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1、取引先のリーク

この作品は、2015年7月下旬、排熱でうだるような暑さの中で憑かれたように書き上げたもので、アイデアの種からプロットを練り上げ、本編を書き上げるまで実に一ヶ月半、私の書いたものの中で最も短期間で成された。

元ネタは、即興小説である。同タイトルの掌編があるので、興味のある向きは私のプロファイルから参照することを奨める。


端的に言うとこの作品は失敗作である。

あらゆる箇所において詰めの甘さが見られ、正直言って時間を割いてまで読むことを推奨しない。

では、何のために投稿するのか。それも、半年以上前のものを今更。

それは、この作品が「大きな寝返り」であるからだ。物を書くことが、純粋な楽しみ以上のことであると、それ自体で証明することができた。「物を書く」という行為そのものを、私に体得させるのに非常に重要な役割を果たしてくれたのだ。

この物語に参加する人々には動機も感傷も希薄である。しかしながら、この文章を書いていた当時の私が、必死で、息荒く、迸る閃光を追いかけるようであったことは確かだ。その反り、撓みを僅かでも感じて頂けたら、この作品の、少なくとも投稿された本意は達せられたと言って良い。


長くなったが、この後に付されたはしがきによって、作品について言い訳をしようということでは断じてないことは述べておこう。

それでは、この不器用な恋の物語を。


2016年2月  可児司敏

「なあ、東御。お前、恋人作ったほうがいいぜ」

 昼休みも半ばを回った頃、そんな不躾なことを言ってきたのは、取引先の関係にある須々木だった。俺は母親の作ってくれた弁当から、シンプルに切られたウィンナーを取り上げて口に放り込みながら、苦い表情を作る。

「なんだよいきなり」

「あ~、お前恋人欄だけ空欄だもんな、そういや」

 俺の兄貴分にあたる中川はカロリーブロックポテト味を噛み砕きながら、「他のポジションは全部埋まってんのに」

「その顔なら、すぐ作れそうなものなのになあ」

 須々木がそう言いながら、俺の顔をじろじろ見てくる。こいつは見た目通りの少食家で、菓子パン一つで昼を済ませてしまうからもう食べるべきものがなく、デザートと言わんばかりに缶コーラをちびちび飲んでいる。それで口が暇になったから、こんな話を持ち出してきたんだろう。

「作れる作れないの問題じゃないし」

 俺は弁当からメシを取り上げながら、「現状で満足してるから、別にいいんだ」

「確かに、恋人以外は全部埋まってるよな」

 中川は机に載せたスマホをいじくりながら答えた。カロリーメイトの粉で画面が大分汚れているが、それを気にしないのが中川という男だし、俺達もそれを見咎めたりしない。そういうのはもっと適切な役回りの人間がいるだろうから。

 俺が米を咀嚼しながら中川のスマホを覗きこむと、画面には俺のアカウントのプロフィールが表示されていた。

『スクールパレッド』

 それが、そのSNSの名称だ。うちの学校、つまり頼塔高校の生徒とその保護者、及び教員専用のSNSで、俺を含めて全員のプロファイルが、関係者ならばこのように誰でも閲覧できる。今の世の中で、俺達のような18歳未満の未成年達が、唯一公に利用できるネット上のコミュニティツール。自由なネットサーフィングにはまだ早いおこちゃまに、画面の向こう側にも自分と同じ生身の人間が居るということを実感させるために導入したという、サイバースペース上の学校。つぶやき、ブログ、アルバム、動画のアップ等ができるが、いずれも実名表示であり、外部に干渉することもされることもない。

 なんでも、インターネットの黎明期に、この高度な情報の伝達性を悪用した犯罪が多発したために、教育の段階から積極的にネットリテラシーを十分に養わせようと、文部科学省主導で導入されたシステムらしい。中学生の時にそう習った。

 で、そういう未成年専用の箱庭が用意されたことで、世に浸透したのは「ネット上に現れる未成年はあまり素行が良くない」という通念である。俺達はこの箱庭から脱出する必要が無いのだから、そこから漏れてくるのは少なからず「不良性」があるはずだ、という思考。そして、俺達未成年も当たり前のようにそれを享受している。だから親は子にパソコンを買い与えないし、子も欲しがらない。そうして、健全なネットコミュニティは実現している。

 そんなことは中学校じゃ教えてくれない。これは俺の「師匠」が教えてくれた。

 中川が「東御 真のポジション」という項をタップすると、そこに俺と親しい人たちの名前が並んだ。その名前を持つ人間の社会的な役割は、周囲の人との関係性によって決定される。だから俺の「ポジション」である。わたしはこの世界の、ここに位置していますよ。そういうことを、この学校の全員が全員に宣伝して回っている。「師匠」はその中のポジショニングの一つにあたる。

 そういう機構が整っているので、それ以外のポジションは全て埋まっているのに、「恋人」がいないということは徹底的に周知のことだ。よって、このポジショニングが宣伝する内容は、俺というパーソナリティは「人に対して特別な感情を抱くことがありません」ということになる。表面的には。

