遺産争奪ゲーム
主人公が、事件を解決したいと思うまでの話を、今回怪1という形で書かせて頂きました。
と言うのも、幼い頃から推理小説を読んだりして。また親族に名探偵がいて。はたまた探偵事務所の探偵が。
良くある設定。或いはほとんどの探偵主人公ってそうなのかもしれません。余計な説明を省けるから。
私自身、こう言った設定の主人公が事件を解決すると言うのに疑問を持っていました。何で親族に名探偵がいると事件解決するんだ? とか、幼い頃から推理小説を読むと何で事件を解決するんだ? とか。いやそもそも探偵ってそういう仕事だっけ? とか。
思ってしまうんです。私は笑
もっと本質的な部分。こうしたい。ああしたい。っていう部分が事件解決をする事によって満たされる場合に、人は事件を解決するために立ち上がるのでは?と思っていました。だからあえて、事件解決に至る理由を入れる方法で今回のミステリーを書いてみようと思いました。
少しでも多くの方に、読んで頂けたら嬉しいなと。思っています。
ピッ。ピッ。
心電情報が伝達していく音。
深夜の薄暗い病室には消毒液の匂い。
仰向けの呼吸音が広がる。
ソレデイイ。
挟まれた思いが、危笛を告げる。
後は、実行。スルダケ。
姿勢を崩してはいけない。
木の葉を隠すなら森の中。
森は……この静かな教室内で、ただ教師が話すだけ。
もう出来てる。
後はいかに紛れる事が出来るか否か……と言う事まで考えて、そのまま体が硬直してくれていたらしい。
気がつくと教科書は瞬失し、俺の目の前にはいつもの数学教師が鬼だった。
「またか!」
脊髄反射を起こしたが、正直授業はつまらない。
だからごっこ遊びを装ったが、クラスメイトの笑いを誘い、ほら。
あそこにいる、プロレス女。
鮎川由佳もわら……ってはおらず頭を振っている。
そして廊下に立たされる。
これが俺、吉野翔太の日常だった。
「廊下に立っとれー!」
全く酷いものだ。
廊下に立たせるなど体罰は成果を挙げるものではないと言うのに。
捻くれた5歳児のような憎まれ口をごちるが廊下には誰もいない。
常にコンディションを整えていた脳と脊髄反射が告げる。
イマガチャンスダト。
コメカミに男女と思われる柔らかさと激痛が貫通。
由佳のアイアンクローが俺にもろに入り……。
「痛い痛い痛い死ぬ死ぬ!」
いやおい。
せめて襟首とかを……閃き全部飛んじゃう!
俺は由佳にコメカミを決められたまま、連れて行かれているようだ。
コメカミがいつまで持つかは分からないが。
ここまで全て予定調和。
いつも通りの夕焼けの帰り道。
俺の隣で『全く毎回毎回!』と怒っている由佳だが、何だかんだ言って毎回付き合う。
だからこそボケられる。
技の開発に隙が無い由佳の前で、これ以上は言わないが。
「相変わらずだね。翔太」
忘れるはずも無い声に目をやる。
馬。
ウマ。
動物動物動物動物。
うぎゃああああああああああああああ!
悲鳴か分からない声を上げ、腰を抜かす俺。
……そんな表現する必要ないが。
俺の弱点を知っているのは、同級生では由佳以外に一人。
「相変わらずだね翔太」
2回言うな。
何事も無かったかのように言う辺り。
嬉しいようなうz……嬉しいよ全く。
由佳も乾笑してやがる。
どこかで売っているような馬の面を取りニカっと笑って見せたのは有村秀介。
「動物の被り物もダメなんだ翔太」
余計なお世話だ全く!
