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UW<第七話>夏の氷編  作者: 津梅
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駐車場の氷結(前編)

 階段を駆け上りながら駐車場がどうしたと日野原絵美に問うが、彼女は人間離れした脚力を持った桐生誠司の後を追うだけで大変で、そのせいで息も上がって、


「桐生君の車が…」


 と上手く説明しきれない。いや、それだけで桐生としても嫌な予感がしたようで、続きも聞かないでさらに速く階段を駆け登ってしまう。滋も二人の後を追いかけるように階段を登っていたが、桐生が車を大事にしていると知っている彼もまた、日野原の説明しきれないそのセリフだけで嫌な予感を覚えた。


 滋たちが遅れて外に出て駐車場に回ってみると、肩を震わせて突っ立っている桐生の後ろ姿が見える。そしてその傍らで夏の日の下、二メートルほどの氷の山がズンと鎮座しているのが見えた。その氷山の中には桐生の車が太古のマンモスのように閉じ込められていた。


「誰の仕業だ、コラァー!」


 桐生は、普段はそう怒りを爆発させる男じゃないけれど、隠し持った逆鱗は小さくとも触れると厄介なようで、そう吠えたと思った後にはその目も据わって、石でも噛み砕かんばかりに歯ぎしりをし、右手は拳を握っていまにも氷を殴りかからん勢いであった。だけど下手に殴って大事な車を傷つけたくもないようで、舌打ち一つで殴るのは自制して、くるりと日野原の方へと振り返ると、最初に発見したときの様子を訊ねた。訊ねながら、その奥歯はギリギリとしている。見ていて苦笑してしまうくらい、不機嫌であった。


「仕事中に窓から涼しい風が入ってきたから外を見たら、この氷の先端のほうが見えて、何だろうと出て見たら、こんな感じ」


「犯人は見なかったか? 俺の車をこんなにしてくれた奴を」


「ごめん、見なかった。ほんと、いつの間にできたんだろうって感じだったから」


「どう見たってこれは能力者だな。それも東海第二のあの氷柱と絶対に関係のある奴だ。許せんな」


 そうして桐生はすぐにどこかに電話を掛けだす。どうやらその相手は同じ隊員の平塚弥生のようであったが、のっけから不機嫌をぶつけるものだから彼女には癪で、俄かに口喧嘩が始まっている。傍から聞いている限り、桐生は早く来てほしいのだろうけれど、ぎゃあぎゃあと喚くばかりで遜って頼むこともしない。


「いいから早く来い! これ命令!」


 と最後には水戸の印籠を用いて、有無も言わせずにそれで通話を切ってしまう。


「桐生君、いつになく不機嫌ね」


 と、日野原が滋の耳元でぼやくので、


「そうなんだよね。変なところでスイッチ入るんだよね。日野原さんは知らないかもしれないけど、誠司、結構クルマを大事にしているんだよ。それでもって、あれ、組織の経費で落としているんで、いろんな意味で傷つけたくないっていう…」


「へぇ、今どきの男子っぽい趣味を持ってる上に、意外と人並みに面倒な一面もあるのね。なにかちょっと安心した。でも、やっぱり面倒は面倒ね。彼女になる人、大変そう」


「うん、僕もそう思う」


 身体能力の高い男は耳も地獄に通じて、二人の、本人を前にした遠慮のない噂話も十分に聞き取っている。ギラリと獣の眼光で二人に一瞥をくれると、さすがに滋たちも気まずく笑って目を逸らして黙ってしまった。「フンッ」と鼻であしらうと、桐生は得物を取りに基地へと戻った。そして十秒くらいで、日本刀が入った長いバッドケースを担ぎながら、駆け足で再び駐車場まで戻ってくると、弥生が来るとも来ないとも確証がないからと、自分の刀と剣捌きで氷の山を端から削り始めた。日本刀を小枝のように振り回して氷の表面を削ぎ落としていく。宙を舞う削り滓が夏の日差しを反射させて煌めきはじめた。見世物小屋なら金がとれると思えるほど、煌めきも彼の動きも美しかった。


「おぉ…」


 などと滋や日野原が感嘆すると、少しは桐生の機嫌も戻ったのか、捌く腕の振りが速度を増して、ついでに氷で何かを形作っていった。力任せの大振りもほどほどに小さく細かく速やかに削り、角を作り、丸みを作って、形は動物らしくなってくる。そのまま没頭すること十数分後、それは完成した。


「誠司、これ何? バナナを頭に乗せたサルか何か?」


「いや、弥生…」



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