 ちなみに、さっきさらっと言ったが、須々木と中川も俺との関係性に組み込まれている。須々木は「取引先」、中川は「兄貴分」。関係性の項目は「友達」というざっくりとした関係をこれでもかと細かく切り刻み、ネガティブな要素(例えばパシリ、舎弟、極めつけは奴隷とか)を排除したもので構成されている。

「でも、東御に彼女いないなんてさ、今に始まったことじゃねえのに、どうして今更そんなこと言うんだよ」

 中川はラストのブロックを口に放り込み、手についた粉をはたき落としながら言った。俺も最後の白飯を口に放り込み、咀嚼しながら須々木の方を見やる。

 須々木はメガネの細い柄を指でなぞりながら、

「いや、それがさ……、ポジショニングって評価の序列があるらしいんだよね」

「評価? 内申点のことか?」

 俺がそう訊くと、須々木は頷いた。

「そうそう。今朝、城田先生から教えてもらったんだよ。推薦を狙っているなら、恋人は作っておけってさ」

 須々木は将来、英文学者になるのが夢らしくて、英語を鬼のようにやっている。今のビジネス界隈では自動翻訳が主流となっているために、わざわざ本腰入れて勉強するような奴は、学問としてやりたい人か機械に頼りたくない人に限られる。須々木は前者であって(そもそも後者はそんなにいない)、その熱心さのお陰で担任且つ英語教師の城田と非常に仲がよく、そのツテで『スクールパレッド』を始めとするシステムの情報を仕入れてくる。俺はそれを他の情報でそれを買ったりする、だから「取引先」である。

 中川についてはあまり語る必要もなく、俺に限らずみんなの「兄貴分」である。背が高く体格が良いというだけで、ひとつのポジションに収まることが出来るのが、この社会だ。

「それと恋人がどう関係がある?」

 俺は、「推薦を狙っているなら」という言葉に嫌な予感を覚えながら、続きを質す。

 須々木は、俺のそんな予感を掬い上げるように言った。

「もちろん、与えられる内申点が一番高いからさ」

「……マジ?」

「ほんとほんと。『恋人』が一番高くて、次からはそこに表示されている順番で内申が多くもらえる」

 須々木は中川のスマホの画面を指差す。最上段の「恋人」より下は全て埋まっている、俺のポジショニング。その不自然な空白を見ていると、あの嫌な思い出が徐々に濃くなるシミのように蘇ってきた。

 ……。

 でも、城田がそうリークしたのであれば、その情報は正しいのだろう。

「そ、それってどれくらい差があるんだ」

 俄然、湧いてきた焦りを押し隠して、俺は訊いた。誰だって推薦が欲しくて行動するが、その貪欲さを露呈させるのはみっともない。そういう慎ましさも要求される社会だが、こいつら相手にそんな気遣いは無用だった。

 須々木は鷹揚に首を振って、

「そこまでは流石に訊かないよ」

「ううん、だよな」

「まあ、普通に考えりゃそうだ。でも、そうなると大変だな」

 中川が心配そうに俺のことを見る。「お前、内申ガチ勢じゃないか」

「ガチ勢って言うほどでもないが……、一応旧帝にはなんとか入りたい」

 それは俺がかねてから言っていることだ。旧帝国大学、略して旧帝だが、恐らくその由来を知っている高校生はおらず、ほぼ「キューテイ」という音に頼って意味付けをしている。

 東京大学に連なる、7つの「都市」に設置された国立大学。

 俺のような典型的な高校生にとっては、憧れの進学先だ。

 そんな俺の目標を知っている須々木がうぅん、と唸った。

「旧帝狙ってる奴で恋人いない奴なんていないよ。少なくとも、日比原と倉野には恋人いるじゃん。あいつらポジショニングはスカスカだけど、成績はキレッキレだし、課外活動もしっかりやってる。成績のあまりないお前が張り合うつもりなら、ポジショニングだけだとキツイところがある」

 日比原と倉野はうちの学年で、成績のトップ争いをしている奴らだ。

「あいつらがバケモノなだけで、俺の頭が悪いわけじゃないぞ」

「それは知ってる。だから尚更、恋人を作っておいたほうが良いって言ってるんだ」

 俺は押し黙って、俺のポジショニングを見つめる。もちろん、その空白を埋めようとしたことはあった。たった一度だけのこと、だが。それでも空白のままでいいやと思わせるには、十分な出来事がその時にあったのだ。今でもずっとそのモヤモヤは、心のうちにわだかまっている。

 ただ、ポジショニングの序列のことを知ってしまった今では、そんな感傷的な理由で空白を設けておくわけにはいかなくなった。

 国立大学の入学試験が完全に人物評価制に移行したのは、俺の親が大学を出た時くらいのことだ。高校で定期的に行われるテストの結果とその変遷、そしてポジショニング、ボランティア活動、有志活動、趣味を含む課外活動に応じてつけられる「客観的」な内申点が、そのまま俺達の武器となり、大学へと送られる。大学はその数字をソートして、定員よりも順位の低いものを落とすだけで、合格者を決定することが出来る。やがて、私立大学にまでゆるゆると適用範囲が及んでいき、今では高等教育機関の受験制度のほとんどがこれにとって代わられた。

