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6-2、俺のポジショニング

 笑ってしまうような話だが、俺はこの一年間、全く気が付かなかった。『スクールパレッド』でプロファイルを見れば一発で分かりそうなことだったが、それなのに気づいていなかった。

 それはひとえに師匠の努力があったからなのだろう。自分が「不良」と呼ばれていることを、俺にバレないようにする努力が。2つ下の後輩になら、なんとか隠せないこともないし、事実、俺は知らなかった。

 俺はなんと声をかければ良いか分からず──、そっとその頭に手を載せた。人工的に金色に染められた髪は、俺の掌に素直な感触を与えた。

「……師匠、髪を染めたのって、やっぱり……」

「……」

 きっと、大学デビューをしようとしたんだろう。

 ──文科省のデータベースに載っていないその単語は、あの蒸し暑い端末室で師匠が教えてくれた言葉だ。

「昔も今も、高校とか大学に進学するっていうのは、自分を大きく変えるチャンスだけど、その時にキャラを大きく変えることを高校デビューとか大学デビューって昔は呼んでたんだ」

 あの時から既に、師匠は大学デビューをしようと、心に決めていたのだろうか。

 不良は、普通、自らが不良であることをやめようと努める。なんとか社会に適応しようと努める。けれども、うまくいかずに挫折を重ねていき、その疲れから「郊外」へと免れていく。

 師匠は大学進学をきっかけに、大学という社会に溶け込もうとした。だけど、やっぱりうまくいってないのだ。生徒会長が見てきたという、数多の不良の例に漏れず。

「……それじゃあ、推薦って嘘だったんですか。一般受験したんですか」

「……うん」

「土曜日に一人で端末室に篭ってたのは……社会に溶け込めなかったから」

「……うん」

「俺を弟子として拾ってくれたのは……自分に、興味を持ってくれる人と、初めて会ったから」

「…………うん」

 師匠はそこでようやく顔を上げて俺を見た。ひどい顔をしていた。慣れない化粧をしていたのか、涙と鼻水で顔はぐちゃぐちゃになり、ひっぐ、と発作のように小さなしゃくり声をあげる。

 高校時代に不良と呼ばれていたことが、俺にバレてしまった悲しみから、こんなに泣いているんじゃない。それはただの切欠に過ぎなかった。俺は今更になって、師匠がずっと不機嫌だった理由に思い当たった。

「今日、嫌なことが、あったんですね」

「……うん」

 頷く師匠は、まるきり子どものようだった。

「……何があったんですか」

「……告った。そしたら……フラれた」

「……」

「……お前、高校の時、不良だったんでしょって……」

 俺は、カッと顔が熱くなるのを感じた。

 不良だったんでしょう。

 仮にそうだとして、それが何だと言うんだ。それが、この人の、何を示してるというんだ。

 くだらない。何も知らない癖に。知ろうともしない癖に。

 師匠が一人、どんな気分であの端末室に篭っていたのかを。

 それでもなんとか社会に適応しようとして、勉強に励んだことを。

 どうして技術者になろうとしているのかを。

 ──。

「ネットインフラってさ。当たり前のようにあるけど、実は全然当たり前のことじゃないんだよね」

 冷え冷えとした端末室で、師匠はそう言っていた。2000年代のウェブページが表示された画面を見て、

「この時代の人たちが頑張ったお陰で、今の私達のが当たり前のようにインターネットを使えてる。でもさ、最近って技術者が減ってきてるんだって。父さんが言ってた。このまま減っていったら、ネットインフラは機能しなくなるかも知れない。そうならないために、私は技術者を目指してるんだ」

 そう言って、照れくさそうに笑ってみせた、その表情を。

 知らない癖に。

 俺は、言った。

「……今、俺は怒ってます。その……師匠にそんなことを言った人に対して」

「……」

「この怒りに……意味は……ありませんか?」

 怒っているけれども、出来る限り優しい声音で、そう、千彩都に対して怒りを爆発させた生徒会長のように、問いかける。すると、師匠はゆっくりと俺の胴に手を回すと、顔を埋めるように抱きついてきた。

「……ある。すごい……あたしが、助かってる」

 そして、消え入りそうな細い声で、そう言って、また嗚咽を漏らし始めた。俺は黙って、その小さな背中を見つめている。たった今、越えてしまった背中を、俺は静かに見つめている。

 今の時代も、怒ることの意味は無くなってはいない、その証明が、たった今なされてしまった。俺は師匠のこの、頼りない背中を乗り越えてしまった。

 けれども、この人はずっと俺の師匠のままだ。それが、東御真と水方瑞恵のポジショニングなのだから。

 ──5分ほどして、師匠はようやく泣き止んだ。俺からぱっと離れて、椅子の背もたれに深くもたれると、ぷいと顔を背け、

「……ありがとう。それと、さっきはごめん、あんな態度取って」

「平気です。思えば、初対面の時もあんな感じでしたよ、師匠」

「そうだっけ。不良ってさ……皆に、否定的に見られるクセがついてるから、常に、ささくれ立ってるんだ。あんたの彼女も、最初、そうじゃなかった?」

 そう言われて俺は、初めて千彩都に会った時のことを思い出す。あの時は、思いっきり敵意に満ちた視線をぶつけられた。

「それなのに……どうしてあんたは、そんな不良のために何かをしてあげようとするんだか、あたしにはさっぱり分からない。えっと……、千彩都のお兄さんの居場所をどうやって探すか、だっけ」

