44.少年編:僕達の現状1
「くそ、あのガキ共を逃がすな!」
「頭、まさか、あいつらが噂の・・・」
「うるせえ、だからといって舐められて終れるかっ!」
僕達が貴族家の養子となってから、既に三年が経過した。
あの時は10歳だったので、今は13歳になっている。
世間一般的には、そろそろ親元を離れるために準備をしている段階だろう。
もっとも、僕達は9歳のころから親元から離れて学塔で暮らしているけどね。
それどころか、既に世間の荒波に揉まれまくっているけど。
「探さなくてもここにいるぞっ!」
13期生の学友の一人、アルは大きくなった。
昔から体は大きかったけど、ここ一年での成長具合が物凄い。
既に体格は普通の大人を超えている。
短く刈った赤毛と、手に持った杖?が目立っている。
あいつの持つ武器を杖と表現するのは、非常に抵抗がある。
あれって鈍器というか槍というか、今でも表現に困る武器。両手持ちの棍棒の先端に槍先が付いている。
あの武器を製作するときの予算申請の時に『魔杖作成のため』という理由にしたので、登録上は杖なのだ。
魔法使いが杖を持つ。ありふれた姿のはずなんだけど、アルの体格と重撃刺杖のせいで魔法使いのイメージが崩壊するけどね。
そして、脳筋具合は更に酷くなっている。
「子供を攫うような悪党どもは、天が見逃しても俺が許さない。
さっさと掛かってくるがいいぞ!」
仁王立ちとはこのことか。いや、囮になってくれとは言ったけどね。
周囲から矢も飛んでくるけど、アルの魔法障壁に全て弾かれているし。
それでも射手は厄介だ。流れ矢で周囲に迷惑が掛かるといけないし。
今では、僕がこの島の住民を守らないといけないからな。
僕は潜んでいる木立の上から、射手のいる位置に向かって風円斬を飛ばす。
相手の居る場所に到達する直前に、魔力を送り込んで風円斬を巨大化させた。
正確な場所が判らなかったので、周り毎えぐり取るように。
ちょっとやり過ぎたかも知れないけど、確実に仕留めることが出来たはず。
最初に特有化したこの複合属性魔術は、風を操って円形の流れを作った上に魔晶石粉を混ぜた円盤で、素晴らしい切れ味を持つ魔術だ。おまけに放った後にも威力の調整が自在にできるという非常に使い勝手がよい僕のオリジナルの魔術。
長年使いこなしてきたおかげで、いろいろな事が出来る様になっている。
今みたいな狙撃の真似事みたいな事とかね。他にも自動追尾とかもできる。
複数同時発動もできるし、僕の攻撃魔術のレパートリーの根幹だね。
魔法使いとしての僕は、以前より大幅に成長しているのだ。
身体の方は・・・、年齢通りの身長はあるんだけどね・・・。
まあ、アルと比べるとなあ。
ちょっと、コンプレックス。
そのアルは、重撃刺杖を振り回して、目の前の男達をなぎ倒していく。
海賊相手だから手加減は無用。そのことはアルも判っているから容赦が無い。
何人かは、魔法障壁を張っていたようだけど、あの程度の防御力でアルの攻撃を防げるわけがない。
最大の被害者である僕が保証するんだから間違いないね。
それにしても、海賊達の中に術使いが混じっている。大した実力はないみたいだ けど、それでも貴重な魔術師が海賊の一味に大量にいるって、こいつらの背景にも誰かいそうだ。
本当に面倒くさい。平穏無事な人生を送る予定だったのになあ。
「ちょっと、アル。無茶し過ぎよ」
あ、リラまで出てきた。
アルが銃撃刺杖で叩きのめした海賊の内、即死していない海賊を青い水玉で包んでいる。
包まれた海賊は、表面に見える傷が癒された上で昏倒した。
「少しは生かしておかないと、情報が取れないでしょ。私でも死人からは情報を引き出すなんて無理だもの。せめて頭は潰さないでね」
なかなかエゲツ無い事を言うようになったけど、合い変わらず可愛い。
最近は、可愛いから綺麗に変化しつつあるけどね。
この年で胸も大きい。すでにリリーさんを超えていたりするし。
後ろで縛っていたふわふわの金髪は、今は綺麗に編み込まれている。
やっぱり、荒事をする時は邪魔だからね。
本人は平気で短く切ろうとしていたけど、アルが泣いて止めていた。
この二人が並ぶと、美女と野獣という表現がぴったりになる。
相手の注目を集めるには最適。
レラの近くに浮かんでいるのは、『聖玉水』。
3年前に彼女が特有化した聖属性魔法と水属性魔法の『聖水』を発展させたものだ。
治癒魔術以外の聖属性魔法の術を併用できる上に、半自動で動作するという恐ろしい性能をもっている。
聖属性魔法は便利な効果のものが多いのだけど、それを自在に操る事ができる水玉。
開発に協力した僕が言うのは何だけど、本当にえげつないからね。
今みたいな昏睡状態はもちろん、毒化、混乱、盲目、自我崩壊までやろうと思えば出来るのが聖属性魔法の裏の特徴だ。
本当、この属性を聖属性と呼ぶ何て洒落が効いているよね。
勿論、本来の使い方は逆の癒しの効果なんだけど。
薬も量次第で毒になるのと同じ。
やりようによっては、一番恐ろしい属性だと魔法使いの間では言われている。
本来なら聖魔法は触るくらいに近い距離でないと効果を発揮しないのだけど、リラの場合、水属性魔法と組み合わせることで弱点を克服しているし。
“レラ、そいつらの確保宜しく”
“わかったわ”
“アン、準備は終わった?”
