暗号の答え
1階の森田さんの部屋に移動した。
吉野君がここに証拠があるからと。
「預かっていた荷物を元に戻して下さい」
金庫の鍵を開け、様々な金属製品が見えた。
ライター、指輪。
何かいっぱい入ったバッグ(多分吉野君が最初の夜に落ち込んでいたから、吉野君の持ち物であると予想してみるけれど)、スマホ。
主には電化製品が所狭しと入っていた。
「自分の荷物を持ってって下さい」
吉野君の合図に、一人ずつ没収された荷物を回収していく。
吉野君はその荷物でここで何をしようとしていたのかは分からないけれど、可愛らしい一面だと思った。
そして最後に森田さんが古澤桔梗の荷物を回収。
見事に空っぽになった金庫を、皆は見た。
「……有村君の荷物は?」
「金属は初めから持って来てない」
「……確かに金属探知機の検査で、有村様だけは……」
ヴァイオリン所ではなく、有村秀介君だけは何も荷物を回収されなかった?
スマホや鍵も?
……なるほど。
有村秀介君の頭脳は素晴らしいものね。
それを見抜いた吉野君はそれ以上。
……この2人は、無意識の内にお互いを高めあってきたのかもしれない。
……もっと見せて頂戴。
「それがどうしたの?」
舌打ちを我慢した。
どうして分からないのよこの医者は……。
邪魔をして欲しくない。
……私にはもう彼以外はどうでも良いのだから。
だとしたら、楓さんはどうしてこうも笑っていられるのか?
……危険な秘密。
狡猾な計画を実行した有村君以上に、異質だった。
「この連続殺人を成功させるため。動機を悟られる前に」
淡々と語る翔太に、楓さんが意地悪く乗っかった。
たった一言。
どう言う事かしら。と。
「良く考えろ! いくら山奥だからってスマホを持たないってかなり不自然じゃないか!? 携帯には通話記録やメールの受信記録も残る! だから万が一にでもスマホを見られて動機がばれるのを恐れた! それに森田さんは小川さんから鍵まで預かっていた。だとしたら家の鍵も当然回収されるはずなのに金庫には何も入っていない!」
有村君の自宅にこの中の誰かが入る事なんて、まず無い。
後に警察に家宅捜索が行くかもしれないけど、殺人を成功させるまでは悟られたくない。
そう考えれば鍵を持って来ないのかもしれなかった。
もう必要も無かったのかもしれなかった。
「証拠はこれだけかしら?」
楓さん。
貴女は異質。
……質問するのは良いかも知れない。
その笑顔は止めろよ!
秀介。
全て計算だったのか?
証拠はヘリの方にもある。
何故俺は言葉を紡いでいる。
猜疑を口に出来ず、淡々と話す自分に嫌気が指した。
気分のせいだ。
口調が暗かった事と、由佳が俺を邂逅に辛うじて引き留めてくれた。
ヘリが爆発した後、そう時間が経たない内に雨が降った。
恐らく当初の計画では、ヘリが爆発して燃え、証拠もろとも燃やしてしまうはずだった。
お前は、どうしてそんな計画を立てられた。
俺と由佳を利用するだけして、後はどうでも良い為に、親友と言う関係まで築けたのか?
ヴァイオリンケースは燃えやすいと思うが、カバーの内側は燃えにくい素材。
すぐに雨が降った短時間で証拠が残っている可能性が高い何より燃えカスからでも証拠品が見つかれば、決定的な証拠。
心と頭は連動している筈なのに、バラバラだった。
体はもう意味を成していなかった。
バランスが崩れきっているのかもしれなかった。
秀介。
どうか違うと言って、とことんまで俺を罵倒して殴って欲しかった。
でも、もう死んだ。
そして俺は犯行を秀介に突きつけている。
擦り付けているのかもしれなかった。
「でも、ここに無い以上、無くなってる可能性もあるのよね? ヘリは爆発したんでしょ?」
「その爆発と同時に、鞄が飛ばされている可能性も……」
まだ言うか……。
お前たちが犯人じゃないと言っているのに。
身の保全をそれほどまでに望むのか。
「秀介の部屋にも残ってる」
俺もそれほどまでに秀介を犯人にしたいのかゴミが!
由佳は泣きそうになっていた。
楓さんは昂揚しているように見えた。
俺は淡々とバラバラだった。
ふ……。
笑いが。
笑顔が止まらなかった。
吉野君はゴミ箱を持って来た。
そこにどんな証拠があると言うのかしら?
首と手をバラバラにされた人間が自殺なんて、斬新過ぎると思わないかしら?
その証拠を、さあ見せて。
吉野君。
ただの濡れタオルに、どんな可能性を見い出すの?
