心亡 ―壱―
帰り道。
ぽつぽつ と灯る街灯が視界に入り
ぼんやりとコンクリートを照らす
ふと視線を上に向けると
高く見える空に
いつもより一層綺麗な月がくっきりとうつる
胸いっぱいに
軽く苦しさを覚える程度に息を吸い
溜め息混じりに息を吐く
少し白色がかった息が煙のように
ゆらゆらと吐き出され
少し漂った後に呆気なく消えていく
空気が冷たい
手の感覚が鈍くなっているのに今更気づく
開いたり閉じたりしながら
息を吹き掛ける
空気が冷たい。
痛い。
一頻り手を擦り
息を吹き掛けると
手に戻ってきた刺すような鋭い感覚に
軽く嘲笑した
ポケットに手を突っ込む
寒さに背中を丸めて引き摺るように
帰路を歩いていく
息を吸うと冷たく澄んだ空気が
心地よく胸に染み込んでいく
これでいい。
これくらいがちょうど良いんだ。
寒ぃ…
胸に広がる心地よい冷たさと
刺されるような冷たさにふと感傷的になる
そしてまた
軽く嘲笑する。
自分にはこれくらいがちょうど良い。
ぼんやりとした灯りを反射するコンクリートを
視界にいれながら
はっきりしない意識で考える
いつからだろう?
いつからだっただろうか?
こんなにも息をするのが苦しいのは
いつからだろうか?
こんなにも自分の感覚が
心の感覚に鈍くなったのは
いつからだろうか?
歩くだけで必死になったのは
いつからだろうか?
寒くないと思うようになったのは
寒くて良いと思ったのは
いつからだろう?
心が亡くなったのは。