世界最強の人種
みなさんは、『世界最強の人種』というのを知っていますか?
百獣の王 武井壮? 違う。
元横綱 曙? 違う。
霊長類最強 吉田沙織? 違う。
私に言わせれば全部違う。それだけは確信をもって言える。
だって世界最強の人種は私の家で毎日生活しているのだから……
そいつは、決まって夜7時に家にやってくる。
私が学校から帰ってくると、リビングの机の上には置手紙が置いてあった。
『お母さん、お友達の家に遊びに行ってきます!机の下に置いてあるおそば作って食べてね♪』
なんで机の上じゃなくて、机の下に置いたのだろうと不思議に思い足元を見てみると
『そばの実』と『石臼』
『擂るところから?!』
誰もいないリビングで思わず一人で叫んでしまった。
てっきり茹でるタイプの物だと思っていたので油断していた。
そうだ、お母さんはこういう人だった。
釜からご飯を炊とお米がおいしくなるという情報番組を見て、釜を温める薪を作るために木の苗を庭に埋めだした強者だった。
毎度ながらお母さんのセンスには驚愕させられる。
高校生の娘としては普通でいてほしいところだ。
とりあえず、晩御飯には少し早かった……というか作ることがほぼ不可能だったので、私はリビングのソファーの上に寝そべり友達にラインをしながらくつろぐことにした。
しばらくすると、玄関のほうからカチャっというドアの鍵が開くような音がした。
時計に視線を送るとちょうど午後7時。
どうやらあいつがやって来たらしい。
「はいはい!お父さんが帰ってきたよー!お~い、誰もいないのかー?」
そう。私のお父さん。今日もどこにも寄り道せず時間どおり帰ってきた。
リビングのドアが開く音がすると、お父さんは私に気づいたのか声をかけてきた。
「なんだ。いるんじゃないか。一家の大黒柱が帰ってきたんだぞ!ほーら、ただいま!」
すぐ後ろにいるのが分かったが、返事をする必要がないのでここはいつも通りスルー。
すると、お父さんは足を忍ばせさらに近づいてきた。
「聞こえてないのかな~?た・だ・い・ま」
耳のすぐそばまで寄ってきて、また声を掛けてきた。
生暖かい息がかかってきて腹が立つ!何が一番腹立たしいって、すごいいいニオイ!
きっと家の前でブレスケアでも噛んできたんだろう。
今すぐにでもそこにツッコミたいところが、これも無視。きっとこれで諦めてくれるはず。
「おっ!いつものが始まりましたか!お得意の無視!そう簡単にお父さんを無視できると思ったら大間違いだぞ~!」
諦めてくれない?!いつもならここであきらめてくれるのに!何今日の粘り強さわ!
しかし、ここで何か答えたらあいつの思うつぼ。
私は自分の意思を押し殺し無視を続ける。
「これも無視か!無視のレベルを上げたなー。娘の成長が垣間見えた気がしたよ」
いったいどこで娘の成長見てるのよ!
って言ってやりたい!!今すぐツッコんでやりたい!
……が、ここは我慢!
このまま無視し続ければ、私に平和な夜が訪れるはず!
するとお父さんは後ろでウンっとうなった。
「それにしてもいい無視だ!そんな無視どこで覚えたんだ!お父さんのドM心がくすぐられるぞ!」
「気持ち悪……」
言っちゃったぁ~ドM心って何よ?
……こんな化け物、無視なんて不可能よ。
「はい、無視終了~!!おしかったなー!というか娘よ。無視なんかやめろ。お父さんに勝てるわけじゃないだろ。なんたってお父さんは世界最強の人種ポジティブなMだぞ!!」
「うっざ!!」
そう。私のお父さんはポジティブなMなのです……痛みを与えても喜ぶ、罵倒を与えても喜ぶ、しかもそれらを全てポジティブにとらえる……もう鉄壁……へこむこともくじけることもない、痛みを喜びに変える完璧超人……本当にこれを超える人種はいないと思う……
「あまい!甘すぎるぞ娘!そんな『うっざ!!あんたドブみたいなニオイするのよ!』だけの単調なワードだけじゃお父さんのドM心はくすぐられないぞ!」
言ってない!というか勝手に『ドブ』なんて調味料入れないでよ!
