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6-5、俺のポジショニング

 女子高生という概念が神格化されたのがいつのことだか知らないが、それでも今の時代でひとつのイコンとして成立しているのは、女子高生というか、このくらいの年齢の子が「可愛い」という普遍的な価値観に基づいているからだ。諸行無常、万物は常に流転するかも知れないが、妙齢の女の子が可愛いことは、戦国時代も安泰の世でも中世でも近代でも現代でも、変わらない。

 だが、制度と風潮は女子高生をネットというメディアから追い出した。都市でも郊外でも、未成年がネットにその姿を表わすことは、非難の対象となる。でもいつの世でも一定の需要があるとなると、その代用が必要になってくる。それで、代わりに何がネットに於いて女子高生を供給しているかといえば、商業的なアイドルユニットや俳優だ。そういう風に演じられた女子高生たちが、根強い人気を誇っている。

 けども、まあ、そういう作られたのではない純粋な女子高生の方が、最も女子高生然としているのは当たり前のことだ。

「女子校のイメージと女子校の現実」

 雪が降りそうなくらい寒い端末室で、厚着をしてるのにぶるぶる震えている師匠が俺に見せたのは、そう題された1枚の比較画像。清楚で可愛らしい女子高生のイメージの横には、ガサツで散らかり放題の教室にどっかりと座る女子高生のイラスト。

「臭みがあるよなあ。結局、どっちもイメージでしか無いからさ。リアルの女子高生の香りには勝てないんだ」

「あれ、一応、師匠も女子高生ですよね?」

「はぁ。あんたは分かってない」

 今、思い返してみると本当に分かっていなかった、当時の俺は。まあ、今更のことだが。

 イメージはイメージでしかなく、いくら俺達が女子高生というものを描写しようとしたところで、それはIdola偶像でしかない。特定のものの特徴を析出して並び立てるには、その対象から距離を置く必要があるというのに、そのものを描写することで、それに近づいた気になってしまう錯覚。その錯覚から脱出するためには、いま、ここにいる女子高生が必要だ。

 だから、今の時代、ネットに登場する生粋の女子高生の価値は非常に高い。

 そこにつけこもうと思ったのは、不良の千彩都ならではの発想だ。俺には……というか、普通の奴にはちょっと思いつかない。

「西村」

 昼休み、俺は教室で楽譜とにらめっこしている西村を呼び出した。アカペラ有志主催且つ俺の「チームメイト」だ。

「とーみだ。どしたの?」

「ほい、端末室の鍵、俺の代わりに借りてくれてありがとな」

 俺はポケットから鍵を取り出して、彼女に渡す。俺のポジショニングの中では、端末室の使用許可が降りているのは「チームメイト」の彼女だけだった。アカペラ有志に乗らなかった引け目もあったが、鍵の又貸しに快諾してくれたのは助かった。

「ういー。何に使ったん?」

 西村は重さを確かめるように手の中で弄んでから、鍵をスカートのポケットに入れた。

「ちょっと、スマホじゃ調べらんない調べものをね」

 もっと言えば、データベースにもないような情報を得るために。

「あはは、なんかダーティだね。ま、このことは誰にも言わないから、あとでなんかおごってね」

「シャルロッテのアホみたいに重いクレープ買ってやるよ」

「それはわたしとなんかじゃなくて、彼女と食べなよ」

 そんな軽口を交わしてから、「じゃ」と俺と西村は別れた。一人でぷらぷらと廊下を歩きながら、良いことと悪いことの区別について思いを馳せる。

 例えば、妙ちくりんな法律の話。アメリカのどっかの州では、線路に塩をふるのが犯罪らしいし、ワニを消火栓につなぐことも罪になる。つまりまあ、どこかのバカな奴がそういうことをやって、多くの人に多大な迷惑をかけたから、悪いこととして認識されるようになった。そういう風に認識されないことには、それが悪いことだなんて俺達には思うことが許されない。

 だから、俺のやったこれも、バレなきゃ悪いことと認識はされない。

 俺はポケットから端末室の鍵を取り出しながら、小心者のように何度もそう肝に銘じた。さっき鍵屋に走って、作ってきてもらった複製だ。びっくりするほど不用心に、びっくりするほど安価で、びっくりするほど短時間で、出来上がってしまった、合鍵。

 昔はこの鍵によって守られていたプライバシーという不思議な響きの単語がある。現行法では、プライバシー保護法という化石みたいな法律が、時代についていけない気難しい老人のように居座り続けているらしい。もちろん、誰もそんなものを根拠に、自分の権利を守ろうとしない。

 この都市において、俺達を守っているのは、法よりももっと繊細な、俺達の内側に宿るものだ。


 端末室はD棟の2階、東端に位置している。常時「〆切」と書かれた非常口を除くと、そこに至るまで道筋は一本しか存在しない。俺はその道中に自分のスマホを置いて、端末室へと戻った。

