45.少年編:僕達の現状2
「それにしても、いつも派手だよね」
僕は倒れかけたアンを抱きしめた。
アンは小柄なので、苦にならない。僕だって体を鍛えているしね。
アンの複数『土人形』は、大量の魔力を送り込むことで爆発を起こすことができる。
今回は37箇所に配置した土人形を爆発させたので、魔宝晶石どころから身体魔力も限界まで使い切ったので気を失ったのだ。
僕達の中で一番魔力量が多いアンが、一度に全魔力を使ったのだから威力は凄い。
港は係留中の船も含めて半壊しているし。
そして何より凄いのが・・・
”相変わらず派手だぞ。ちょっとやりすぎだ”
”アンちゃんは大丈夫?”
”いつも通り幸せそうに寝ているよ”
普通、限界まで魔力を使い切ると気絶した挙句、酷い後遺症に襲われるはずなんだけど。
魔力の使い過ぎで吐いていた昔と違って、今ではどれだけ魔力を使い切ってもスヤスヤと眠るだけのアン。
魔力の消耗が酷いと回復力も低下するはずなのに、どんどんアンの魔力が回復しているのを感じる。
昔から、寝ている方が魔力循環がスムーズだという特異体質だったけど、最近はそれに輪をかけている状態だ。
こんな状況でも安眠できる精神も凄いね。
”それは、レオ君が傍にいるからじゃない?”
”面倒事を押し付けられるのはなあ”
昔から、この面子の中での面倒事の担当は僕だけどね。
それにしても、これから面倒な交渉があるのにアンだけ幸せそうに寝ているなんて酷い。
状況を確認すると、どうやらアルの方は無事に片付いたようだった。
つまり、全員殴り倒したってことだね。
何人生きているかなあ。即死さえしてなければレラが何とかするだろうけど。
「こ、これは、何事ですか」
「旦那、攫われた子供は全員保護しましたぜ。あと、ついでにこいつも保護しておきました」
現れたのは、どう見ても堅気じゃない雰囲気の40過ぎの男と、引きずられるようにして連れてこられた小太りした商人風の30台の男。
この島の面倒事の一つだ。地回り風の男じゃなくて商人の方が。
「おや、これはフーパール殿。このような時にこのような場所で会うとは。
実に奇遇ですね」
「な、ミラー子爵!? あなたこそ何故ここに」
実に嫌そうな表情を一瞬浮かべたけど、すぐに消えて商人の顔に戻った。
語頭に実直なんて文字は決して付かないだろうけど。
似合う言葉は、卑屈か姑息だね。まあ、傲慢じゃないだけ、この島にいる大商人達の内ではマシな部類だ。
利用しやすいし。
「いや、この島を任された貴族としての当然の義務を果たしているだけですよ。
残念ながら、私のミラー家は人手不足でして。
微力ながら、私自らが動かねばならないのが実情でしてね」
「ははは、あなたが微力などと、とんだご謙遜を。先の戦争でのご活躍を知らない者などいませんよ」
少し話していると落ち着いてきたのか舌が滑らかになってくる。
僕は、一応話が通る相手として認識されているからね。
「しかし、この騒ぎは何ですかな。平穏な港を乱すようなことは領主としても慎むべきではありませんか」
ここにいた連中の正体を知っているくせにしれっと言うね。
僕は商人を無視して、地回り風の男に尋ねる。
「保護した子供は何人くらいいたかな?」
「へい、20人といったところで。全員弱っちゃいますが、大きな怪我などはねえっす」
「それはよかった。以前は酷い状態の子もいたしね。
それにしても、辺境侯の領地から人攫いって、いい度胸をしていたよね。ここの連中」
「まったくでさ」
トウゲン侯爵領では、子供への教育を徹底している。
6歳から9歳までは、全ての住民を対象に読み書き計算ができるように教会小屋で教育しているからね。そのせいで、普通の農村の子供ですら読み書き計算ができるようになっている。
これって、他の土地では有り得ないことらしく、優秀な奴隷を手に入れたい奴隷商人たちが狙ってくるようになっていた。
もちろん王国では奴隷は禁止されているけど、海を隔てた他国ではそうでは無い。
奴隷商人の存在が公に認められている国も多い。
トウゲン侯爵領と貿易をしている国の中にも、そんな国がある。
で、そいつらの国の性質の悪い連中が、貿易がてら領地の子供を攫って奴隷として売りさばくのが流行ったのが二年前。
ちょっとしたいざこざだったのが、王国の他の貴族や他国の思惑もあって、遂に他国が連合を組んでトウゲン辺境伯領と戦争になったのが一年と半年前。
そういった経緯があるので、奴隷目当ての誘拐に対しては厳罰が定められている。
クレハ侯爵によって。
「クレハ侯爵領からの誘拐に関与した者については、手段結果を問わず対処せよ。寄親から命令されているので、私も手加減は出来ないのですよ」
僕はワザと目立つように風円斬を出す。光属性まで追加して光らせてやる。
綺麗だけど、実戦じゃ目立つだけだね。
「それで、ここで何をされていたので?
