弄ばれやすい男(後編)
「土方君、君も面倒を起こさないでくれよ。区域内での能力者の事件が起きれば我々が動くことになるが、それが同じ隊員の不始末だったり自作自演だったりすると、いろんな方面に面倒が及ぶからね」
先を見越して釘を打つと、しかし土方の頭は、その手もあるのかと閃いている始末。彼の思考回路はやはり単純である。
「まあ、無茶はしないように」
それだけ告げて、村田は残りの仕事を片付ける為、地下の基地へと下りることにした。と、そこに逆に階下から上がってくる人影がある。
「おや、村田さん」
飄々とそう言うのは、何時から何処からこの基地に侵入したのか、ヴァイス・サイファーである。
「なんでまた君が…」
「ちょっと調べ物を。今日は、誠司はいないんですね」
「今日は完全にオフだね。また何か仕事かい?」
一度は動じた村田だが、まるで呑気にそう訊ねた。
「まあ、そんなところです」
「こちらが関わることかい?」
「いえ、いまのところは大丈夫ですよ」
この声を滋が耳にして、
「あれ? ヴァイスさん」
と、上から顔を出す。ヴァイスはひとまず一階へと上がった。滋とは先日「あちら側」のユーア国の件で共に働いて以来の再会となる。もしかして何か仕事なのかと滋は目を輝かせた。そのウブな反応は、ヴァイスには微笑ましい。
「佐久間滋、何を期待しているんだい?」
「いえ、ヴァイスさんが来るってことは何か事件が起きたのかと…」
「嬉しそうにそう言って、随分と仕事好きになったものだね。それとも、もともとの性分なのかな?」
滋とヴァイスが挨拶をしているその背後で土方は日野原を捉まえてアレは誰だと訊ねた。日野原にしても自分の能力の件で会って以来ほとんど接点がなく、詳しくは知らないが、人から聞く限りの知識で説明してやった。土方も名前ぐらいは知っているようであった。
「確か『あちら側』と『こちら側』を行き来できるというフリーのエージェント。UWの本部も危険視するほどの敏腕。初めて目にした。そんな人と会えるとは、これはまた幸運だな」
そう一人深く唸る土方を前に、日野原は意図的にか、それともただ何となくか、
「弥生の男の好みって、あの人とぴったりなのよねぇ」
と、呟く。
「何!」
それまで有名人を眺める羨望の色をしていた土方の瞳が、途端に敵対心を燃やして、ヴァイスの面を睨み付けた。
「あら? 拙いこと、言ったかな?」
どこまで反省しているのか、日野原の口振りはまるで他人事である。




