ほっとケーキ:I just leave it alone
オレの名前は螢田桂樹。ニックネームは……だいたいわかるだろう、ほっとケーキだ。
べつにわるい名前じゃないと思う。けど、よりによってこの苗字にこの名前のトッピングはないんじゃないかと思う。
ニックネームがほぼ決定してしまう。子どものころイジメられる可能性大だ。
なによりも、この名前を選んだ親のセンスを疑われる。いや大いに疑ってください。ちょっと特殊な事情があるんです。
うちの母親はアメリカ人と日本人のハーフだ(よってオレはクオーター)。彼女は結婚するまでむこうで暮らしていたので、人としての基礎がアメリカ人なのだ。
おふくろは、子どもの名前についてはダンナに一任するスタンスだったらしい。だから桂樹という名前をえらんだ直接の責任はうちの親父にある。
それにしてもだ。
あなたそのチョイス、微妙じゃありませんの? ほっとケーキ過ぎやしませんの? くらいの助言があってもよさそうなものだ。
が、おふくろにその発想はなかった。彼女の辞書にほっとケーキという文字はない。
多くの母親がそうするように、おふくろもまたオレにほっとケーキを作ってくれた。が、おふくろはそれをパンケーキと呼んだ。
だからオレは自分にニックネームがつくまで、ほっとケーキという言葉をしらなかった。カルチャーショック!
ちなみに、オレは生まれてからずっと日本で暮らしている。国外へ出ずともカルチャーショックを受けることはあるのだ。
さてさて。ハーフのおふくろやクオーターのオレがほっとケーキについてしらないのは、まあまあ百歩ゆずって仕方ないだろう。
だが親父はどうだ。やつは生粋の日本人だ。ちゃきちゃきの江戸っ子だ。
べつに貧しい時代や家庭に生まれたわけでもない。ほっとケーキくらい食べたことあるはずだ。
ところが、奴はほっとケーキをしらなかった。1回も食べたことないの? とオレが聞くと、親父はこう答えた。
「あるような、ないような……」
……あ、あきれた。親父は食のことなどまるで頓着していない。
これでは仮にほっとケーキという言葉を親父がしっていたとしても、オレの名前に紐付けることができるか微妙だ。
親父の無頓着さこそホラーだと思う。