9.魔法教育編:教官
第一章に相当する魔法教育編始まります
領主様との面会を終えた後、僕達が案内されたのは、領館の周りに建てられている塔の一つだった。
名称は教育塔。
領館を六角形に囲むように6本の塔が建てられており、それぞれが年ごとに集められた魔法使い候補が住み込みで教育を受ける施設だそうだ。
教育期間は6年。
結構長い間住むことになる場所である。
「設備も十分に整っているから、君達の生活に不自由は無い。
むしろ、ここに住んでいると他では生活したくなくなるぐらいだ」
説明をしてくれたのは、20代後半の女性だった。
女性にしては背が高く、すらりとした体形。ローブの下に着ているのは領軍の軍服。
村では見たことのないタイプの女性だね。
癖のある赤毛を短く整えた髪型にハスキーな声があいまって、非常に凛々しい女性。
彼女は、リサ・ラ・ミラー領軍教導部隊所属上級魔法指導員。
そして、国家認定一級魔法使い。
彼女が、僕達の教育を行う教官《先生》だそうだ。
「大体、見習いにあんなにいい部屋を与える人間が他にいることか。
クレハ様は、優しすぎる。
君達もクレハ様に感謝して、早く一流の魔法使いになってくれたまえ」
「はい、ご指導お願いします」
「アンも頑張る―、疲れない程度がいいけど」
まあ、領主様が魔法使い候補に投資するのは、将来のことを見通してだと思うけど。
どれだけ優秀な魔法使いを抱えることができるか、貴族としては大事な事だろうし。
なにしろ辺境伯領はまだまだ未開の地を開拓して拡大中。
しかも領主様は、鑑定魔法で素質を見抜くことができるそうなんだから、投資する相手に外れは無いだろうしね。
「おお、君達は素直だな。
ここに招かれた者達は、全て教会小屋での教育課程で才能を認められた者達だ。
つまり、努力を怠なければ確実に大輪の花が咲く。
我々教官は、それを全力で支える者達だ。
頼れ。だが縋るな。
私を信じて、勉学に励め。
そうすれば、君達の将来には見事な舞台《部隊》が待っているだろう!!」
なんか、最後の言葉の意味が違ったような気がする。
「ちなみに、領軍教導部隊《我々》は、常に新たな力を求めている。
是非、将来の選択肢として検討してくれたまえ。」
指導教官が青田狩りをしてもいいのだろうか。
開発局のゴンさんといい、どこもかしこも人手不足が酷いのかな?
「リサ教官殿。幼き若者を誘導するような卑劣なことはやめたまえ」
背後から聞こえる太い声。
振り返ると、声の持ち主に相応しい大男がそこにいた。
迫力のある体躯に迫力のある顔立ち。
毛を剃った熊だと言われたら、僕は信じる。
さらに額から右の頬まで走る傷跡が、凶悪な雰囲気を醸し出している。
ぶっちゃけ、子供がいきなりみたら泣きそうな顔だ。
「ひぃっ」
あ、僕達も子供だった。アンが怯えている。
その様子を見て、リサ教官が鼻で笑う。
「ふん。他人を詰る暇があるのなら、その御大層な面を取り繕う事を覚えるのだな。
見るがいい。私の大事な生徒が怯えているではないか」
「何を言うか。泣き出していないのなら問題なかろう」
怖がられるのは慣れていらっしゃるようだ。
「大体、教導部隊など経験を積んだ後になるものであろう。
それなら、先に入隊すべきは、我らが工兵部隊が理想であるというものだ。
教導部隊に行くのであれば、その後でよかろう。
リサ教官のように、年期を積んだ後でな」
「貴様…誰がババアだぁっ!!」
「おや、そのようなことは一言もいってなかろう。これだから被害妄想にかられた年上の女は…」
「つまり、喧嘩を売っているのだな。よし、言い値で買ってやる、貴様の悲鳴でな」
「直ぐに暴力に訴えるとは相も変わらず卑劣なことよ。
そんなことだから嫁の貰い手が無いのだ」
なんでこの熊男さんは地雷を踏みに行くのだろうか。
さらに熊男さんは挑発するかのように、手を叩いた。
ぱん、ぱん、と2回。
いい音が鳴る。鳴った音が僕の体を包み込む気がした。
その瞬間、世界の色が深まった。
リサ教官の気配がヤバい。全身がピリピリする感覚。
空気が渦巻いているような不思議な気配が、教官の周りを取り囲んでいる。
アンを抱えて、慌てて塔の方に逃げる。
僕が怖気づいたのを見て、何故か熊男さんが満足そうに笑った。
「儂は、領軍工兵部隊所属の百手長で、名はブリアレス・バーン。
このリサ教官と同じく、お主たちの面倒を見る教官である。
今は、少し離れておけ。できれば塔の中に入っておいたほうがよいか。
この場は危険になろうしなあ」
熊男さんの周囲が淡く光るのが見えた。
そして大気が唸り、大地がうねる。
