賊たちの増強剤(後編)
土方は首を振って自分の出来ることを探すが、右顧左眄で焦るばかり。脳の回転がついてこない。賊たちも形勢逆転のチャンスだと思ったか、それぞれに魔法力ライフルと木箱を持ち出し、増強剤を注射して弾を発射させた。四方から射撃されると衝撃が腕だけではなく足や腰にも走る。こうなると滋の体力が持たなくなるか、賊たちの弾が先に切れてしまうかの勝負である。この勝負に勝つ自信は、滋本人にはない。土方も、少しは衝撃を和らげるつもりで自身の能力を使い、結界を内側から冷やし始める。耐久性を保持しようとの狙いだが、そんなものに何の効果もなかった。むしろ目障りに思えてきた。
珍しく滋が苛々とする。すると、その怒りのおかげか、諦めたくない強い一念が底力を引き出す。歯を食いしばり耐えに耐え、いつぞや弥生を病院送りにした結界の大放出とはいかないまでも、一歩、また一歩と足を前に出せた。
「土方さん! 僕を、僕を背中から押してください! 押し返して、走ることが出来たら、敵を潰すことだって出来るかもしれません!」
滋の気迫に圧されて、土方は慌てて滋の背中を押した。彼の体に触れることで土方の腕にも弾丸の衝撃が伝わってくる。女の子のような顔をして体も華奢でありながら、どこにこれだけ耐える力があるのか土方は瞠目した。おまけにそのまま敵を押し退けようと結界を前進させるのだから次には唖然とする。そのまま呆けてしまうところを、滋の「押してください!」の叫び声で我に返る。全身の筋肉を駆使し、滋のその薄い背中を目一杯押してやる。一歩、また一歩と滋の足が前へと進む。ピッチも徐々に上がる。銃弾を放つ賊たちにみるみる近づくと、形勢逆転のさらなる逆転に、賊たちも圧し潰される前に、右に散り、左に散った。
一人、また一人と奥へ、または外へと逃げていく中、ボスらしき男一人だけは、意地か面目か、後退しながらライフルの発射を止めなかった。滋もそれを追うように洞穴の奥へと結界を進めていった。そのうち「あちら側」への「穴」が見えた。
「土方さん! 見えましたよ! 『穴』です! やっぱりありましたよ!」
頭も垂れてがむしゃらに滋の背中を押し続けていた土方も、ようやく顔を上げて黒い「穴」を我が目で確かめる。大きさは直径にして三メートルはあろう。自分たちの住む世界のどこに繋がっているのか知れないが、いよいよ見つけた出口に喜びが込み上げ興奮した彼は、滋の背中を押すのも放って「穴」目がけて走り出した。そのまま飛び込もうとすると、そこは滋の結界の中だから、見事に内側で跳ね返されて滋の足元に転がってしまう。勢いよく飛び込んだ分、相当に痛がった。早く結界を解けと愚痴のように言うものの、まだまだボスの射撃も止まない。加えてさらに注射を打ってパワーアップしている。ボスごと結界へと押し込むくらい一気に前進すると、「穴」と結界に板挟みになったボスは、何か叫びながら木箱も放り投げてようやく横に飛びのいた。滋は「穴」の前に立つとくるりと反転、ここで一度結界を解く。「穴」を背に、賊たちを前に、再び結界を張り直すと、
「僕たちは帰りたいだけなんです! 勝手に入ってきたことは謝ります! だからもうこれ以上、追ってこないでください!」
言葉が通じなくとも、いまにも「穴」へと飛び込もうと構える滋たちを見て、賊たちも彼らの目的を理解したのか、構えていた銃を下した。
「どうもお邪魔しました!」
結界を解き、二人で「穴」へと駆け出す。すると彼らの背後で賊たちが、今度は呼び止めるように叫んだ。「穴」を勢いよく抜けてみると、はて、高く空中にいる。眼下には海原が広がっていた。




