女の手のかき氷、男のワンレン(前編)
家の使いで夕食の肉を求め、佐久間滋は久方ぶりに駅の近くの商店街を歩いてみた。幼少の頃にはアーケードの下、軒並み店が並んで活気があったものだが、二年も前にアーチも外され、今では店の数はすこぶる減っている。家屋ごと取り壊したところもある。少年期の歯抜けのようで通り全体がスカスカとして、そのスカスカから青天を仰げて心爽やかとなりながら、すぐに一抹の寂しさも覚えてしまう。これも時代の移り変わりとしみじみ思いながらその足が商店街の出口へと差し掛かると、そこで五人ほどの女の群れを目にする。よく見ると、女の群れの一人は平塚弥生である。彼女の手には黄色のレモンシロップのかかったカップのカキ氷。これを歩きながら口に含み、含んだと思えば友だちのとの会話に相槌をうったり返事をしたり笑ったりしている。こうして見ればどこにでもいる普通の女子大生と変わりない。実に平和であると滋はふと思う。その手に炎を宿して火球として放てるなどと想像できるものでもない。これこそが彼女の本来の姿なのか、それともUWにいるときの彼女こそが本来の姿なのか、はてわからなくなる。そして滋自身もまた、こうやって久しぶりに商店街を歩いて頼まれた買い物をこなしている自分と、結界を張ってUWの一員として奇妙な出来事と関わっている自分とが、さてどちらが本来の自分なのかと疑念を抱いて、これまた一人わからなくなる。
弥生のほうも一人で買い物をしている滋の姿に気付いて軽く手を上げ挨拶とした。滋も滋で軽く会釈をする。それ以上はない。女子たちの間に入っていくような軟派なことはせず、そのまま通りを後にした。
商店街を出てバスに乗ろうと近くの停留所で待っていると、見知らぬ男に声を掛けられた。見上げると自分と同じ歳くらいの若い男である。色白の顎の尖った顔をしている。髪は脱色して薄茶色をし、エラまで伸びたワンレンである。上げた前髪の富士額の男にしてはきれいな生え際の下に明らかに手を加えた細くキリリとした眉がある。背は滋よりは高いが高すぎるでもなく、顔の大きさのわりに肩幅が狭い。黒地に白いサスペンダーの柄の入ったTシャツを着、その袖から伸びる腕はなかなか筋肉質で長距離ランナーのようにほとんど脂がついていない。ワニ柄が型押しされた深緑のパンツを穿いたその足もまた細く、体型だけならモデルとして通用しようものなのに、残念なことにやはり頭が少し大きく見えるため、全体のバランスがやや悪い。
「あの、何か?」
「うん? その声、もしかして君は男か?」
滋を見て女の子と勘違いする人は稀でもない。気色の悪い話、男にナンパされそうになったことも幾度かある。この男もその手合いかと滋の顔もすぐに苦くなる。そうなるのは申し訳ないといった気持ちからである。ちなみに男色の趣味も皆無なら、他人の恋愛には敏感なくせに自分の恋愛となると頓着がない滋は、たとえ今こう唐突にも声を掛けてきた相手が女子であったとしても、しかもすごい美人であったとしても、やれ一目惚れだの運命の出会いだのと、恋の皮切りにすることはなかったであろう。
「いや、すいません」
何が悪いのか滋がそう謝ると、体裁が悪くなるのは茶髪の男のほうであった。
「いや、君、そうじゃない。君をナンパしているんじゃない。さっきそこの商店街の入り口あたりで女子の群れの一人と軽く挨拶をしていただろう? その彼女と君はいったいどういう間柄なんだと、それが気になって… あの人の友だちならと思って声をかけたんだが、男となると… まさかとは思うけど、別に恋人とか、そういう仲じゃ、ないよな?」