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UW<第七話>夏の氷編  作者: 津梅
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心的圧力と嫉妬(後編)

 ヴァイスはそういって軽く会釈してみせるが、それ以上土方に興味も示さず、仕事が詰まっているのか「それでは」と早々に立ち去ろうとする。手助けを買って出て仕事をもらって弥生を呼び出す口実を作ろうとしていた滋は、もう少し引き留めようとあれこれ考える。そんな滋の気苦労を知らないのか、それとも知っていながら、すべてを把握して面倒は御免と知らないふりをしているのか、ヴァイスはすたすたと躊躇もなく出口へと向かった。忍び込んだときはどこから入ってきたのかしれないのに、出ていくときはちゃんと店の玄関を使うらしい。ところが外へと出ていくその手前で土方がヴァイスを呼び止めた。大した用事もないのに、彼の名を呼んで振り向かせて、さて何を言い出だすのかと思えば、いや何も問えない、何もできない。対峙した途端に気色の悪い緊張感が土方のみぞおち辺りを走ったようである。気まずいやら、格好がつかないやら、その頭の中は邪念にかき乱れて、額からは温い汗が流れた。これは、ヴァイスの能力というよりは土方の小心が為である。滋も日野原も、いまにも弥生との関係をヴァイスに問い詰めたいという土方の気持ちが痛いほどよくわかった。わかるからこそ、それをできない彼を情けなく思い、可哀そうに思う。別に弥生と付き合っているわけでもないヴァイスに、一方的に焼きもちを焼いてこの不甲斐なさでは、いざ弥生と一対一で対面しても上手く気持ちを伝えられないであろうもので、実に歯がゆい。はて何事かといった、のほほんとした顔をしているヴァイスを見ると、これまた歯がゆい。そんな歯がゆさは無粋心に余計に火をつける。気が付けば滋の口から、


「あの、ヴァイスさん。最近、弥生さんと会っています?」


 突飛にそんなことを訊ねる。滋自身の頭でもなぜ自分の口からそう出たのか不思議であった。ヴァイスにしたって面喰って、顔を顰めて珍しく話の辻褄を全く読めなかった。


「弥生ちゃんとかい? いや、君たちと前回一緒に仕事をして以来まったく会っていないよ。でも、どうして?」


「いえ、何となくです。ただ、何となく」


「それもなかなか解せない返事だけど。もし、弥生ちゃんと俺とであれやこれやとやきもきしているなら安心していいよ。そんな仲じゃないからね」


「いえ、僕じゃないんですけどね」


 チラッと土方を見る。つられてヴァイスも土方を見る。


「ははぁん」


 と、彼は小憎たらしく笑った。


「ちなみに過去、現在、未来、どれにおいてもそう言えるんですか?」


 と、滋もお節介でさらに訊ねる。


「さあ、それは何とも…」


 こう含みを持たせてみなまで語らないので、土方は余計な推測を巡らしてしまう。最初は己にポジティブに解釈、次第にネガティブに捉えてしまう。それがまた、より自分に都合の悪い方へと己を追いこんでいく。おかげで心穏やかにいられなかった。もっとも、ヴァイスにすれば知ったことではない。


「もう、いいかい?」


「あ… は、はい」


 プライベートな話で盛り上がろうとする滋たちには、仕事に戻るヴァイスをこれ以上止められるはずもない。店を出ていったその後姿を眺めていると、瞬きを一つしたと思った次には、その姿が消えてしまっている。


「あれが本当にヴァイス・サイファーか? とても仕事ができるようには見えなかったけど」


 土方は今さらのようにそう言う。滋たちには、それが強がりとわかってしまえる。


「うん、でも、本物。間違いなく。なんだろう、雰囲気がないのが逆に恐い、そんな感じの人だから」


「まるで平塚弥生に気がないような口振りまでして、それでいて弥生ちゃんなんて馴れ馴れしく呼んでくれて、何か気に入らない。どれだけ仕事ができるか知らないけど、能力者である俺に絶対勝てるなんて言えるかな、あれは」


 土方がどれだけの才能を秘めているのか未知であるが、おそらく無理だとその場の誰もが思った。


「そうだね、やってみないと何事もわからないと思うけど、でも、張り合うのはやめたほうがいいかも」


 恋の勝ち負けは暴力が決定するものでもなかろうに。そう言ってやりたい、咎めてやりたい滋であった。



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