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4-1、趣味同人の反応

 それから一週間ほど経ったある日の放課後、俺は久しぶりにゲーセンへと向かっていた。

 千彩都は相変わらず屋上で歌っている。「ノー・インサイド」というあの曲も、兄から教えてもらった曲らしい。兄周辺の事情を知ってしまった今、あの歌声を平穏な心持ちで聞けるかどうか怪しい。

 それとはまた別で、無理に付き合わなくて良いと言われていた。それはありがたい話で、俺には「恋人」の他に、これまでと同じように維持すべきポジショニングがある。「恋人」だからといって、ずっと千彩都といるわけにはいかない。

 放課後の学生達が集まるこのゲーセンはポジショニングの温床だ。例えば「ライバル」という項目を埋めるには、任意のゲームで実力の近い相手を探せばいいし、併設されているファストフード店で、閑暇を(つまりブレークタイムを)共に過ごすような相手である「ブレーク仲間」を探すこともできる。学校とここを合わせれば、ポジショニングなんてすぐに埋まると思うのだが、どうもそういう気概のある連中が集まる場所ではないらしい。

 俺は店の中に入ると、真っ先に休憩用の椅子に腰掛け、ゲームに勤しむ同輩達を観察していった。アーケードゲームは独自のネットワークを持っていて、未成年でも使用を許される数少ないネットメディアの1つとなっている。ネットを介して、全国ランキングや新しい要素の解禁などを行うことができるのは、昔も今も変わらない数少ないシステムなんだと、師匠が言っていた。

 そう教えてくれた時に、師匠がパソコンでプレイしていたのは、ピンボールと呼ばれる変なゲームだった。ボールがコロコロと傾斜している台を転がっていき、ギミックに衝突するたびチープな効果音が鳴る。

「これ? ゼロ年代の遺産だよ。モチーフは20世紀に誕生したアーケードの祖みたいなもの」

 その時代に生きていたわけでも無いのに、懐かしいよねえ、と師匠は呟いていた。

 そんな師匠とのやり取り思い出していると、ふいに俺を呼ぶ声が聞こえた。

「真! 久しぶり!」

 声の主は「趣味同人」の氷野啓だった。「趣味同人」とは、同じ趣味を共にする仲間のこと。そして、その趣味とは音ゲーのことだった。

 俺は長らくその童顔を見ていなかったので、

「確かに久しぶりだ。2週間ぶりくらいか?」

「そのくらいかなあ。そんなに空けたらなまるよ」

「まあ、もともと半引退状態だったし今更って感じだけど。で、進捗は?」

「昨日、ハブアステイトをイージーしたよ!」

「うまいな」

「でも真はどうせフルコンしてるんでしょ?」

「1切りだよ。切った時は流石に叫んだ」

「やっぱりキモいや」

 知らない人が聞いても、さっぱり分からないような会話ができるのは、「趣味同人」ならではのこと。

 俺は中学生の頃から音ゲーにはまっていた。音ゲーとは、音楽ゲームのこと。20世紀末にとあるゲーム企業が「音楽に合わせて上から下に落ちてくるものを叩く」システムでヒットを飛ばしてから、今に至るまで連綿と続いてきた伝統の長いジャンルのひとつだ。その発展に伴って、創意工夫をこらしたいろいろな音ゲーが出現しては、消えていった。収録された曲の数は膨大すぎて、全て把握している人はいないと言われている。

 で、氷野は俺から影響を受けて音ゲーを始めた。全盛期の俺を彷彿とさせるペースでプレイしているために、こいつの内申点が少し心配なところだ。ゲームは趣味として認められているし、成果を出せば内申点が出ることには出るが、それでもボランティアや有志活動をするのには及ばないから、あんまりのめり込んでいると推薦をもらえなくなってしまう可能性もある。

 それでも危機感ゼロな氷野は自販機で瓶のコーラを買ってきて、俺の隣に腰を下ろした。

「っていうか真、彼女できたの。びっくりした」

 コーラをひとしきり飲んでから、氷野がそう切り出してきたので、俺はドヤ顔をしてみせる。

「いいだろ」

「まあ、僕も彼女いるんだけどさ」

「知ってる」

「真、あんなに恋人は作らないって言ってたのに、結局作ったね。何か事情があるんでしょ」

 俺の恋人作らない宣言を聞いていた関係者諸君は、決まってこういう反応をする。だから、信用を失わないように俺は丁寧に経緯を説明をする。師匠みたいなOGならともかく、現役生にポジショニングの序列のことを話すのはどうなのかと思うが、即刻リークした須々木にお咎めが無いのだから、まあ別にいいんだろう。

