我慢できずに土方(後編)
「じゃあ、何をどう聞いているっていうんだか。説明してもらわないと分からないねぇ」
桐生はこう白々しく言った。滋の目から見てもなかなか腹立たしい態度だった。
「嫌な奴だ。ヴァイス・サイファー以上に嫌な奴だ。噂に聞く桐生誠司がこんなに皮肉な男だとは思わなかった。人の気持ちも計り知れない浅い男だとは思わなかったぞ。こんな奴が、世界に名が轟く敏腕だっていうなら、いまの俺なら世界トップの能力者にだってなれるはず。不遇だ、これは不遇だ!」
業を煮やした土方は手前勝手なことを呟いた。そして次には突然手から空中にバスケットボールほどの氷を作り出した。それを桐生目がけて放出してみせる。魔法力が増強されているせいか、人が筋力で投げるのとは比べ物ならないほど速い。桐生は間一髪のところでそれを躱すと、何を考えているのか隣にいた弥生の背後に隠れてしまう。
「なに人を盾にしているのよ、気持ち悪い! さっさと離れなさいよ!」
弥生は自分の肩に触れる桐生の腕を払いのけた。二人はほぼ密着しているような格好である。土方にはますますムカムカとくる。ついに嫉妬で頭が茹で上がると、弥生にも直撃してしまうとも考えず、二人の間を割こうと先ほどと同じくらいの氷の塊を発射させた。見境のない攻撃である。桐生もさすがに看過できず、自分の得物の鞘の鐺のあたりでその氷塊を叩き落とし、次には抜刀の構えを取った。
「えぇい、本当に狂ってやがるな。こんなこと、俺たちUWからしたら悲劇だぞ」
弥生も炎を作って構えた。滋もいつでも結界を張れるように準備する。
「なんだ? 一人じゃ勝てないと思って三人がかりか? 卑怯臭いが、それだけいまの俺の力が凄いってことだな? なら、よく見ろ、もっと見ろ!」
土方は、今度は顔の前で両手を翳した。大玉転がしの玉ほどの大きな氷塊を作ってみせた。そして桐生めがけて発射させた。それは勢い良く向かってくる。ただ、桐生には玉の大きさはあまり関係ない。その人間離れした身体能力で簡単に避けてしまう。
「いい加減、その馬鹿の一つ覚えのような攻撃をやめにしな。あまりにしつこいと、お前はこのまま俺にやられて施設行きだぞ。悪いことは言わない、まだ理性があるなら自分からやめろ。薬を使っていたのならもう絶対にやめろ!」
が、相手も聞かない。もう一度同じ大きさの氷塊を発射する。車に当たらないかと心配しながら、桐生は見事に避けて、避けながら猛然と土方に接近した。桐生が得物の間合いまで近づくと、
「馬鹿め! 引っかかりやがって!」
途端に土方は吠えた。桐生もハッとした。自分の足が、土方が秘かに氷結していた地面を踏んでいた。踏んだ瞬間に靴の底が氷に捉えられ、それによって彼の体は前方につんのめって顔から前方に倒れ、頬と胸を地面に打ち付けた。これをチャンスと土方も再び氷塊を作り、足元の桐生の頭を叩き潰そうとした。すると、今度は弥生が火球を放出して、そうはさせない。
「な、何をするんだ?! 平塚弥生!」
「仲間を助けただけよ。あんたこそ何をやっているのよ。っていうか、何者なのよ?」
「な、何者って… そんな殺生な。一年ほど前、君の危機を俺の能力で救ったことがあるというのに… 忘れたっていうのか?」
土方は氷塊を頭上に抱えながらみるみると泣きそうな顔になった。
「一年前? どんな状況で? 冗談じゃなくて思い出せないわ。私、あなたの顔を見るのも今日が初めてなんだけど。その助けたっていう人、それ本当に私のことなの?」
弥生は土方の気も知らないで、彼の言うところの殺生なことを淡々と口にした。
「そんな、そんな言い方ないだろうに。確かに君を助けたはずだ。記憶でも消されたというのか? いったい何があって…」
土方はひどく動揺している。弥生たちの目には少し大袈裟にも見えた。そう見えるくらい土方のリアクションは異常であった。そして次には、急に頭を抱えだして苦しみ始めた。気持ち悪いと呟いたと思うと、土方は目尻に涙の粒を浮かべて、そのまま再び林の中へと走って行った。