熊男さん、もといブリアレス教官に押し寄せたそれらが弾き飛ばされたのを横目にしながら、僕はアンの手を引いて塔の扉に飛び込んだ。
扉越しに荒れ狂う何かの音が聞こえてくる。あれが魔法の力なのだろう。
初めて見たけど、その原因が教官同士の喧嘩とは…。
「レオ、さっき、何か凄かったね」
「うん、熊男さんじゃなくてブリアレス教官は光るし」
「熊って光るの、アンは知らなかった」
「リサ教官は暴れるし」
「あたし、リサさんにオバサンって絶対言わないようにする。絶対に言わない。絶対に」
あ、これはアンが口を滑らすフラグだ。
「本当に気を付けろよ。あの年の女性は、そういう話題にデリケートなんだから。
僕達が気を使わないと」
「レオ、結構酷い事言ってるー」
「え?でも、リサ教官は僕の母さんと同じくらいの齢なのに、若く見えたよ。できる女性って凄いなあ」
「…レオ、それ絶対言っちゃダメ」
あたしでも分かる。と言うアン。
「レオって、結構えげつない事言うよね」
「そうかな?自覚はないけど、似たような事は良く言われるなあ。不思議」
「天然?」
「アンに言われると物凄く心外、アンに言われると物凄く」
「何故2回言うのー」
「大事なことなので」
こうして、僕達は二人の教官と出会った。
指導者として敬うべきかどうか悩む感じの二入だったけどね。
「とりあえず、とばっちりがこないように、上辺だけでも良くみせておこう」
「そういうのは、口にしないほうがいいとアンは思う」
レオって腹黒。なんて失礼なことを言うアンの頭に軽く手刀を入れる。
まったく、こんなに面倒をみて上げている僕に対して失礼にも程があるよね。
「いやあ、今年も期待できそうであろうなあ。そうは思わぬか、リサ教官殿」
ブリアレスは楽しそうに笑った。
「最初の誘導で、魔力感知に目覚めたであろう、あの子供たちは。全く、毎年ながら領主様の御目にかなった者達は、実に楽しみである」
「クレハ様のご慧眼に間違いなどない。貴様のような奴を教育係にしたことには、疑問を覚えるが」
「それは、儂が通過儀礼《こういう事》が得意なのを、領主様がご存知だというだけであろう」
ブリアレスは、リサのような常任教官とは違い、任期が3か月の臨時教官である。
普段は領軍工兵隊に所属し、開拓地最前線で活動をしている。
ちなみに、領軍工兵隊は領軍中最強の実行部隊と呼ばれている組織だ。
そんな彼が、短期間であるが、領館付の魔法使い候補たちの臨時指導教官を務めるのは、彼が魔力操作という魔法使いにとって基本となる技に長けているだけでは無く、魔力の同調・共感に優れた才能を持っているからである。
それにより、魔法使い候補たちの最初の壁である魔力の感知と顕在化を手助けすることが、彼の主な務めだ。
リサは不機嫌そうに顔を顰める。
「魔法障壁の強さは相変わらずのようだな。貴様の得意な術だけはある」
「教えていただいた方が優秀な人物だったのでな、リサ教官殿《・ ・ ・》」
「ワザとらしい言い方はやめろ、ブリアレス」
リサは鼻を鳴らす。ブリアレスはワザとらしく嘆く。
「あの、可愛らしかった教官殿が、こんな風になるとは…」
「最初の生徒たちが、手に負えぬ悪坊主共だったからな」
「稚気溢れた可愛らしい子供達の間違いであろう」
「貴様がそれを言うか、ブリアレス。一番の問題児だった貴様が」
「教官殿のお蔭で、無事更生しているから問題なかろう。
ところで…」
ブリアレスは周囲を見回す。
押し寄せる風が旋風刃となって絶え間なく彼の魔法障壁にぶつかり、盛り上げる土が槍となって雨の様に降り注ぐ、そんな光景を。
「いつまで続けるのであろうか?
そろそろ、儂の魔晶宝石の魔力が尽きそうなのだが…」
「そうか、私の魔晶宝石にはまだまだ魔力が残っているから問題は無いな」
「きょ、教官殿? 今日の遣り取りは打ち合わせ通りであろう?!」
「ババア呼ばわりされることは打ち合わせには無かった」
「儂は言っていないであろうが!」
「だが、そう聞こえた。なら、悲鳴を対価としてもらわぬと気がすまない」
「相変わらず、大人気ないな、あんたは!!」
リサはブリアレスの慌て振りに、ようやく満足気な笑みを見せる。
「さて、久々の訓練だ。ブリアレス君。
たまには、自身の生体魔力を限界まで減らす耐久訓練もよかろう。
まあ、倒れたら昔の様に優しく介抱してやるから心配するな」
こうして、ブリアレス・バーンは昔の指導教官によって久々の訓練を施されることになった。
翌日、死んだ熊のように地面に倒れ伏すブリアレス教官の姿が発見されたが、彼の体には親切にも毛布が掛けられていた。
リサ教官は実に優しいのであった。