「そっか。真、旧帝狙ってるんだもんね」

 一連の経緯を聞いた氷野は、納得したようにそう言った。

「大変だけどな」

「でも、広垣さんかあ。あの人が『恋人』ってなんだか想像つかないなあ。デートとかどこ行くの?」

「この前は俺ん家」

「家! 早くない!?」

「恋人だからな」


 時は遡って、前の日曜日。俺が千彩都の家に行った日の、ちょうど一週間後にあたる。

 千彩都は忠実に予定を実行しようとしてきた。「日曜の昼過ぎに駅前に行くから、あなたの家に連れて行って」と、『スクールパレッド』経由で連絡が来たのだ。俺はそれを了承した。

 広垣千彩都は不良だが、公的に「不良」と評価が下されることはない。彼女を不良たらしめているのは、全て周りの視線だ。だからうちの母親は、俺の彼女が不良であることを知らない。彼女の活動記録が真っ白なことは「あまりマメじゃないタチだから」、ポジショニングが真っ白なことも、「人付き合いが苦手で」と言うだけで納得してくれた。まぁ、いずれにしても「不良」の典型的な特徴なんだけど。

 で、俺が千彩都をうちまで連れてくると、母親は一目散に玄関までやってきて、あら可愛い子ね、いらっしゃい、狭い家だけどゆっくりしていってねー、真、お菓子あるから持って行って、それじゃあごゆっくりー、とせわしなく言葉を並べると、ぱたぱたと居間へと戻っていった。その間、千彩都は不思議そうな顔をして、ずっとこくこくと頷いていた。

 靴を脱いで俺の部屋に向かう時、千彩都が唐突に口を開いて、

「ここ、あなたの匂いがする」

「お前の家もお前の匂いがしたよ」

「それはそう。家はねぐら以上の価値がある」

 会話が噛み合わないのはこいつが緊張しているからだと、俺は今更になって気付く。もっと飄々としているものだと思っていたから、これには意外だった。

 千彩都と違って、俺は事前に部屋を片付けておいた。トランプだって用意しておいた。家に彼女を呼ぶわけなんだから、至極当たり前のことだと思うかも知れないが、相手がそんな気遣いを見せる様子が全く無かっただけあって、それだけで一仕事したような気分になる。

 だが千彩都はそんな俺の部屋に入るなり、

「生活感がない部屋」

 と一蹴してきたので、げんなりとしてしまった。

「お前の部屋を基準にしないでくれ」

「エロ本はどこにある?」

「ねえよそんなもの、男の部屋に入って真っ先にそれか!」

 絶対に無いからな、探すなよ、と念を押してから、俺は母親が気を利かせて用意したケーキと紅茶を取りに行った。

 そして戻ってきた俺を待っていたのは、千彩都の部屋のような惨憺な有り様になった俺の部屋──なんてことはなく、千彩都は俺の言いつけを守り、行儀正しくちょこんと座布団に座って待っていた。

 折りたたみ式のテーブルの上に持ってきたものを載せると、千彩都は目を見開いた。

「ケーキと大福の相性って良いの?」

「本当に大福持ってきたのかお前」

「うん」

 そう言って、千彩都は大福の入ったタッパーを持ち出す。なんだろう、隙間を埋めたくなる性分でもあるのだろうか、大福がぎっちりと詰まっている。全部食べきれるのか、これ。糖尿病が今から心配だ。

 千彩都は「いただきます」と呟いて、早速、ケーキにフォークをいれる。

「そう、あなたにずっと訊きたかったんだけど」

「何?」

 俺は先に大福の方を口につけていた。美味いのは良いんだけど、この量を制覇できるかどうかは怪しい。

「どうして私と『恋人』になるまで、『恋人』の欄を空けておいたの。あなたなら、すぐにでも埋まったはず」

 そのことか。千彩都の質問に、俺はなんと答えようか逡巡する。

「……わざと空けてたわけじゃない」

「でも積極的じゃなかった。私の非社会的な行動に一週間も付き合う気力があるなら、もうとっくに出来ていておかしくなかった。『恋人』というポジショニングがいくら特権的であっても、あくまでも枠のひとつに過ぎない。なのにそれを空けておいたのには、何か理由があるんでしょう」

 あくまで、枠のひとつ、か。確かににそうだ。

「まあ、理由はある」

 俺はそう言ってから大福を飲み込んで、紅茶を啜る。「あんまり話したくないけどな」

「相手が恋人なら話にくいこともつい話してしまうでしょ」

「それはそうかも知れないけど、それ言っちゃったらとあんまり意味なくない?」

 それでも──まあいいか、と、俺は去年の秋のことを思い出す。この体験談から、俺の言わんとすることを理解してくれる奴はあまりいなかったが、千彩都なら、分かってくれるような気がした。


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