 土曜日。現時刻は20時半。いかに勉強熱心な不良でも、こんな時間まで学校に残ってない。というか、残ることを許されていない。20時以降、学校内に残ることは禁止されているのだ。まあ、それ以前に誰も残ろうとしないので、トイレに身を潜めているだけで、簡単に夜の学校に入り込むことができた。

 昼間は清潔な色合いの廊下も、今は不気味さを遠慮無く演出する装置と化している。全く知らない場所に迷い込んだような心地で俺は端末室に入り、後ろ手で扉を閉めた。この部屋には警報機がセットされているが、鍵を使って開けると自動で解除されるようになっている。都市で貴重品を守るには、この程度のセキュリティで十分なのだ。

 千彩都は珍しいものを見るかのように、ディスプレイを見つめていた。Webカメラとマイクのセッティングは完了しているから、後はのんびりと30分間を過ごすだけだ。

 俺は彼女が抱えているアコギを見て、

「そういえばそれ、チューニングしなくて大丈夫なのか?」

「チューニング?」

「……知らないならいいや」

 それで二ヶ月間も練習してきたとは、末恐ろしい話だ。

 で、こんな辺鄙な時間に不正に入手した鍵を用いて端末室を占拠したのは、この時間帯に兄が「ラフィングビデオ」を巡回しているからだと千彩都が主張したからだ。

「そのくらいの時間に、私が『お風呂入っていい』って言いに行くと、毎日動画を見てた」

「それ『スカイビューシネマ』じゃなくて?」

「映画は大抵、休日の朝に見てるから違う」

 もちろん、環境が変わって習慣が変わっている可能性も否めない。けれども、結局どう可能性を詰めたところで、究極的には賭けでしか無いのだから、このブラコン妹の情報を信頼するのが今の段階では最善の判断となる。

 その兄がいる可能性がもっとも高い時間帯で、これから何をするかというと、──生放送だ。わざわざこの日のために有料会員登録をした。登録の際、年齢詐称をしたが、別段問題はないはず。たぶん。良い子は真似しないで、といいたいところだが、まず良い子はそういう発想に至らない。

 生放送は題して、『ガチJKが歌ってるだけ』。本当にそうなのだからそれ以上に装飾しようがない。

 枠の長さは30分で、その間ずっと千彩都が「ノーインサイド」を歌い続ける。兄がJKというワードにつられてフラフラとやってきたら、画面に映っているのは妹で、歌っているのが自分への鎮魂歌、だ。不慮の事故で頭部を失っていない限り、自分へのメッセージだと気付く。

「でも、そこで兄さんがコメントしてくれなきゃ、分からずじまいだぞ」

 師匠が指摘したように、兄は千彩都が自分を探すことを想定しているから、痕跡を残そうとしないはずだ。訪れたものの、素通りしていく可能性だってある。

 しかし、千彩都は確信に満ちた様子で、

「大丈夫、絶対に何かしら反応を寄越すから」

「なんで分かるんだ」

「私と兄が何年間一緒に暮らしてきたと思ってるの」

 説得力のある言葉で結構だが、「恋人」相手なんだからもうちょっと遠回しに言ってもいいんじゃないのか。まあ、良いんだけど。

 そういうわけで、放送枠が終了したらコメントを一つ一つチェックして、兄のアカウントがあるかどうか確認、あったら彼の使っているアクセスポイントを特定して、めでたく御用という流れになる。とはいっても、兄は恐らく本名で登録していないので、コメントをくれたアカウント群を、登録時期が今年の3月以降のものに絞った後に、そこから閲覧履歴を兄アディクトの妹がチェックしていき、「これは兄の履歴だ/兄の履歴ではない」と判別していくことになる。

 一昔前なら「炎上」しそうな案件ではあるが、この社会の罰は直截的な暴言ではなく、視線によって無言で下される。既に生徒会長から目をつけられている不良である千彩都にとって、今更彼女を遠巻きに眺める目玉の数が増えたところで痛くもなんともない。それよりも、兄の声が聞ける方がよっぽど嬉しい、というわけだ。

 ……で、正直言って、この計画に加担した俺の処遇がどうなるか分からない。

 千彩都には絶対に画面に入るなと厳命されている。男といるとバレたらJKの価値が損なわれるから、だとかなんとか。割とこの人、ノリノリなんじゃないのか、と思ってしまった。