「それは?」
さっきから五月蠅いわ。
まだ吉野君が作る可能の世界に浸れていない人がいるなんて、信じられないわ。
「決定的な証拠」
俯きながら言わないで。
貴方はもっと堂々としていないとダメ。
「密室殺人の証拠隠滅」
……どの密室殺人を指すのか。
一瞬だけ分からなかった。
ああ。そう言う事。
問題なのはその後、と言うわけね。
ああ。素晴らしい才。
頭の良い男の子は好きよ。
「証拠……隠滅?」
由佳は、丁寧に一つ一つ、紡いでくれた。
徹底的な気遣いを感じた。
ありがとな。
だから、終わる唄。
誰もが終わりを悟る時に。唄。
もう終わってしまっているから、再まり(ハジマリ)を防ぎたい。
多分、秀介はそれを望んでいないと信じた。
あいつのナニカは、あいつが死んだら実行不可能だから。
頭を切り替える。
あいつが望まないセカイを、構築させないための方法を、組み上げよう。
鍵に血をつけずに箱の中に入れる事は可能だが、問題はその後。
お祭りで楽しむのも良い。
イベントを楽しむのも良い。
後片付けの現場。
それだけで終わらないのが人間の持つ避けられない面倒。
「鍵を入れるのに使った釣り糸の処理、ね」
成瀬さんの部屋の密室を再現する。
考えた先に気付いた。
この方法は、まるで後の祭りだった。
それでも、自分が犯人とは思われない事に自信を持っていたのか。
こんな方法を選択した秀介。
最後に釣り糸を回収した時、こんな風に濡れる可能性があった。
先程の実践に使った釣り糸を見せると、滴が一滴滴った。
実際は血。
血が無かった床に紐の跡が残ったら、この方法に気付かれる可能性が高い。
だから床についた血を拭き取るって言う保険をかける必要があった。
実際は血がつかなかったのではなかった。
タオルによって血がつかないようにマスキングされているだけだった。
水を撒いた時に注意して行ったが実際はタオル無しで実行するほど注意する必要は無かった。
しかしそれが仇となったタオル。
本当はケースに入れて消すつもりだったが、予想より早く雨が上がった。
時間軸を思い出せば、答えに行き着いてしまう。
成瀬さんが殺されてから1時間で死体が発見され、すぐに小川さんがヘリで助けを呼ぶと言い出したのだから。
「そのタオルに、あるのね」
楓さんは終始高揚した表情で俺の話を聞いていた。
おかしいと思ったが、今の俺にはどうでも良かった。
こいつだけは洗いは出来たが処理する時間が無かった。
あの方法で鍵を入れるにしても、準備に時間が掛かるし、自殺の時、釣り糸に結び付けても見つかる可能性があった。
……時間的に他の証拠はとっくにヘリに運んだ後。
だからこのタオルから、成瀬さんのDNAが検出されれば。
動かぬ証拠!
「で、でも、動機は……?」
由佳の言葉に楓さんが舌打ちしたような気がした。
素晴らしい可能構築。
……吉野翔太君。
貴方に決めたわ。
無事に帰る事が出来たら、貴方の事を徹底的に調べさせて頂く。
吉野君が陸田衿子の名前を呼ぶと、本人は体を硬直させた。
黙っていた事は良い事。
だって吉野君の話を、更に聞いていられるから。
「秀介と知り合いなのが気になる。それに、遺産ゲームに参加した」
「……彼の妹の主治医なの。義理の妹さんだけどね。 ……交通事故に遭って植物状態になっちゃって。手術するためには物凄いお金が必要なのよ」
なるほど。
動機の組み立ては、そこの関係から推理すべきだったわけね。
それに交通事故。
車を持っていない御曹司。
小説家。
確か実際に見た、起こった事を克明に書くスタイルだったかしら?
……となると残る成瀬和樹は目撃者……と言った所ね。
なるほど。
吉野君は気付いているのかいないのか。
はたまた知りたいのか知りたくないのか。
どうでもいいと言う事は無いでしょうね。
「本当に、有村様が……」
その他は都合の良いキャストとして作為的に、無作為に選ばれたのでしょう。
……私?
たまたまよ。
それこそ偶然。
「翔太……」
彼女はとことんまで吉野君を想うのね。
良く出来た嫁キャラね。
「暗号の答え知りたい?」
勿論教えて。
愉悦した。
暗号は、成瀬夫妻によってロックされていた。
尾形和樹は、成瀬由美に婿入りした。
通常、女性が性を変える。
だが、互いの利害が一致すれば、非常識を常識に組み替えてしまう。
最初のヒントはトランプの頭文字。
そして導きたるは外れの住人。
しかし当たったら最後、首を刈られ並べられる。
「呼び方と略式が違うカードかしら?」
楓さんが笑った。
子供じみた暗号だとは、俺だって多分秀介だって思っている。
笑うのはやめて欲しかった。
1はA。11はJ。12はQ。13はK。
持ち主は尾形、陸田、古澤、小川。
頭文字を並べ替えると、roof。
「屋根?」
由美さんが天井を見上げた。
貴女の旦那さんは、この暗号を解けなかったと言うのか。
昭和ごっこは見せ掛けだけにして欲しかった。
俺は、屋根裏へ続く天板を蹴破った。
由美さんが中身を急かした真新しい箱。
秀介が置いたものなのだろう。
内容は想像がついた。
中身は予測がつかなかった。
見たくない。
見なければならない手紙が入っていた。
秀介の闇を、一目で知った。
反射的に目を背けてしまった。
どうして俺に話してくれなかったんだ。
在り来たりで心が満たされてしまった。
由美さんが急かし、陸田さんが偽物を疑った。
楓さんが手紙を覗き込み、悟ったようだった。
由佳は見ないでくれて嬉しかった。
「後は警察に任せましょう」
楓さんは由佳を止めた。
晴れた早朝、ヘリの音が有村君を連想させた。
楓さんに止められ、異質とは違うナニカを想い、翔太が否定しなかった。
あたしは知らない方が良いのか。
肝心な事なのに、言ってはくれないの?
有村秀介君によって計画された事件は、親友の手によって暴かれると言う後味の悪さを残して、静かに幕を下ろした。