洞穴の「穴」の話(後編)
「これも一週間前の話だが、この村に薬物の調査といって訪ねてきた他所者がいた。全家屋に聞きまわっていたから覚えている。その男にも洞穴のことを話した。そのことも詳しく聞いていたから彼も君たちと同じく調査に出向いたのかもしれない。最近は見ていない。君たちはその男の仲間か?」
「はい、そうです」
滋は素直にそう思っているからそう即答したが、土方はヴァイスを仲間だとはこれっぽっちも思っていない。あんぐりと開口、自分という先輩を差し置いて勝手に老夫婦と滋とが会話されるのも何だか気に入らなくて、話を戻して洞穴へと出向くことを主張した。滋はそのマイペースで以って、土方を相手にせずに、
「あの、薬物というのは、もしかして魔法力をパワーアップさせるものですか?」と、爺様に訊ねた。
「詳しくは知らない。でも、おそらくそうだろう。洞穴の周りの賊が使っているという噂もある。薬を使えばなかなか他を寄せ付けないくらい力をつけられるし、薬のせいで悪行を働くようになったとも考えられる」
「薬の力って、そんなに凄いものなんですか?」
「私たちも使ったことなどないから詳しくは知らないが、それでも人によりけりだろう。想像以上にパワーアップする者もいれば、ほとんど変化がない者もいる。副作用の程度もそうらしい。まさか君たちはその薬を手に入れようと調査をしているというのか?」
「いえ、まさかまさか。僕たちはむしろそれら薬を廃棄する立場です」
「隣の彼もそうなのか?」
突然話をふられた土方は一瞬間の抜けた顔をした。
「魔法力増強剤なんて、俺は見たこともないからな。手に入れるだとか入れないだとか、そんな考えはないな」と答えた。
「なら、一週間前の黒服の男もそうなのか?」
「はい、廃棄のはずです」
ここでもすんなり返事をするものだから、土方はやはり気に食わない。UWでもない人間をどうしてこうも簡単に信じられるものなのか、新人の考えは甘すぎると舌打ちをする。
「お前、あの男がどれだけ腕が立つかしらないが、だからと言って薬の廃棄のために薬のことを調べているとも言い切れないだろう。あいつはUWの施設に簡単に潜入して情報を盗み出すような男だぞ。味方だと思うのはお人好し過ぎないか? それにどれだけの能力があるのかしれないけど、敏腕なんて言われているあいつの仕事が、実は薬によって強化されているから出来ているのだとしたらどうする?」
「え? あの人に限ってそんなことはないと思うんですけど…」
「でも、確証があるわけでもないだろう? お前はあの男の何をどこまで知っているって言えるんだ?」
「そう言われると、確かに詳しくわかりませんけど… でも、僕らの隊長は信用しているみたいだし、僕もここ数か月仕事で関わってきたけど、悪い人には思えないし…」
「悪い人でなかったら良い人なんて発想、そこが甘ちゃんなんだよ。お前、そんなことじゃそのうち詐欺に騙されることになると思うぞ。いや、もうすでに騙されているんじゃないのか? 俺にはあいつが結婚詐欺や女を騙して金を巻き上げているような奴にしか見えないね」
「結婚、詐欺ですか? だとしても僕には騙されようがないような…」
「とにかく信用し過ぎるなということだ。この爺様たちだって、あいつのことを不審に思っているようなんだし、下手に味方して俺達まで冷遇されたら堪らんだろう」
それは偏見だと言いたいところだが、嫉妬に狂った人の戯言に付き合い続けても、それこそ面倒であると滋は反論をやめた。土方の言うことの一理を熟考すれば、確かにヴァイスについて知らないことが多すぎて、すんなり信じ込むことは出来ないのかもしれない。だが、同時にそれは、恋する人間に悪い奴はいないといった色眼鏡で見ていた土方に対しても等しいことになる。