 まぁだから、俺がこの計画に加担したことは、予定通りいけばバレないことになっている。とはいえ、俺も相応のリスクを背負う義務があると思っているから、いざというときの覚悟はできている。よく分からないが、俺は千彩都を助ける道を選んだ。どうしてか、と問われたら、「恋人」だから、と答えるほかはない。どんな結果が伴ったとしても、俺はきっと後悔しない。恋っていうのは、それだけのものだ。

「よし……始めていいぞ」

 俺がそう告げると、千彩都はこくりと頷いた。

 室内にアコースティックギターの音色が響き始め、程なくして千彩都の歌声がその伴奏に乗っかってくる。今まで屋外で聞いていたから聞き過ごして来られたが、室内ではギターのチューニングの酷さが耳に障った。これを30分間聞き続けるものだと考えると、ちょっと先行きに不安を覚えた。だけどまあ、流石に2ヶ月も歌い込んでいただけに、歌声の方は流暢だった。女子が高音を出す時になりがちな細くて気の抜けた様な声ではなく、しっかりと身体を使った安定感のある声、そしてフレーズを意識した呼吸回しができている。こんなひどいギターでよくもまあ、ここまで歌えるものだ。

 イントロダクションもなにもない、本当にただJKが歌っているだけの生放送が、果たして話題になるかどうか怪しいところだったが、画面に俺が登場してはいけない都合上、そのステータスを見ることが出来ない。俺にできるのは画面の外側で、やきもきしながら千彩都の歌を聞いていることだけ。

 でもまあ、それはそれで気分が良かった。俺がその生の歌声を独占できているのだから。

 独占ってことは、やっぱり俺は彼女に欲望を抱いているのだろう。去年の秋、俺が告白したらフッてきた女子の可愛さは、彼女が好きなイケメンの欲望の投影だったわけけど、千彩都のその歌は、その声は、何者の欲望も投影していない。それを占有する優越感、という俺の欲望はあるけれど、この歌声の真摯な響きに比べれば、そんなものはアリんこのように取るに足らないものだ。だから、今くらいは、許されてもいいんじゃないか。その優越感に浸るくらいは。

 「ノーインサイド」、2周めが始まった。パソコンの立ち並ぶ中で、ギターをかき鳴らして歌う少女、という絵面は、ガールズバンドのミュージックPVみたいだった。それだけ非日常的な風景なのだ。どんなに真面目で鹿爪らしい雰囲気の場所であっても、音楽が持ち込まれるだけでたちまち非日常的な場所と化す。生まれて初めてこの場所へ来たような、そんな実感を与えてくれる。

 千彩都は歌以外の声を発さない。つまり、曲の紹介だとか、この放送の主旨だとかの説明を一切しない。同じ屋根の下で16年間過ごしてきた兄妹に、そんな当たり前の情報は野暮ったい。それに、わざわざ喋らなくとも千彩都からはリアルな女子高生の「香り」というものがする。たぶん。彼女は、歌うことをプログラムされたアンドロイドのように、厳粛な法の執行者のように、俺には詳しく意味の分からない英詞を呟き、叫び、そのメロディを狂ったギターと協奏させる。

 3周めに突入した。予定では枠いっぱいの8周をすることになっている。画面が見えないのがもどかしい。

 本当の、自分を、内側を、知りたい。この詞の本当の意味を、受け取っている視聴者がいるかどうか。

 今にして思えば建前ではあるが、そもそも俺が兄探しを躍起になって始めたのは、彼女の「知ってほしい」という欲求に応えられる人を、彼女の傍に置いてやりたいと思ったからだ。俺自身は生徒会長に圧力をかけられ、千彩都自身に拒否されてしまったから、俺がこれ以上知ってやるわけにはいかなかった。だからその代役として、兄貴を呼び戻すプロジェクトだった。

 そんなひねくれた動機に端を発しただったわけだから、今となってはどちらが真なのか分からない。今考えたようなことが本当なのか、それとも単に俺が千彩都のために何かしてやりたいと思ったことが、本当なのか。

 そもそも、俺を行動に駆り立てた「理由」があるのかどうか。

 たまたまこの役割に適していたから、自動的に俺がこの役割に嵌っただけだったとしたら。結局のところ、この社会の仕組みの範疇で、こんな不良じみたこと──禁止されていることを、白い目で見られることをやっているのだとしたら。

 その結果として、俺の将来の夢が、良き生活を送るのだ、という願望が、今まで必死に貯めてきた内申点が、フイになったとしても……それらは社会に必要のないもの、ということだ。

 そして、俺の何かを犠牲にしてまで、広垣千彩都というものは、社会に必要とされた存在であるということだ。

 これは仮定の話だが──そう考えると、俺という存在は千彩都のために差し出された生贄の羊ということになる。俺は最悪の場合、全てを放り出すことになるのだから。

 そして、俺はそれでも構わないと思っている。

 何故か。「恋人」だから。不逞だろうか。


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