 ぶつぶつと呟いてから、俺のことを見上げて訊いてくる。その顔は、いつもの師匠の顔に戻っていた。

「そうです」

「前にも言ったと思うけど、マイナンバーから検索をかけるのは法律で禁止されてる。でも、それ以外の要素から特定するのは、特に法律で決められていない。方法としては、お兄さんの使ってる端末の製品番号を特定して、それがどこからアクセスしてるか検索するのが一番手っ取り早いかな」

「なるほど。千彩都の家にその番号の控えとかがあればすぐ特定できますね」

「まあ、普通は無いだろうけどね。基本的に製品番号は、端末とマイナンバーを紐付ける時にしか使わないから」

「じゃあ、本人不在でどうやってその番号を調べるんですか」

「うーん……例えば、お兄さんが何かのサービスのアカウントを持っていたら、その利用記録を洗ってみる、とか、かな。そういう情報があれば、そこから使用端末の情報を割り出すことは出来るかも」

 希望が差してきた。明日あたり、千彩都にそういうものが無いかどうかを訊いてみて、何かしら手がかりがあれば、大きく彼女の兄へと近づくことができる。

 俺は少し高揚し、勢い込んで言った。

「あ、ありがとうございます。明日、千彩都に訊いてみます」

「うん。情報が出たら、あたしのところに持ってきて」

「はい、承知です。えっと、それでですね、師匠、もう一つ頼み事が」

「なに?」

「今晩泊めて下さい」

「はっ!? ななな、何で!」

 俺の発言に、師匠は変な声を出して目を丸くする。もちろん、俺自身、突拍子もない頼み事なのは、承知している。なので、俺は懇切丁寧に理由を説明していった。

「あのですね、最初、18時くらいに来たんですけど、師匠は居ませんでした。俺はなんとしても師匠の知恵を借りたかったので、最悪明日の朝まで待とうと覚悟して、とあるポジショニングしている奴にアリバイ工作を頼んで、親に今晩帰らない旨を言っちゃったんです」

「だ……だから、今日、帰るわけにはいかないってこと?」

「はい」

「こ、恋人がいるのに、他の女の家に泊まってって良い訳?」

「大丈夫です、俺は師匠を信頼してますから、何も起こらないと確信してます」

「普通、そういうのって女子の方が言うもんなんじゃないの」

「そうですかね」

「……なんかムカつく。チューくらいしてって」

「ダメですよ、俺恋人いますし」

「もー、あたし、今日フラれたばっかなんだから、もっと慰めてくれたって良いでしょお……」


「そういうわけで、お前の兄さんが見つけられる可能性がある」

 俺が師匠から聞いた手立てを千彩都に伝えると、彼女は特に感情の篭っていない視線を向けて言った。

「……私に興味を持つのはやめてって、言ったはずなんだけど」

 ──翌日の放課後、いつもの屋上で、千彩都はいつものようにその歌を歌っていた。俺はいつものようにその横に立って、見慣れた学校の景色を見つめている。

 予想通りの対応だったので、俺は用意してきた答えを口にした。

「お前に興味を持ってるわけじゃない。お前のお兄さんに興味があるんだよ」

「……どうして」

「恋人なら、相手の家族のことを知ろうとするのは当然だろ」

 自分の十八番を奪われて、千彩都はバツが悪そうに黙りこむ。無論、俺は本気で言っているわけではないが、この反応を見ている限り、千彩都は今まで割と本気で言っていたらしかった。……呪文のように、「恋人なら~して当然」、と。

 少しの沈黙をおいてから、千彩都は言い返してくる。

「でも、これ以上私に関わると、あなたが不良になってしまう。現にあなたはその徴候を見せている」

「気を使ってもらってありがたいが、あいにくと俺は不良になんかならない」

「えっ──」

 語調を強めて俺が言うと、千彩都はびっくりしたように、俺の方を見た。

「不良になんかならない。そもそも、不良なんかいねじゃねえか。世界のどこを探したって、いるわけがねえ。無いものに、どうやってなるってんだよ」

 それは、俺が昨日の出来事を通じて得た、新たな実感だった。

 不良なんてものは存在しない。千彩都も、師匠も、一人の人間としてそこにいるんだから。

 俺は吐き捨てるように続ける。

「そんなフィクションなんか、どうでもいいんだ。それよりもお前は、本物の兄さんに会いたんだろ?」

「……うん」

「なら迷うことはないだろ。見つけよう、お前の兄さんをさ。その歌、聞かせてやるんだろ」

「うん……」

 千彩都はぼんやりと頷くと、少しだけ余韻を引きずるように黙っていたが、すぐに立ち上がってギターと椅子をケースに片付け始めた。全く、世話のかかる奴だ。俺と千彩都は肩を並べて、屋上から立ち去る。


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