知ってる癖にあえて言ってくる辺り……いや良い。
こう見えてこいつは天才ヴァイオリニスト(自分談と他人談が半々)なのだから、多くは言うまい。
砂だらけの学ランを叩き立ち上がり、いつ帰ってきたのか尋ねると、打って変わって秀介は思いつめた表情をしていた。
「ちょっとお願いがあって」
有名チェーン店だが、晩飯前で人は少なかった。
幸いと言って良いかは分からないが、俺達以外の学生はいなかった。
徐に茶封筒を取り出す秀介。
聞いたらついさっきドイツから帰って来てこれだ。
相当ハードなスケジュールなのに、こいつのバイタリティはどこにあるのかと問いたくなる。
「変な招待状が来たんだ。これ」
有村秀介様。
突然のお手紙失礼致します。
5月31日12時より3日間、トランプ館にて10億の遺産争奪ゲームを開催致します。
ご家族、ご友人も是非……10億は眩むな。
「この名前……」
あたしは『キラークイーン』の文字に寒気がした。
キラーは恐らく、スペードのQを意味すると直感した。
スペードは『死』の意味を持つから……。
「秀介、こいつと知り合い?」
「演奏会で知り合って、連絡を取り合ってたんだ。 ……亡くなった話も最近」
2人の会話を、あたしはただ呆然と聞いていた。
2人とも、行くつもりなの?
「勿論。今はお金が必要だから」
「遺産の半分貰えればどんな事も……」
1人アホがいた。
でも分かる。
このアホはとっさに作ったアホ。
どれだけ一緒にいると思ってるのこのアホは……。
「えーやる気に元気になれないじゃん」
最近覚えた裏拳も、この時ばかりは譲ってはくれなかった。
全く。
いつもふざけてるからあんたの行動が違えば、分かるんだっての。
「ん? 2枚目?」
不快な名前らしき文字と地図の裏に、もう一枚の。
更に不可解な記号の羅列があたしの。翔太の。有村君の目に触れる。
「繋げてみても、全く分からないんだ」
『ヒント1』、『JKFESTJTNFQATS』が大きめの字で書かれていた。
勿論あたしに分かる訳が無かった。
両小指を絡め、手を口元にあてているいつもの癖。
考え込む時はすぐにこの奇妙な癖を見せる。
一番難しいと言われる知恵の輪を一瞬で解く。
学習とはベクトルの違うプロセスで答えに辿り着く合図。
そして唯一と言って良い取り得。
「繋げても意味が通じないんだ」
「トランプ14種類の頭文字か」
……本当だ。
チェックしながら数えて見て、見事に当たってしまっている。
……流石の有村君も呆然としてしまっている。
「普段の努力(※睡眠)の賜物だな」
ムカつくから今度こそ裏拳。
今度はクリーンヒットしてくれた。
これがやりたい事しかやらないダメ男。
吉野翔太なのだ。
リムジンと言う乗り物に初めて乗ったが、都市伝説とばかり思っていた。
こんな乗り物……と思っていたが、どうやら乗り心地は最高だ。
俺の右隣で由佳が機嫌悪そうにしてるが、乗り物酔いでもしたのだろうか。
「やる気出せよいつも」
小声で言ってきやがったから、多分構って欲しいんだろう。
直さないが。
ラジオのように、由佳の台風12号が上陸しないようにしておけば多分問題無い筈だ。
しかし、森に囲まれた隙間から見える空は曇っている。
天候までは制御しようが無い。
「2人ともありがとう」
そんな事は金のためだからどうでも良い。
由佳が怪訝そうな表情で俺を見ているが気にしな……痛い痛い痛い死ぬ死ぬ!
