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UW<第七話>夏の氷編  作者: 津梅
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洞穴の「穴」の話(前編)

 老夫婦の言うところによると、滋たちが迷い込んだこの土地では昔から「迷子」の数が多いそうで、彼ら夫婦の先代もその前もそれら「迷子」と接する経験を積み重ね、独自の研究を続けてきたという。爺様が引っ張り出してきた古い書物には日本に限らず滋たちが住む世界の数多くの国の名が記され、その特徴が記されてあった。言語の事典もこの村独自で作り続けているという。日本語を片言ながら話せたことに限らず、英語が最もポピュラーな言語であるということも知っていた。英会話が未熟な滋よりも滑らかに英語を話すことができたので驚いた。ちなみに土方も英語を滋以上には話す。洋楽で鍛えてあると自負して果敢に英語で話しかけようとするのであるが、滋には勢いと身振り手振りで押し切っているように見える。加えて使われる単語も俗語や若者が使う汚い単語が多い。その度に爺様が聞き返していた。隣で聞いていて、何か失礼なことを言っているのではなかろうかと、滋はハラハラとした。


 自分たちが迷い込んだ大方の説明を済ますと、逆に自分たちの世界へ帰れる方法を知らないかと訊ねる。だが、やはりそこは運によるものだと言われてしまう。目の前で「穴」が自然発生すれば帰れるが、しなければ待つことになる。ただ、それでもそれ以外に方法がない訳でもないようであった。村の東の山を一つ越えたところにある洞穴で、ここ数か月開き続けている大きな「穴」があるとの噂話をしてくれる。辺鄙な所にある上に、最近ではそこの周囲に賊が屯して、近づき辛いらしい。らしいというのは爺様も婆様もそこの「穴」を一度も拝見したことがないからで、「穴」があるというのは実は賊が金持ちや国の人間を誘き寄せて強奪を謀るための法螺話だとも言われているそうだ。ここで待つも、洞穴へと行くも、「穴」にたどり着いて自分たちの世界へと帰れる確証はない訳である。どの選択が正しいのかそれは神のみぞ知ると爺様たちは言う。


「この間も、隣の家の若者が洞穴を調べに行ったが、それ以来帰ってきていない。もう一週間は経つ。賊に捕まったか、『穴』に飲み込まれたか… 正直なところ、洞穴に行くことはお勧めしない」


 爺様が指さす窓の外には先ほど滋たちが訪ねて留守だった家屋が見える。両親を早くに亡くした二十歳半ばの青年が住んでいたという。狩猟を生業にし、若いながら猟銃の扱いは村でも達者で、その自信からか自分から洞穴の調査に向かったそうである。「穴」を上手く利用すれば一攫千金も夢ではない。若い男の野心が「穴」の扱いにくさにも、そこに屯する賊の危うさにも盲目にしてしまったと爺様は嘆いた。これが自分たちの住む世界での出来事なら、それこそ自分たちUWの仕事だろうと滋は呟いた。土方も等しい認識を持って、「うんうん」と頷いた。そうしてまた、土方は余計な英語の果敢さで、自分たちがある種の調査員であることを老夫婦に説明し始めた。そうして、これまた言った勢いで、


「なんなら、俺たちがそこに調査に行きましょう。それで帰れれば一石二鳥」


 と言う。若気の至りである。洞穴に向かった隣の若者の話の教訓もまるで理解できていない。


「土方さん、本気で行くんですか?」


「それしか戻れる方法がないというならそれが得策だろう。それともいつ開くともわからない『穴』を待ち続けるというのか? もし一年も二年も開かなかったらどうする? 俺は自分の住む世界でやりたいことがまだまだたくさんあるんだ。こんな田舎で一生を過ごすことも、時間を無駄にすることも御免だね。それとも何か? ほかに何かいい案でもあるというのか?」


 彼の言うやりたいことの一つに平塚弥生との再会も必ず含まれているだろうと、滋は思った。これも愛の力というか、魔力というか、たとえ一方的な片思いであっても、そのエネルギーは侮れないとも思った。


「そうだ、土方さん。ヴァイスさんを追ってきたんですよね? 追っていることは、もういいんですか? ヴァイスさんも僕たちと同じ『穴』を抜けたのなら、この付近にいないとも限らないですよ。あの人を見つけられれば、僕たちを帰してくれるはずです」


 こう閃いた滋は、ためしに片言の英語で老夫婦にヴァイスの特徴を説明して、見かけなかったかと訊ねた。すると、これがまた都合よく「ある」と答えられた。



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