音信不通の土方(後編)
「いや、まさか。UWが監視しているから簡単に、なんてことはないな。UWが置かれていない国なら話は別だけど。そういえば、ヴァイスも薬の製造工場を見つけたとか言っていたな。お前たちが迷い込んだ『あちら側』の先の近くだったはずだ。お前、俺も大雑把にしか聞いていなかったけど、『あちら側』から脱出する際に賊に襲われたとき、そいつらもその薬を使っていたとか言っていなかったか?」
「うん、腕に注射を打ってライフルから砲弾並みの破壊力のある弾を撃ち出してた」
「土方がその薬を手にしていたという可能性は? 逃げ際にくすねていたとかっていう可能性はないのか?」
ゼロでない以上はある。そしてまた思い出すに、「穴」へと飛び込む際に滋には土方の動きが見えなかった瞬間がある。賊のボスらしき男が薬の入った木箱を落としたのも目にしている。それらを繋ぎあわせて、ついでに土方が薬がどうのこうのと独り言のように呟いていたことも併せると、途端にその可能性というものが色濃くなってくる。
「でも不思議だよ。彼が薬を使って魔法力を拡大増強し、低温能力から氷結能力へと成長させたってことなら、どうしてそれを基地の人に報告もせずにほったらかしにするようなことをしたんだろう? 大きな氷の柱なんて作ったら、あとで問題になることだって、UWの人間ならわかることだし、おいおい自分たちで処理しなければならないはずなのに…」
「滋、薬を使ってただ増強出来たってだけなら別に魔法力増強剤に問題なんてないし、いまも規制が掛かったりしない。だけど、あれはモノや使用する人によって面倒な副作用が出る。俺としては急激にパワーアップして体に影響がないほうが変な話だと思うからな。すでに異変が出て、そのために報告も何もできないっていうなら、それなら辻褄があう」
「誠司、もしUWの人間が自分の意思で禁止されている増強剤を使用したとしたら、その人はどうなるの? もうUWにはいられなくなるの?」
滋はじっと桐生の目を見つめて訊ねた。そう真剣な目をすると女子のような可愛い顔が美しく見える。桐生は、彼の目の力よりもその美しさに人知れず怯んだ。
「この日本でも過去にも何人か押収した増強剤をくすねて使用したケースがある。この国以外ではもっと多いな。ちなみにそういう人たちは確実に牢屋か施設に入れられる。それによって起こした事件の重さ次第では国によったら殺されることだってあり得る。強力な能力を持った狂った人間なんて、危険因子の何ものでもないからな」
「土方さん、そういうこと知っているのかな…」
「でも、まだそいつが増強剤を使用してパワーアップしたって決まったわけでもないんだし、もしかしたら別に氷結能力を持っている人間がいるのかもしれない。一概に言えないね。管轄が違うので俺たちが好きに動くわけにはいかないけど、気になるようなら東海第二に手助けできるように頼んでみてもいいぞ。OKでるかわからないけど」
「うん、できればそうしてほしい。何だかこのまま何もしないというのも、スッキリしなくて」
はっきりとそう答える滋に桐生は何だか可笑しくなった。彼はすぐに電話で東海第二に連絡をいれてくれた。だが、先方はこの段階でまだ協力してもらうことはないと断ってきた。滋たちが論じた可能性についても報告すると、電話の向こうで副所長も少々取り乱して受話器を落としたようで、会話が一時途切れてしまった。自分の基地でそのような不祥事が起きたとなれば責任問題は必至。保身のために身分に執着するような輩はUWには少ないが「まったく」などと深い溜息が漏れ聞こえてきた。似たように隊長という身分の桐生にはよくよく管理側の苦労がわかって同情した。
そんな電話の最中、バタバタと足音をさせて日野原が店から基地へと降りてきた。
「ちょっと! 桐生君! 駐車場! 駐車場!」




