弥生に会いに来た男(前編)
この国内でも地区や地方に区切ってUWの基地がいくつか存在する。滋や弥生のいるいわゆる桐生隊もその地方基地の一つに所属する。主に管轄区域内での不思議な現象の調査と対処、「迷子」の保護が任務となる。滋も入隊時にその説明を受けて、自分たちが出入りする基地のような施設が全国にも幾つかあることは知っている。とはいえ知っているというだけで、それがどこにあるのか正確な場所までは知らされていない。また、そこに所属する隊員や事務員のことも知らない。基地のデータから調べることはできるが、入隊して間もない彼はデータ抽出のための操作方法もよくわかっていない。一応は秘密裏に動いているこの組織ゆえに安易に調べていいものか、そんな遠慮も働いてしまう。仕事の上で関わることがあり、必要となれば閲覧すればよいと、その程度に考えている。当然、土方の顔も初めて目にして、その名前も初耳とくる。もちろん桐生からも、本日こういう人が会いに来るなどと聞かされていた訳でもない。
「おい、どうした? 君は確かに佐久間滋だよな?」
「え? ええ、そうですけど。いや、いきなり街中でUWの人から声をかけられることに慣れていないもので、ちょっとびっくりして… 冷静に考えてこの国でも色んな所に基地があるって話だから、あって当然のことなんですけど…」
「ふうん。資料によれば君はまだ今年になって入隊したルーキーのようだからな、まあ、気持ちはわからないでもないが…」
「いえ、なんというか、何かまた重要な仕事が突然入ってきて、それで声をかけられたのかとも思ったんですけど。あの、失礼なんですけど、そんな急用を伝えに来た人には見えなかったというか…」
「む? それはどういう意味だ? 決して褒められているようには聞こえないが。まあ、なんにせよ当然だ、俺は別に君に用があってここに来ているわけじゃないからな。君と出会ったのはただの偶然だ」
では何故に、とは滋も聞かない。仕事の上であまり他人に興味を示さず深入りもしないが、こと恋愛ごとになると目ざとく鼻も利いてしまう彼は、土方の思惑をすでに察知している。
「弥生さんに会いに来たんですね? それもアポなしで」
と訊ねてみると図星ときて、相手も滋の洞察にムムムッと眉根を寄せながら大袈裟にたじろいでしまった。
「君の能力は確か結界がどうのこうのという噂だったが、心を読めるような別の能力も使えるというのか?」
「いえ、ただの勘ですけど… あの、そんなことまで知っているんですか? 僕のこと」
「でもその程度だ。あくまで噂にしかならないような大雑把な情報だけだ。顔も知らなかったくらいだ」
「でも、弥生さんのことは顔も知っていましたよね? 以前に一緒に仕事をしたことがあったんですか?」
「フンッ、よくぞ聞いた。過去に一度だけだが、一緒に仕事をしたことがある。そのときには俺が彼女の危機を救ったこともあるくらいだ」
土方は揚々と、また誇らしく語る。
「…はぁ」
と滋は関心の薄い相槌を打った。弥生と共に仕事をして彼女を助けるような場面を、結界という能力の性質から何度も経験してきた滋には、特に印象に残るシーンでもない。恋する男の幸せな妄想、感受性を、笑っていいのか悪いのか迷ってしまう。
「あの、それで弥生さんにはどんな用事で来ているんですか?」
野暮だとわかっていながら滋は知らぬ顔をして聞いてみる。すると土方は再び鼻を高くする。
「ふん、それは当事者同士の秘密というもんだ。君には関係のないことかな」
「そうですか… でも、今日は弥生さん、完全にオフみたいですから、会うとなるとなかなか難しいと思いますよ」
「何? なぜ君がそんなことを言える?」
「まあ、いつもの弥生さんを見ていたら… オフの日に任務が入ったりすると、ちゃんと来ることは来るんですけど、隊長には必ず文句を言っていますからね。それも小さな仕事なら特に」
「君たちの隊長というと桐生誠司。あれくらいの男に文句を言える彼女か… 頼もしい限りだが、そうか難しいのか…」
「でも、それはあくまで仕事で邪魔された時の話ですから、プライベートのことならどうなるかわかりませんけどね。なんなら僕から電話で繋いでみましょうか?」
続きます