心的圧力と嫉妬(前編)
ヴァイスの所用を訊ねてみると、以前に捕まえたことのある赤髪、白髪の二人組に関わる細かいデータを集めているという。一度捕まえながら逃がしてしまった彼らが、また何か危ういことを企んでいるのかと問えば、どうやらそういう訳でもない。彼らを再度捕まえたいとは思っているが、別件を優先して今はまだ保留の段階とのことだった。その別の件というのが「あちら側」のとある国での使用禁止薬物の蔓延とかで、その薬物の流通を探っているという。新人の滋にはそう言われて麻薬のようなものを連想する。そして記憶に閃くものがある。魔法力増強剤のことかと聞けば、その通りだと返ってくる。滋がUWの隊員として初めて携わった仕事がそれに関わるものなので鮮明に覚えている。そこで出くわしたのもあの赤髪と白髪のコンビである。使用禁止薬物を製造したり、第三の世界空間を子供に作らせ学校ごと飲み込む事件に関与したり、彼らの悪事は滋も承知しているのに、彼らを憎々しく思ったことはあまりない。増強剤についてもヴァイスの弁では、
「彼らが以前に作っていた増強剤はまだましなほうでね。いま調べた限りでは使用した三十代男性のその後のフィジカル、メンタル、共に異常はないみたいだった」
とのこと。その点から、今回の件も彼ら赤髪たちの関与は薄いという。
「今回広まっている薬というのが、体に悪影響を及ぼすってことなんですか?」
「今回に限らず、魔法力増強剤っていうのは確かにその人の魔法力を増強させてくれるが、激しい依存性があったり、体に不調をきたしたり、ときに変な病気を引き起こしたり、精神を破壊したりと、まず後遺症を残してね。昔の大戦時にどこかの軍が作り出したのが発祥で幾度となく改良も試みられたんだけど、無害なものは出てこなかった。戦後、一般人の間にも流通するようになって、そのために世界的に取り締まられるようになったんだよ。随分とバイヤーの数も減ったと言われているんだけど、叩いても叩いてもなくなることはない。今回のように一度にたくさんの中毒者が見つかることも少なくないし、『こちら側』にだって流通していないとも限らない。もしかしたら『こちら側』のどこかで製造をしていることもあり得るんだ」
「ヴァイスさんはその度にこうやって調べに回っているんですか?」
「いや、依頼があれば動くだけだよ」
「僕たちも手伝えることってあります?」
「うん? う~ん、いまのところ大丈夫かな。『こちら側』で起きたことじゃないからね。UWの人間を使う訳にはいかないかな。それにしても、随分と仕事熱心になったね。何か企んでいるのかい?」
目ざといヴァイスだけに微笑を浮かべながら見つめられると、腹の底まで見透かされているようで、特に悪巧みをしているわけでもないのに、滋は気まずくなる。罪悪感にも似たプレッシャーが胸に圧しかかるのである。これがヴァイスの能力、マインドプレッシャーの片鱗なのかもしれないとも思う。肌でも感じるその能力の不気味さ、気持ち悪さに、組織の上層部がヴァイスを危険視するのも分かる気がした。そうかといって、これまで一緒に何度となく仕事をしてきた好からか、滋がヴァイスを畏怖することも、敬遠することもない。
大した企みはないが、一つだけ土方の色恋に関わることでヴァイス相手に思うことがある滋は、改めて土方へと振り返る。すると、まあその顔は不愉快を露骨にして田舎町のヤンキーのようである。何を吹聴したのか隣の日野原はわざとらしく涼しい顔をしている。土方の睨みがヴァイスを捉えているとわかると、人の恋路でやたらと勘の働く滋はそれが嫉妬とすぐに察する。ヴァイスも否応なくその視線に気が付く。
「おや、彼も能力者かい?」
澄ました顔で土方を見つめ返す。そうして次には涼しく笑うと、
「俺を目の敵にしているようだけど、初対面のはずだと思うけどね」と言う。
「あの、彼は土方さんといって、UW東海方面の隊員の方です」と滋が何か危うさを察して取り繕うように説明した。
「へぇ、資料で読んだことがあるかもしれないかな。お初に」




