弄ばれやすい男(前編)
滋たちが井戸端会議のように盛り上がっていると、その声を聞きつけて土方が地下の基地より店に上がってきた。いよいよ弥生がやってきたと思っているのか、嬉しさ半分緊張半分に扉の陰に隠れて滋たちを覗き見している。けれど、そこに彼女の姿がないと知ると、深い溜息を吐きながら肩を落とし、背中も丸めてのそのそと姿を現した。
「残念だったね。今日はやはり平塚君は来ないと思うぞ。君がここで待っていても仕方がないと思うんだがね。明日、来るという保証もない」
「何故です? 彼女もここの一員なんじゃないんですか?」
「それはそうだが、この間まで何かと忙しかったからね、その分、何もなければ部隊の人間は休暇だよ。まあ、急に仕事が入ってくれば、すぐにでも駆けつけてくることになるけれど」
「急な仕事が入ってくる予定はないんですか?」
「急な仕事は文字通り急に入ってくるから、予定なんてものはないよ。佐久間君にここを案内されて、結果こう言うのも申し訳ないと思うが、先ほどから言っているように、今回は待つのは諦めたほうがいいかもしれないね」
「それでも来ないという可能性がゼロというわけでもないんでしょ? 任務が急に転がり込んでくるとも限らないわけだ」
「まあ、そうだが。君も不思議な男だな。そこまで平塚君に会いたいのならここで待たなくても直接会いに行けばいいものを」
「いや、それはごもっとも。実に正論。でもねぇ、彼女も友達連中と忙しそうだったわけだから、それを邪魔するというのもアレかと思って…」
要は直接会いに行く度胸もないものだということで、この意外な小心に滋も日野原も甲斐性のない男だと見る。そうして無粋心を掻き立てられて余計なお節介をいっそうに働きたくなってくる。
「でも、先ほどは遠くから弥生さんのことを尾行するようなことをしていましたよね。もし僕と遭遇せずにいたら、どこまで追いかけるつもりだったんですか?」
「ムッ、お前も嫌なところを突いてくる… 別に尾行をしていたわけじゃない。この土地にやって来て運よく偶然にも彼女を見かけたに過ぎない。どこまでも追いかけるつもりなんてなかったさ」
「追いかけられなかった、ってことはないわよね?」
人の恋の苦労を楽しんでいるのか励ましているのか日野原は滋以上に嬉々として、毒々しい。土方も難しい顔をして彼女を敬遠しようとするが、
「弥生の家、教えてあげたらさすがに拙いよね」
こうボソリと村田に呟いたのを聞くと、目尻のつり上がった土方の目つきが急に柔和になる。その笑顔がまた卑屈である。こういう単純な男ほど女には手懐けやすいものである。ニヤニヤする日野原を見ていると、お節介を超えてまるで彼をオモチャにしている。長く村田と付き合って恋の経験値が人並みにある彼女の無粋は、滋のそれより懐深く頼もしくもあれば、どんな無茶をさせるとも限らない。
「それはさすがに拙いかな。いくらお前でも平塚君が怒るだろう」
「そうよねぇ。いっそ弥生に電話かけて勝手に仕事でも作ってしまうのも… や、それもやっぱりちょっとかわいそうよねぇ」
日野原はチラリと土方を見る。他人を弄ぶようなそんな自分の恋人に村田は渋い顔をした。