フーパール殿。あなたが、故国では奴隷取扱いの許可証を持っている事は知っていますが、この島では通用しない事程度はご存じですよね。
あと、私は聖属性魔術も使えますので。変な嘘は無駄ですよ」
顔を青ざめさせて弁明する小太り商人の話は適当に聞き流す。
実際、彼が今回の事件に関しては無関係、とはいかないけど協力者の立場にすらなかったのは調べがついていたし。
必要なのは、今回の事件について本当に繋がっていた商人に関する証言をさせられるかだ。
まあ、彼にとってもその相手がいなくなる方が、商売が楽になることに気付くだろう。
そういう計算は直ぐに出来る男だし。
だから、いままで潰す機会は何度もあったけど見逃してきた。
「そ、そういえば、バルドーがこの辺りを歩いているのを見かけたと、うちの商会の者が何度が言っておりまして、いえ、柄の悪い連中と会っていた程度ですが、あいつは手段を選ばない非道な男としてですな・・・
ほら、すぐに情報を出してきたし。
僕が疑うような目つきをしたら、さらに焦って色々喋りだす。
他にも今後利用できそうな情報を垂れ流してくれる。
本当に、この商人はいい人だ。
他の商人も、これくらい扱いやすいと助かるんだけどね。
「なんだ、またそのおっさんが黒幕か?
さっさと、潰そうぜ」
「ひっ、アル・スピアロー殿!?」
アルが姿を現すと、フーパールから完全に余裕が無くなった。
今のアルは、撲殺用刺殺杖と言うべき凶器を片手に返り血で赤く汚れている。
普通に見ても怖い。その上に、フーパールの事が嫌いな事を隠そうもしないからね。
彼にとって、アルは話が通じない相手と認識されている筈だ。
「いや、アル。今回は彼は関係なさそうだよ。
まだ確証がないけどね」
「そうかあ。でも、レオは甘すぎるんだぞ。
油断できない商人は殺しておけって、親父たちはいつも言っているぞ」
ここでの親父たちってのは、実の親と今の戸籍上の親の二人。
ぶっそうな人生観を持ってぶっそうな人生を歩んできた二人の影響を、アルは過分に受けているし、この前の戦争のせいで拍車が掛かっている。
「そ、そんな理不尽な。わたしは嘘は言っていませんよ。信じてください、ミラー子爵」
「まあ、まあ、落ち着いてください。
今回してくれた話を文にまとめて出してください。証言として扱いますから。
できれば、その時に、私が知らないような話を入れてくれると非常に助かりますね」
アルの殺気を受けて、フーパールは既に泣き顔だ。きっと、僕の役にたつ話を得ることができるだろう。
主目的である子供たちの救出も上手くいったし、今回の襲撃は大成功。
僕は久しぶりに満足した気分になったのだった。




