの余興には丁度良いって事か。
腹パン止めて。
「では、第2のヒントを読み上げます」
バインダーを見る森田さんに視線が集まる。
俺だって秀介の為に、やれる事をやるつもりだ。
「導きたるは外れの住人。しかし当たったら最後、首を刈られ並べられる」
沈黙。
「……そ、それだけ、なのか?」
「左様でございます。成瀬様」
ざわつく参加メンバーをよそに、開始の宣言がされた。
早速席を立つ古澤さんと30代女性に、苛立った様子でワインをラッパ飲みする小川さん。
反応は様々だった。
さて。遺産は屋敷内にある。
時間は夕食時まで。
更に鍵のかかった部屋もあると来た。
俺も探した方が良いのか或いは……。
「翔太。解けそうかな?」
とは言うものの、さっきのヒントだけで解けるのだとしたら、お助けキャラを呼びたい気分だとおどけて見せる。
頼りないとは言え、闇雲に探して見つかるとも思えない。なら……。
「森田さん。本を読みたくないですか?」
首を傾げている森田さんには申し訳ないが、足りない知識をまずは補う必要がある。
人里離れた館。
不安を煽るかのような大雨。
開始されたゲーム。
そんな中、森田さんに案内して貰い、食堂の反対側にある図書館で歴史のお勉強。
似合わないと自分でも思う。
今後やらないだろうな。
しかしトランプの絵柄が全部別の人物をモチーフにしていたとは驚きだ。
「だから?」
さすが脳k……止めとこう。
手刀は止めて。
無駄に終わってしまった作業を切り上げ、図書館を後にする。
「はぁ!? 何でよ!」
少しは分かるように説明して欲しい。
人には得手不得手があるし、多分こいつは心の中であたしを脳筋と思ったに違いないから尚更腹が立つ。
もう手刀は入れておいたから良いけど。
「外れって、俺達の事だと思う」
あんな短時間で何が分かるのか。
あたしには分からなかった。
悔しいけど、分かる人には分かると言う事なのだろう。
「ご家族ご友人もお誘い下さいって、招待状に書いてあったじゃん」
なるほど。
人数が多い方が、誰が仲間外れなのかが分かり難くなる……。
「俺と由佳は絵柄が無かったカード。後もう2人いた。だから当たり、絵柄のモデルを調べてみた」
だから調べていたって事……。
あれ?
でもどうして調べるのを辞めたのだろう。
玄関前の銅像を見て立ち止まる翔太の横顔を見る。
「スペードのKはダビデ王、ハートのQはジュディス、クラブのJはランスロットらしい。んで、最後にJokerはジェスター。首を刈られるの通り、この4つの頭文字を取って並び替えるとldjj」
……嫌な予感しかしないから黙らせようか。
「全○露出ダーンス!」
大声でジェスチャーつきで言ったよ……。
さて今度は暴力に訴えない方法が良さそう。
「つまり遺産の中身が」
象さんが好きですでも麒麟さんがもーっと好きよね翔太。
麒麟が写ったスマホ画面を突きつけると、いつも通りに涙と涎と鼻水塗れになる。
本当に黙らせたい時はこれが一番。
「いやー動物らめええええええええええええ!」
動物の画像、更には着ぐるみでさえこの反応。
本物は失神するからダメだけれど。