無計画男の無謀な成長願望(後編)
「む? お前、いま俺を馬鹿にしたような目で見ただろう。まったく後輩のくせに失礼な奴だ」
「いえ、そんなつもりはないですけど…」
「知っているか? 俺の能力、さっき『穴』を抜けて坂道から転げ落ちたときに一回だけだが低温を超えて氷結させることができたんだ。俺もまだまだ成長段階だってことらしい。もし今ここで氷結能力が開花できるようなら、それを使って一気に洞穴を制圧することだって不可能じゃないだろう」
え? どうやって、との疑問も、しかし、そこは堪えて、
「暴力に出るってことですか? でも、そんなに人はすぐに成長できるものなんですか? なにかよほどの強いきっかけが必要な気がしますけど…」
と、滋はこう問うた。とはいえ、滋としてもその可能性がゼロではないことを知っている。自分自身の能力を覚醒させたときがそうであったように、追い込まれると人間、普段ではまず考えられないくらいの力を発揮することがある。大方、命の危険にさらされると発揮する起死回生の馬鹿力である。本来狙って出せるものでもない奇跡の賜物を意図して発動できれば、無理も無理でなくなることだってあり得るのだ。ならばどうやって土方を追い込むか。その案があるのかと本人に訊ねると、いや、ないわけではないが、と言うだけ言って、その続きは何故か渋った。そうしてその考えは置いておいて別のものをこれから考えると言う。それまでの勢いだけの猪突猛進な無計画をどうしてこのときばかりは引っ込めるのか、滋としては不思議なものであった。変に含んだところがあると、返って行き当たりばったりの作戦とも呼べない無謀以上の、危ういことを企んでいるのではと、そんな心配もしてしまう。
「いきなり洞穴の中に飛び込んで行ってみて、手ぶらで、それも一人で『穴』へと向かうなんて考えていないですよね? いきなり窮地に立たされて、ピンチの状況から底力を出そうと、そんなことを考えてはいないですよね?」
こう訊ねると、しかしこれも、土方の隠した作戦とは違っていた。違っていただけに、
「おお、後輩のくせになかなか大胆な作戦を口にするじゃないか。その手も悪くないな。増強するよりピンチになれば済むことだろうし、どのみち侵入しないことには始まらないからな」
とまあ、却って余計な知恵を与えてしまう。
「土方さん、僕の言ったようなことを本気でするんですか? それともまだ何か別の作戦があるっていうんですか? ちなみに僕が言ったことは作戦でもなんでもないですよ。もしそれ以上の危ないことを考えているようでしたら、やめてくださいよ。僕もこれ以上付き合いきれなくなりますから」
「ほう、どうして俺がそんな危険なことを考えているとわかる? それに付き合いきれないとしたら、お前はこれからどうするんだ? あのヴァイス・サイファーの助けを待つとでもいうのか? それともUWの誰かが助けに来るとでも? なあ、俺たちもれっきとしたUWの一員なんだぜ。それも能力の使えるレアで選ばれた存在だ。そんな俺たちが自分の力でこの程度の仕事をこなせないでどうするっていうんだ? それに、お前はお前の身を守るくらいならどうにでもできるんだろ? 問題は俺だ。俺が成長する必要があるんだ。お前に単独であの中に飛び込めとは言わない。ただ、フォローをしてほしい。お前に頼むのはそれだけだ」
それはしかし、結局は土方が無謀にも中へと入っていけば、滋もまた追いかけて守ってやらなければならないという意味である。何だか仕事というよりは、土方自身のために動こうとしているようにも聞こえる。自分の都合で、いいように後輩を巻き込んでいくその性格が、滋には疎ましいやら、羨ましいやら。