だいたい私は喜ばせるために言ってないんだから!
こうなったらこっちも意地よ!二度と立ち直れないほど、とことん言ってやる!
私はソファーから起き上がって、お父さんを睨み付け勢いに任せて罵倒し始めた。
「チョー見ざわりですけど!」
「視界に入れてくれてありがとう」
「もう消えてください!」
「存在を認めていてくれてたんだな」
「この……キクラゲ野郎ッ!!」
「おっいいぞ!その調子だ!くすぐられてきた!」
駄目だ!全くと言っていいほどノーダメージだわ……むしろ潤いをえてる……
というか私動揺過ぎよ。『キクラゲ』って何よ。
……というかお父さん『キクラゲ』でいいの?
お父さんの方に視線を向けると、何やら何かを思い出して感心しているようだった。
「……しっかし親子は似るもんなんだな。『このキクラゲ野郎ッ!』……同じセリフを母さんも言ってたぞ。こう……夜にお父さんを縄で縛りあげてだな」
「親のプレイなんてききたくないよ!!!」
ありえない!娘に夜の営みの話をしようとする?!お父さんの感覚がまるでわからないわ!
ていうか、両親がSM?!もしかして家にある異様な数のアロマキャンドルはアロマキャンドルじゃないの?!
「そうか。残念だ。あっそうだ、あとでお父さんの部屋に来なさい。最近いい縄を買ったんだよ。縛り方はな、まず……」
「聞きたくないよ!!そんな知識一生使わないから!この変態!!」
お父さんの会話を遮るようにくい気味で言ってやった。……もう完全にお父さんのペースだわ。
「変態!いい響きだ!まさにその言葉はお父さんのために生まれてきたような言葉だよな!」
また喜ばせてしまった……暴言を言うと喜ぶ、かといって無視しても喜ぶ。
もう私はどうしたらいいの……
「もういい……あんたと話してると疲れる」
「疲れる?!何言ってんだ!まだまだこれからじゃないか!途中で弱音を吐くな!お父さんはそんな娘に育てたおぼえはない!」
「うるさい」
私は深いため息をついてソファーに深く座る。
いったいこの人はどんな娘にしたいのだろうか?
お父さんは、ひとしきり満足したのかスーツを崩しながら言ってきた。
「うるさいはダメだな。おまえはボキャブラリーが乏しんだよ。そうだな。おまえみたいなのは一回『えんこう』でもしてきたらどうだ」
「さ、最低!娘に援助交際すすめるなんて!それでも父親?!」
「なーに言ってんだ。お父さんの言ってるのは煙突工事のことだぞ?」
「紛らわしいのよ!一回死ねば!」
いや、煙突工事でもだいぶおかしいから!煙突工事がどうボキャブラリーに関与してくるのよ!
『一回死ねば!』がまたドM心をくすぐってしまったのかお父さんは高らかに笑いだした。
「はっはっは!おまえの『死ね』は切れ味があるな!いいドSっぷり!もっと頂戴娘!ほらもっとお父さんを喜ばせてみろ!」
もう怒ったわ!今度こそ二度とたち治れないようなこと言ってやる!
「クズ人間ってまさしくあんたの事を言うんだね!このクズ人間!!」
「すごい…すごいぞ!もうお父さんは有頂天だ!これがドSの螺旋階段!今お父さんは、猛烈に感動している!!」
「もうこんな父親は嫌」
今日も世界最強の人種に悩まれる私であった。
今回で短編は2本目。だいぶ『なろう』のシステムに慣れてきました。次回からは、長期連載物を書こうと思っています。その作品に役立てますので、よければコメント・評価など、ぜひよろしくお願いいたします。