憶察
567 :名無しさん:2018/09/27 08:29:45.39 ID:XXXXXXXXX
>>85
所謂モンスタークレーマーって奴か。
ヤバい奴がいるもんだなー。
でも警察呼んでも動くか微妙ってのもなー。
IDとアンカーをコピーしてネット検索してくれれば。
そして返事をしてくれれば由佳ちゃんだって分かるだろう。
書き込みをしてから3時間が経とうとしているけれど、連絡はまだ来ない。
肝心の車もまだ見つかってはいない。
高速以外に監視カメラは無い。
そうなると聞き込みからの情報になってしまうから無理も無い。
それに優子の安否だって分かっていない。
闇雲に探しても意味が無いから私達は車を止めて貰い、連絡や返事を待っているけれど、焦りだけが募って行く。
翔太君はその間にも思いつく限り動いていた。
倉田さんや華音ちゃんに掛かって来た着信と同じ番号に電話。
雷鳥館の外に捨てられていたテーザー銃や相田さんの遺体から、使用された武器情報の聞き出し。
掲示板の由佳ちゃんらしき書き込みから、IPアドレスの特定依頼。
その他一見すると関係無さそうに思える情報まで。
それら全て、空振りに終わっていた。
多くの方が動いてくれているのは間違い無いのに、一切の情報が得られない。
他に何が出来るのか。
そんな翔太君を見ていて。
心が痛まない訳が無かった。
「ネットマップ……」
スマホで画像を見始める翔太君。
心が痛むのは、これだけやっても。
いいえ。
今まで出会ってしまった事件に対してどれだけ懸命に動いても。
全ての犯罪が防がれる事が無かった。
言い換えてしまえば殆ど何も結果を得る事が出来ないでいる。
それでも前に進もうとしている翔太君に。
どうか由佳ちゃんだけは奪わないであげて欲しいと。
それだけの思いが詰まっている事に気付いてしまった。
自分自身の心に。
この状況でこんな事を考えてしまうなんて思っていなかった。
きっと翔太君と同じ位。
由佳ちゃんが尊い存在になっていた。
今までに私に手をあげた年下の女の子がいただろうか。
今までに私と言い争った年下の女の子がいただろうか。
今までに私を理解しようとした年下の女の子がいただろうか。
「掲示板の書き込みがされたIPの大まかな場所から絞り込めば、マップを合わせてもしかしたら! 楓!」
ハッとする。
私の気持ちはどうでも良い。
2人の命がかかっている。
失いたくない大切なもの。
「後は姉ちゃんの居場所の手掛かり……」
IPアドレスからアクセスされた地点の大まかな位置を特定し、ネットマップで運転手がいない奇妙な車が無いかを画像データから検索する。
そう言う事だろう。
翔太君は両小指を絡め、手を口元に当てる。
優子の場所のヒントは無い。
そんな状況から答えを得る事は不可能に近い。
全国のマップを確認すれば良いのかもしれないけれど、そんな時間がある保証はどこにもない。
ある程度範囲を調べられないと……由佳ちゃんが乗っているらしき車を見つける。
1時間程前の映像だろう。
運転席に誰も乗っていない。
奇妙な黒の軽自動車。
この道がどこに続いているのか。
高速には乗らないだろう。
監視カメラに映像が残る可能性が非常に高い。
だとしたら。
このままだと私達が住んでいる場所まで2時間程で着いてしまう。
それならば。
低い可能性に賭けるのは悪くない選択かもしれない。
パトカーで出来る限り急いで貰う。
由佳をどうするのかは分からない。
けどどこへ行くのか、可能性が出て来ただけでも前進してるかもしれない。
後は姉ちゃんの居場所。
どこに拉致されたのか。
拓さん、華音ちゃんから聞いた情報をもう1度思い出す。
姉ちゃんに接触する前に、拓さんは黒の御使いのメンバーから連絡が来てた。
その間に姉ちゃんは拉致された。
その後、荷物の回収を本人から頼まれた。
だとしたら現場に来るまでの時間は最速だったと推測される。
そんな状況なら。
目撃情報を拾われる事も考慮すれば。
近場に監禁する可能性は低いだろう。
それに姉ちゃんは武道に関して言えば一流って言っても差し支えは無い。
自力で抜け出そうとするだろう。
だったら現場からある程度離れた場所に監禁しておけば一番リスクが無い。
けど、遠過ぎたら今度は人質としての意味が無くなってしまう。
仲間を見張りに付けてるかもしれないけど、並の相手で姉ちゃんの相手になるとは思えない。
華音ちゃんが言ってた片手で華音ちゃんを投げ飛ばした小さな女の子。
尚且つ拓さんをいとも簡単に手玉に取ってしまうコミュニケーション能力を持ってる。
拉致した事に目的があるのだとすれば。
姉ちゃんをその女が見張ってる可能性は低い。
由佳の方に注意を向ける。
だから姉ちゃんは無事な筈。
どれ位の距離ならこれらの条件を満たす?
……いや。
大体に絞れば。
拓さんにお願いして、捜索範囲を絞って貰う事は出来る。
姉ちゃんは夜に拉致されてから、俺達が雷鳥館を出るまでの時間。
大体9時間。
だとしたら。
準備の時間も含めれば最大で片道3時間って所か。
「私から連絡しておくわ」
すかさず楓が拓さんに連絡を入れる。
後は姉ちゃん。
由佳。
頼む生きててくれ!
兄さんの手紙は。
今までの話がただの妄想じゃ無い事を裏付けるには十分過ぎる。
メールで倉田さんに概要だけ送信しておいた。
私も狙われる可能性があるから。
やれる最低限の事だけは常にしておく。
後は自宅か警察で大人しくさえしていれば、私を狙おうとはしないだろう。
「でしたら、桜庭の本社で待機しましょう」
その手もあった。
でも、私なんかがお邪魔して良いのだろうか。
森田さんは心配はいらないですと。
あっけらかんと言ってくれた。
「お食事も用意出来ますし」
……。
私はそんなに食いしん坊じゃないと思うけど、森田さんの心遣いと受け取る事にする。
一本道の山道を抜け、国道に入る。
山奥の国道は、当たり前だけど車通りは殆ど無いと言って良い。
だからと言う訳では無いけど、私はただ流れてく山の景色をしばらく眺めてた。
少しだけ休みたいと提案した森田さんを急かす訳にも行かず、路肩に車が停車する。
周りは葉桜で生い茂っていた。
天を仰ぎ、一服する森田さん。
喫煙者だって事を今更ながらに知り、自分がどれだけ塞ぎ込んでいたかを改めて自覚する。
口に出したら気にしないで下さいと多分言われる。
それが何となく嫌だったから、心の中でありがとうございますとお礼を言う。
そして行こうとしたその時。
山の中に、確かに見えたものがあった。
建物なのか何なのか分からない。
時々山の中に建ってる建物は幾つもある。
それ自体は不思議だけど、別に不自然とは思わない。
けど、それは。
普通の形をしてなかった。
高さは分からないけど、建物上部が細くなってるのは見えた。
まるでそう。
砲身みたいな形。
私はさっき、黒の御使いの怖さを、兄さんを通して知ってしまった。
ここに都合良くあるなんて考えるのはただの妄想。
けど、もし何か良くないものが本当にあったとしたら?
用意しかねないような規模の組織。
私は森田さんを見る。
1人で行けるような状況じゃなかったから。
森田さんにも、兄さんの手紙は見せた。
だからだろうか。
「行ってみましょう」
ありがとうございます、森田さん。
今度は口に出して、ちゃんとお礼を言う。




