業の中に願いを込めて
もしかしたら、誰にも読まれないのかもしれない。
でも、誰かに分かるような形で置いておく事は危険だ。
ここに記載しておく事は事実であり。
尚且つこの暗号の答えに辿り着ける確かな頭脳を持っている事が望ましいと判断した。
誰かを殺害したいと思った時。
いや、誰にも相談できないような事をしようと思ってしまった時。
決まって人は誰かに聞いて欲しくなるのかもしれない。
僕を含めた殺害計画を考えている時。
決まって考えたのは義理の妹の事だった。
僕自身が殺人を行った事を知られてはいけない。
そんな中、世界ツアーのとある演奏を終えた時の事だった。
貴方のファンになったと。
煌びやかな笑顔の女の子だった事は今でも覚えている。
邪気が無い。
そんな女の子が言った一言。
演奏の中に潜む途方も無い闇が、演奏をより引き立てているのだろうと。
演奏に。
いや、人の行動に感情が表れるのは事実。
それをこんな女の子に見抜かれてしまうのかと。
そこまで僕自身の心は。
憎しみに侵されていた。
その夜。
1通のメールが来た。
ボランティアのカウンセラーだと名乗っていた。
僕の名前から、事故の事を調べたとメールの主は言った。
最初は無視していたのにいつの間にか自分の胸中を話すようになってしまっていたのは。
その必死な文面に、誰かを重ねたから。
そんなやり取りが続いたある日。
またあの女の子が現れた。
今度は演奏会の場ではなく。
宿泊していたホテルにだ。
復讐なんて、意味ないよ? 有村秀介
唐突に言われ、虚を突かれた思いだった。
どうしてこの女の子がその事を?
考える間もなく、二の句が告げられた。
でもさ、罪人が生きてるって言うのは、もっと意味が無いよね? 有村秀介
この時、僕の中の憎しみが。
完全に意思を持ち始めたのかもしれない。
彼女はエージェントだと名乗った。
僕よりも年上である事にも驚いた。
殺人者の妹であると言う汚名を着せない為。
舞台。
方法。
見た目の年齢以上に、殺害方法。
その中にある賢明、狡猾。
そんな言葉では表せない程、残虐じみていた。
一つだけお願いがあると彼女は言った。
必ず実行するようにと。
だけど僕は迷っていた。
翔太に全てを打ち明けようか。
それとも実行するか。
或いは……。
全てを投げ出して逃げる事は出来ないと本能的に悟った。
次々に用意され、運ばれて来る道具。
毒、睡眠薬。
それら全てが迅速に。
あの館へ運ばれて行ったのだ。
1人でこんな事が出来る訳が無い。
それに、長い釣り糸を一瞬で巻き取ってしまうような巨大な巻き取りホルダーなんて普通は作らない。
つまり、それを作るだけの財力、人員を持っていると言う事。
事故が起こった時点で。
或いは古澤桔梗の小説を見つけた時点で。
誰かに言っていれば良かったのかもしれない。
告発した所で奴等の罪は軽いかもしれない。
それが許せなかった事も間違っていない。
だけど僕が背負ってしまったものは。
罪ではなく、業。
或いは宿命。
罪の軽重を議論した所で。
戻れなくなったら意味が無い。
犯罪が軽々しくさえ思えてしまう。
それだけの圧倒的な力が、確かに存在しているのだ。
まるで実体の無いエネルギーの塊が、不気味に漂っているみたいに。
だからエージェントと名乗る彼女について。
出来る限りの事を調べる事にした。
幸いにお金だけはあった為、探偵を雇う事で自分自身に降りかかるリスクを0にした。
連絡が取れなくなってしまった探偵は、恐らく殺害されてしまったのだろう。
業を背負ってしまったと同時に、自分もまた罪を重ねてしまっていた。
けど、放っておく事がいかに危険であるかも。
この過程だからこそ気付けたのかもしれない。
辛うじて生き延びた探偵から、微かな情報を聞く事が出来た。
活動している組織の名前は黒の御使い。
ネットで調べてみれば確かにその名前は存在していた。
ネット上では有名人が過去に受けた仕打ちを赤裸々に公開している記事がごまんと存在していた。
そしてリアルでは。
薬品、武器の密輸。
犯罪教唆。
それらを秘密に行っている組織。
これら事実を繋げるのなら。
ネットを使って資金を調達し、その資金で様々な犯罪に着手していると言う事。
そして組織名の黒の御使い。
僕に殺人の手法を教えた事実。
恐らく目的は世界の浄化。
その為に自分達は黒に手を染めている。
そういう意味が込められているのだろう。
もしこの手紙を読んだ人がいるとしたら。
絶対に1人で何とかしようと思ってはいけない。
それだけ危険な組織が動いていると言う事を念頭に置き。
できる限りの対策を打たないといけない。
そして多分僕自身がそこにいる事は無いから。
業の中に罪を重ねてしまった事をどれだけ責めてくれても構わない。
だから。
一刻も早く終わりにして欲しい。
最後の願いを込めて。




