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カノウコウチク~吉野翔太の怪事件ファイル~  作者: 広田香保里
怪12 鮎川由佳の逃避行
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「イカレ女の名前は皇桜花。少なくとも、武道の腕は相当立つ人物」

「意識的かは分からないですが、口調を2種類使ってました。あどけない口調と、心の底から恐怖するような冷たい口調です」

 それに、恐らくは悪魔的な頭脳を併せ持っている。

「皇と言う財閥、有名人はいるけれど、皇桜花と言う人間はいないわね。色々な犯罪を行っている所から察するに、そう言う繋がりを持っていると思っていたけれど」

 だから名前を自分から言って来たと言う事だろう。

知られたからと言ってどうでも良い。

「偽名の可能性も低いわね。画像を探しても無かったわ。だから偽名を名乗る意味が無い」

 翔太君もようやく容態が落ち着き、我々は翔太君の病室で情報交換をしている。

組み立て式のテーブルの上に受験勉強道具が広げられているのは、翔太君の勉強が間に合わないのはまずいからと、鮎川君が持って来たものらしい。

「異様な形の建物の中に、松本沙耶って人のお墓がありました」

 既に亡くなった松本沙耶。

それに皇桜花と言う謎の女。

それだけじゃない。

阿武隈川愛子。

病院は既に廃墟となっていた。

そして地下に存在していた謎の実験施設。

PCのデータ解析は意味が無かった。

物理パーツの記憶領域部分が激しく損壊しており、データ復旧は不可能だと解析班は話していた。

「行方不明者って可能性もありますよね」

「リストは誰でも閲覧が出来るようになっているけれど、該当する人物はいないわね」

 翔太君は両小指を絡め、手を口元に当てる。

「黒の御使いのネットでの活動って、どんな内容か分かりますか?」

 簡単に言ってしまえば、有名人を過去に虐めたりした一般人を実名で事実と共に晒す。

「内容が気になる。そんな事実を知ってる人物が、本当にただの第3者なのか……。 それに、何も見返りを求めないでネットの場所だけを提供するとは思えない」

「確かにおかしいですね」

「例えば、依頼者は虐められたって経験のある有名人本人って可能性」

「どう言う事よ」

「その事実を元に記事を作る。見返りとしてお金を有名人から貰っていたとしたら。その金額は分かんないけど、1万や2万なんて金額じゃなく、もっと高額だったら」

「その資金で、リアルでの犯罪遂行の為に運用する……と言う事ね」

 翔太君はゆっくり頷く。

突拍子も無い仮説だが、有村君が遺したもう1つの手紙の内容。

黒の御使いの記事は実際に存在する。

そしてトランプ館や雷鳥峠での事件。

そして今回の拉致事件。

これだけ大規模な犯罪を行う手段を奴らが持っている事実。

それらを推論で繋げるとしたら。

「それに、ネット記事に晒された一般人はどうなる? 金を払って晒すだけで、有名人には何のメリットも得られない」

「記事を見た第3者、或いは黒の御使い自体がどう動くのか……って事?」

「何か事件が起きているか、調べるわ」

 起こっている事件があるとすれば、殺人事件か暴行事件。

その類だろう。

事件の大小では無いが、1日に何件も起こる事件を1つ1つ覚えてはいない。

だが、これで少なくとも元々あった繋がりを使う事無く犯罪を動かすシステムがある可能性は分かる。

この犯罪システムを1から作り上げたのだとしたら、やはり黒の御使いは相当な組織だと言う事も。

これだけの組織がいる事に気付く事さえ出来なかった警察に、果たして意味はあるのか。

警察を辞めるべきか。

私は悩んでいた。

「拓さんが警察を辞めたら、俺達事件に関われませんよ」

 ……。

私は今の話は忘れてくれと、苦笑いした。



 脇腹に時折痛みが走るって言っても、受験勉強をそろそろしないとまずい。

犯罪に巻き込まれて浪人なんて、姉ちゃんに殺されるに決まってる。

事件の事は確かに気になるけど、今は体が動かせない現状を受け入れ、只管勉強に集中する事にする。

楓達は帰り、今はテーブルに勉強してる由佳がいるだけ。

本当は姉ちゃんがここにいるべきなんだろうけど、姉ちゃんも入院してるから、実質2人の面倒は由佳が見てくれている。

まあ、姉ちゃんはもうすぐ退院できるけど、流石に俺の怪我は深刻だったらしく、まだしばらくの病院生活だ。

由佳を見る。

だから退院までに、俺は由佳に言わなきゃいけない事がある。

……筈なんだけど、どうにも言い出す事が出来ないでいた。

一緒にいる時間が長過ぎるせいだろうか。

気恥ずかしいったら無い。

別に2人でいる事は嫌じゃない(嬉しい)。

「何してんの?」

 いつの間にか由佳が怪訝そうにこっちを見てた。

……うーむ。

「おーい聞いてるかー」

 両頬を叩き、ちょっと待てと由佳に言う。

「う、うん」

 ほんの少し、考えよう。

俺は両小指を絡め、手を口元に当てた。

数え切れない位に助けて貰った。

遠慮無くふざけられるのは由佳がいたから。

事件を通じて、色んな感情だって共有した。

そんな由佳に、俺はたった一言伝えようとしてる。

長いのは論外。

何言ってんのか分かんなくなるし、第一俺が逃げ出したくなる(逃げれないけど)。

それが今の俺の状態。

……。


 由佳。

恥ずかしさが顔に出て無い事を祈る。

「何?」

 深呼吸。

たった一言だけで良い。


 一緒に行こう。いつまでも。


 これ以上顔を見られるのは恥ずかしかったけど、それを逸らす事も躊躇われた。

由佳は呆然としたかと思いきや、顔がみるみる茹でだこになり、そわそわしている。

最初は意味が分からなかったけど、ああそうかうわー!

そんな感じだろう。

だから伝わったと思いたい。

返事が聞きたい。

理屈じゃなくて、どうしても。

意識を失っても、由佳の手だけは離さなかった事を俺は誇りに思う。

由佳はひとしきりわさわさした後、深呼吸して俺に向き合う。

2人とも顔をまともに見てられない程に恥ずかしいだろうと、自分を何とか誤魔化す。


 手、繋いで一緒に。どこまでも。


 はにかんだ由佳の表情は、いつもは気持ち悪いと思うのに、それが今日は魅力的だった。

俺達はどちらからともなく笑い、手を繋ぐ。

カーテンが開いた窓からは、夕日が綺麗に見える。

そう言えば天気の話なんてする事も無くなったなと、そんな関係無い事をまた考える。

俺達は見合い。

キスをした。

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