死者は語る
倉田さんは、管理室のPCをネットに繋げるかもしれないと言って管理室に向かった。
何か動けば俺達が絶対に気付く。
それに1階のどの部屋にも窓は無かった。
花畑の中央に花蓮さんを運んだ方法。
そして、食事中にもう一つ気付いた事。
誰一人として幽霊騒動の話をしていなかった。
「有名な話の筈だけれど。おかしいわね」
さっき倉田さんに聞いたら、話してはくれた。
だが楓の話通りなら、ここに良く来ている花蓮さんと恵さんも、話を知ってて当然だ。
しかし話した内容は、花畑と建物の話。
「意図的に、話を持っていかないようにした……って事?」
要するに、幽霊騒動の話が、何か都合が悪い話なんじゃないか。
……例えば、理由が分かるから、とか。
そう考えると、何だ……。
また行き詰ってしまう。
……回り道して考えてもダメだ。
正攻法で考えないとダメと言う事だろうか。
「少し寝た方が良いわよ。翔太君」
楓が俺を抱き締めようとするのを、由佳が止めた。
「そうね。寝てて良いわよ。後はあたし達が見てるから」
そうだ。
昨日は呻き声で寝つきが悪く……朝は……って何でそう言えば……。
欠伸とまどろみ。
……由佳と楓は朝何があったのか。
聞いてなかった。
ダメだ寝よう……。
楓の膝で、眠った。
普段動かない分、こう言う時に動いてくれない事を、夢の中で悔やんだ。
睡眠薬では決して無い。
あれだけ必死に動いて、体は限界なのを、頭と精神が理解していなかった。
後は任せて、眠るのが良い。
……本当に、こう言う所は可愛らしいわね。
敢えて彼女に話しかけた。
彼女は私を真っ直ぐに見てきた。
「一つだけ教えて下さい。楓さん」
答えられる事であれば。
応えるわ。
「あの時笑っていたのは、どうして?」
心当たりがあり過ぎた。
膝で眠る彼が何か言う度に、可能性を感じたから。
……ああ。
なるほどそう言う事。
「翔太を騙している訳じゃないのか。それだけが知りたいの」
それだけは違う。
そう言い切れる。
協力して欲しい事がある。
ただそれだけ。
私には私のやる事があるから。
好意は勿論寄せているけれどと、敢えて付け加えた。
「なら良いです。あの事件でずっと笑顔だったのは、許せませんけど」
それもそうね……ごめんなさいと謝ると。
彼女、由佳ちゃんは翔太君から離れるように言った。
それは私の自由でしょう。
翔太君を起こしたくない葛藤を、ブルブル震えている由佳ちゃんがどう解決するのか、少しだけ興味があった。
管理室から出て来た倉田は、完全にフロアへ戻る機会を失っていた。
リア充爆発しろとまでは思わなかったが、嫁さん欲しいなと切に願った。
うーん……。
よほど疲れていたのか、気絶するように眠った気がする。
この良い香りのせいだろうか。
「起きた? 翔太君」
誰かの声が聞こえるが、まだ瞼が開かなかった。
何か柔らかいものが当たっている事に気付き、嫌な予感がして目を覚ますと、目の前には胸があった。
「おはよう。良く眠れたかしら?」
だから止めなさいって!
優しく楓を剥がし、こんな事をしている場合じゃないと急いでエレベーターフロアに向かおうとしたが、楓が転んでしまった。
ずっと膝枕をしてくれていたらしい事に複雑な感謝を抱きつつ、楓を起こして座らせ、向かった。
エレベーターのランプは既についていた。
倉田さんと由佳は、朝まで見張っていてくれたのだろうか。
開いた扉に、黒田さんと最上さんが現れた。
お疲れ様ですと、遠慮がちに最上さんは労った。
3人目が現れず、募る焦り。
この異常な状況に、いても立ってもいられなかった。
まさかが頭を過ぎらない訳が無かった。
ニ尾部さんの部屋から合鍵の束を取り(2人の死体は毛布に包まれた状態でここに保管している)、静かな箱の、パネルの変化をただ見つめた。
2に変わるだけが、長く感じた。
コン、コン。
急かしてはいけないと思いながら、焦った。
恵さん。
吉野です。
開けて下さい!
待っていられなかった。
倉田さんが頷くと同時に鍵を手にしていた。
無事でいてくれと。ただ願った。
扉を開けるのと同時に目に入るように、設置されていたらしい。
わざわざフックを天井に取り付けたようだ。
ロープの先は、ベッドの足にしっかりと固定されていた。
もう片方の先端は輪っかにされ、宿泊客、田村恵の首吊り死体がそこにはあった。
吉野君が拳を叩きつけたテーブルには、ご丁寧に『遺書』と書かれた封筒が置いてあった。
呻き声のような音が大きく鳴った。
冷たくなった肢体から、もう息は無い事を悟った。
目の前でこうも容易く連続殺人を実行に移され、警官としての誇りが、ただの個人的驕りであったのか。
部屋の鍵は……机の引き出しの中から出て来た。
見事なまでの完全な密室だった。
完全な自殺だと、断定するしかない状況。
12年前の過ちの償いとして、花蓮とニ尾部と共に死を選択します。
花蓮を呼び出して殺した後、朝になってニ尾部が花を摘みにいく合間にこっそりと部屋に戻る。
そしてニ尾部に毒を盛り、私田村恵が仕上げに自殺。
これで懺悔の完成です。
そんな訳無かった。
吉野君が死体を発見するまで、エレベーターは使われていなかった。
そして、すぐに全員を呼びに行った。
方法の実行に無理があり過ぎる内容だった。
「許さねえ……!」
搾り出す様に、手紙を静かに置き。
吉野君は立ち上がる。
鮎川君が言っていた事が、再び起きてしまったからだろうか。
……私の役職に少しでも拘ってしまった事を、激しく後悔したいのは一緒だった。
呻き声が止んだ。
「この不可能、俺が可能に変えてやる」




