女の手のかき氷、男のワンレン(後編)
早口で言い訳したと思えば、息を呑むようにして聞く。聞かれた滋は何か素っ頓狂な顔をする。滋と弥生の間に恋愛の「れ」の字もない。滋はすぐにこの男の意中を見抜き、ああ、なるほどと胸の内で一人頷いた。なかなか弥生さんも男に人気があるのだと改めて感心する。弥生くらい顔も小さく容姿もよければ、その外見だけで興味を持つ男がいても不思議でもない。が、彼女に明らかに好意を持っているとわかる男を目の当たりにすることもなかなかない。どこか躍起になっているこの男に滋のいつもの無粋が胸の内側で疼き始めてしまう。彼の女の子の如きその中性的な顔が、ついついニヤニヤとする。
「違いますよ。弥生さんのことですよね? 弥生さんとは友人というか先輩というか、そういう意味では親しいですけど、恋仲とかといった間じゃないですよ」
こう装飾のない真実を答えてやると、相手も一つ安心を得たのか頬が緩む。緩んだニタニタした顔を近づけて男は滋を品定めする。滋としてはますますその顔が大きく見える。小さなホクロや毛穴まで数えられる。この男が弥生に気があるという以外、どういう人物なのかまったくわからないのに、滋はそのホクロを数えながら心の中で可笑しくなった。
「そうかそうか。そいつはよかった。それでちなみになんだが、あの平塚さんには彼氏らしい彼氏はいるんだろうか?」
「随分と不躾に聞いてきますね。そんな浮いた噂は聞いたことがないですけど… でも、どうなんだろう? 気になる人の一人くらいはいるみたいですけど。でも果たして恋人なのかそうでないのか、どういう仲なのかは僕にはちょっとわからない…」
「何? 気になる奴がいるだって? それは本当か?」
相手も乗っかって、手前勝手にやきもきとしている。彼は続けてこうも聞く。
「それはまさか桐生誠司とかいう男じゃないだろうな?」
桐生の名前が出てくると、滋もさすがに眉を顰めた。果たしてこの男は何者なのか? 弥生に気があるだけなら、同じ大学の学生だとその程度に見ていられた。弥生と桐生の名を繋げられると、どうしても業界を連想してしまう。もっとも、大学の中でも桐生誠司と平塚弥生が友人であることは周知のことである。二人を知る人の多くは、二人が恋仲になりえそうにない間柄だということも知っている。それでいて知らない人が遠くから二人を目にすれば、恋人なのかもしれないと誤解することもままある。滋はとりあえずこの男をジッと見つめた。視線をそらさず、
「まあ、誠司じゃないとは思いますよ。僕も最初は、二人は気が合うものだと思っていましたけど、ただの友人というか、腐れ縁というか、二人とも互いに互いのこと異性として見ている節はないみたいですから」と答えた。すると男のほうもただそれだけで見事に嬉々とし始め、安心を回復させている。その変わり様が、滋の目には喜劇に見えた。おかげで、まあまあ悪い人ではないのだろうと安直な人格判断をして、この男が何者であるかとの疑問もしばし心の隅に追いやった。男のほうは、しかし桐生誠司でないなら、誰が弥生の気になる人なのかとすぐに不安に駆られだしている。情緒の変動が激しく、やはり滑稽であるので、滋もつい「ハハ…」と小さく声にして笑ってしまった。こうも恋に一喜一憂する人間を目の前にするのも久しかった。
「確信はないんですけど、なんとなく心当たりはあるんですけどね… ただ、だからといって二人上手くいっているというわけでもなくて… なかなかすれ違うところがあるというか、住む世界が違うというか…」
こう話を膨らませてしまうのは、滋の無粋という悪い癖のためである。
「君も勿体ぶったような言い方をするなぁ。実際に彼女にいま彼氏がいるのかどうか、それを知りたいんだよ、俺は」
「それは、多分いないと…」
「本当か? 嘘じゃなくて? 君は彼女とどういう関係か知らないが、それは信頼のおける情報なんだろうな?」
「絶対なんてことは、僕は本人じゃないんだから言えませんけど、一緒に仕事をしながら見ている限り、多分、間違いはないかと…」
そこまで答えて、滋は少し自分が調子に乗っていたと省みた。
「仕事? 君は彼女と仕事仲間だというのか?」
「え? いや、あの何というか、アルバイト仲間で…」
UWは一応秘密裏に動く組織である。拙い言い方をしたと滋はすぐに後悔をした。
「君、名前は?」
「え? あの、佐久間といいますが…」
「もしかして、佐久間滋という奴か?」
「え? そうですけど、どうして知っているんですか? えっと、あなたは何者なんですか?」
「俺か? 俺はUW東海第二基地所属の土方というものだが」
続きます