 この制度が行き着いた先は、最終学歴である大学の名前がそのまま、その人のステータスを代弁するものとなる社会だった。例えば、日本の最高学府である東大に行くことができれば、卒業後の選択肢は無限にあると言ってもいい。少なくとも日本の都市に限れば、その人材を取らない企業など存在しないし、起業すれば人材と金がお手て繋いでいくらでも集まってくる。

 だから俺の夢は、単純だ。

 良い大学に行き、良い仕事に就き、良い生活を送ること。

 そのためには、「恋人」が必要だ。ポジショニングによる内申点は累積型であり、毎週そのステータスに応じて得点が加算されていく。仮に恋人のウェイトが、ポジショニングで得られる内申点全体の半分を占めているとしたら、その損失は一年間でとんでもない量に上る。

 逆に「恋人」ができれば、俺の所有する内申点数は大きく飛躍する。旧帝という目標が、一気に現実味を帯びるだけの数字を稼ぎだすことができるんじゃないか。

 その希望は、俺をして決断をさせるのに十分な輝きがあった。

「恋人が、欲しくなってきた」

 なので俺が力強く言うと、中川がゲラゲラと笑った。

「お前のそういうところ、すごい良いと思うぞ」

「うるさいな、お前ら彼女いるからって余裕ぶりやがって」

 俺は中川と須々木を交互に睥睨したが、二人とも明後日の方向を向いて、どこ吹く風だ。それに嫉妬するほど俺は子どもじゃないが、今になって死ぬほど羨ましく思えてきた。

「なあ、誰かフリーな子知らないか?」

 なので俺が勢い込んで問うと、中川は須々木と顔を見合わせてから、

「もちろん可愛い子だよな?」

「当然」

「どのくらいの?」

「東木野希麻々くらい」

 誰もが知っている女優だ。逆に、俺はそれくらいしか万人受けする美人を知らなかった。

「それだと、周藤とか陽木崎とかか?」

「……申し分ない。でも、陽木崎には彼氏いるだろ」

「周藤にもいるな」

「マジかよ、文山は?」

「先月告ったらしい。相手は3組の佐藤秀八」

「羨ましすぎる。……じゃあ、望田は?」

「お前、本当に可愛い子しか言わないのな。望田なんて中学からずっとの彼氏がいるよ」

「なんだ、だから可愛いのか」

 俺は嘆息した。可愛い子には彼氏がいるか、そうでなければワケが有る。そんな格言を俺は師匠から教わったが、全く以てその通りだ。恋人がいることによって内申が得られるなら、ルックスの良さを活かして恋人を作るのは自明のこと。長い首を活かさず、低い位置の葉っぱを食むキリンがどこにいるか。

 でも、どうせ作るなら、可愛い子が良かった。不逞とか、不純とか思われるのは結構だ。それでも、「恋人」なんてものに内申点のウェイトが多く振られているのならば、その玉座に据えるのは美しいものである方が良い、という俺の信条は揺るがせなかった。

「そんな下心むき出しなのに、今までよく彼女作ってこなかったね」

 須々木が呆れたように言うので、俺はぶっきらぼうに、

「必要ないと思ってたんだよ」

「そう思ってるなら、普通の子でいいじゃない」

「いや、どうせなら可愛い子が良いだろ」

「そりゃそうだけどさ。東御、自分の立場わかってる?」

 その指摘に、俺は口を閉ざす。なんだか急に、自分が聞き分けのない子どもになったかのような心持ちになった。

 ……わかっているつもりだ。「恋人」という関係性が重視されるのは、それだけの誠実さがその人にあると分かるからだろう。その特権的な枠を内申点目的、ひいては「顔」目的で埋めるということのワガママさ、戦略性に罪悪感を覚えないわけがない。

 そこを須々木に突かれたのは痛かった。お互いに少しきまりが悪くなって、口を開きにくくなってしまう。

 そんなちょっとした沈黙の後に、中川が唐突にその名前を言った。

「……本当に『どうせなら』って思ってんなら、広垣とかはどうだ」

「広垣?」

 知らない名前だ。俺が須々木の方を見やると、唇をすぼめて目を剥いていた。まるで目の前に嫌いな食べ物を出されたような反応。その表情は、広垣という女子の評判をまざまざと語っていた。

「誰、広垣って」

 中川に向かって、俺はもう一度問い質した。中川は食いついてくる俺の態度に驚いたようで、少しの間ぽかんとした後、大きく息を吐きながら頭を掻いた。

「本当に知らないのかよ。有名なんだけどな……。東御、お前が本当に『どうせなら』って思ってんなら、放課後にB棟の屋上へ行ってみな。ギターの音が聞こえたら、まあ間違いなくいるぜ」

 そう告げる中川は、本当に俺の兄貴のようだった。


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