「気にしないで有村君」
「顔も名前も分からないから、1人は怖くてさ……」
まあ、そんな所だろうとは思っていたし、何せ金額が金額。
断る理由は無い。
「そんなおどけたって、分かってるよ」
……うるせー秀介。
そんな折、リムジンを運転していたオジサン―森田一心と言うらしい―が館の到着を告げた。
石畳の橋。
辺り一面、鬱蒼と生い茂る木々。
橋を超えた正面には3階建ての古い建物に絡んだ蔦。
おっと先客が既に3人以上はいるらしい。
見上げた館は、暗号の答えとはまるで関連性が無いように見えた。
何を煽っているのか。
風が強くなった気がした。
「ここが館の主、キラークイーン様のご自宅、トランプ館でございます」
秀介の握るヴァイオリンケースが、この時何故か重く見えた。
トランプの起源は知らない。
こんな山奥にある理由もどうでも良い。
ただ、呆然と館と主を想像したのかもしれない。
「さ、どうぞ中へ」
小さな音が、徐々に激しくなって行った。
「あれ、ヘリ!?」
煩く鳴る音を由佳が指差す。
既に着陸したヘリから、若い男が降りて来た。
ブランド物を身につけてこそいないが、移動手段がヘリである。
分かり易い御曹司オーラだ。
「古い建物だなー全く」
軽快にキーチェーンを指で回し、森田さんの話も聞かずに入って行く姿。
「お待ち下さい小川様!」
外観と良く似合った洋風の装飾に円形の玄関フロア。
そして正面の螺旋階段。
中でも圧倒的なのは、壁際に飾られている幾つもの銅像と大きなシャンデリア。
遠くで何やら森田さんと小川って人のやり取りが見える。
あらら。
小川さんが乱暴に階段を上がって行った。
「これ……。 トランプの絵柄かな?」
秀介が銅像を指差した。
……これが絵柄?
良く見ればトランプのキング……に見えなくも無いが。
「左様でございます」
いつの間にか合流していた森田さんが言うには、王の銅像がダビデ王。
女王がジュディス……らしい。
「この女王、何を持ってるんですか?」
待ってましたとばかりの初老(と言うには失礼か?)スマイルを浮かべている森田さん。
「心臓でございます」
いやいやいや!
え。しんぞ……はい?
「勿論作り物でございます」
そりゃそうだけど笑顔で言うのはどうなのあんた!
……とは言え、昔と今とでは色々違うんだろうし(因みに、マークとは言わずにスートと言うらしい)。
由佳まで苦笑いするのはしょうがない事と言える。
それに王子様……はジャックか。
んで、ピエロの銅像まであるのか。
「ジェスター。宮廷に仕えた道化師ですわ」
……ジェスター?
敵モンスターみたいな名前だなとかそんな事を思い振り向いた先には、場違いな着物姿の美女が、優雅に螺旋階段を下りて来ていた。
うん。
微笑む姿も美人。
肘打ち痛い。
「ピエロとはクラウンとしての役割が違うのですよ」
何が違うのかは分からないが、そう言う事にしておこう(クラウンは、おどけて何かをする役割を担う人の事で、サーカスにいたらピエロ。宮廷にいたらジェスター。街中にいれば大道芸人って言うらしいが、難しいので多分直ぐ忘れるだろう)。
美人だから良いよね痛い痛い痛い死ぬ死ぬ!
「もしかして、古澤桔梗さんですか!? 小説家の!」
何を血迷ったのか、俺ではなく秀介が尋常じゃない速度で着物美女と握手をしていた。
「ご存知の方がいらしたのですね」
「何時何分シリーズ全部読んでます! ファンです僕!」
おおう凄いなひかれてない。
多分俺が同じ事をしたら引かれる上に引き摺られそうだからやらない。
いややるか。
「お部屋へご案内の前に、身体検査をさせて頂きます」
森田さん?
イマナント?
手に持ってるのは金属探知機というヤツデ?
……いや掻い潜る方法があるはずだ!
この不可能状況、きっと可能に変える方法があるはずだ!
「主のご命令により、金属がついた物、電子機器は全てお預かりさせて頂きます。探知機に反応しなければ、持ち込んで頂いて結構です」
ま、まあ良い……。
秀介だってヴァイオリンの練習が出来ない。
俺もゲームが出来なくなるが、これでイーブン。
「結構です」
うらぎりものかー!
何でだよお前も没収だろそこは!
「別に裏切ってないよ……」
森田さんが持っているのは大きな鞄。
ああその初老スマイルが恨めしい。
「どんだけ持ち込んでんのよ……」
○rz。