“もう少し”
“アル、偶然巻き込んで右側の建物を3つほど壊しておいて”
“わかったぞ。区画整理ってやつだな”
今、僕が使ったのは『遠話』という魔術を基礎に改良したもので『集合遠話』という複合属性魔術。
これも特有化しているけど、複数人と同時に遠距離間で会話することを可能にする術だ。
最も、魔力の波長が合わない人間だと会話可能な距離が大幅に減るけど。
4年前から魔力をなじませてきた僕達同士だと、今の所会話ができない事態になったことは無い。
王都とトウゲン領都まで離れても、会話することが出来たし、もっと遠い距離でも大丈夫だと思うけど、実験する機会が無かったのでどこまで通じるか不明。
この術を覚えているのは僕だけだから、僕が術を展開しておかないと他の三人では会話できなくなるのが欠点といえば欠点かな。
アルが目障りだった建物を叩き壊す。あくまで偶然に。
本当、強欲商人達って始末に負えないよね。
特に、そいつらが商会なんて作ってしまうと。
この島の健全な発展のために、ついでに整理しておくのは大事だと思う。
“準備できたのだ”
“解った、すぐにそっちに行くから。アル、レラ、術使いは出来るだけ生け捕りにしておくことを忘れないで、特にアル”
“了解”“了解”
アンからの遠話で僕は港へ向かう。
人目を避けて、『高速飛行』で空を移動する。
この術は魔力の消耗が大きいので、特有化していても長時間の移動に用いるのは難しい。
魔力の消耗を押さえる裏技もあるけど、今は無理だ。
それでも、アンが待機している港に行くぐらいは問題がない。
この島は海岸の殆どが港だ。その中でも、公に管理しきれていない港。
複雑な利権が交錯するので、普段だと立ち入ることが難しい場所でもある。
まあ、せっかくの機会なので、今回で消えてなくなってもらうけど。
「準備は万端。全目標に人形配置済。攫われた子達の場所も把握しているのだ」
アンが自慢そうに言う。
目標数は全部で37。位置は港湾の中にばらばらに存在している。
それを同時に爆破できるのは、アンの身に着けた特有化複合属性魔術『土人形』の応用だ。
以前は土人形の生成に失敗した時に爆発していたけど、今では作りだした物を自由に爆発させることが出来る様になった。
訳の分からない進化だよね。
本来の目的を、どこかに追いやっている。
それでも、役に立つこと間違いないけど。
「そして、大本命はここ、と」
「春風組のおっちゃん達が確認しているから」
「アンじゃないのなら安心できるね」
「むー」
拗ねたように口をとがらすアン。
僕はアンの手を握り、アンの体内から伸びる魔力線を辿り、アンの人形の位置を確認する。
アンの身長は、出会った時からあまり変わっていない。
同世代の女の子の中でも小柄だ。
特に胸は・・・
それでも、最近、女性らしい柔らか味が増しているけど、お尻辺りに。
以前ほどの人見知りは無くなったけど、それでも大勢の前にでるのは苦手なのは変わっていない。
その様子と外観から、物静かな深窓のお嬢様と勘違いしている人も多い。
大笑いだね。
「むー、バカにされた気がする」
「気のせいだろ」
“偉そうだったけど弱かったボスみたいな男を確保したぞ”
“強制尋問してみたけど、一応取り纏め役みたいね”
レラの強制尋問・・・
不幸な男がまた増えたね。でも犯罪者だからいいか。
“こっちも準備完了”
人形の位置を確認して、配置に問題が無いことは確かめている。
「それじゃ、いくのだー。後、宜しくー」
アンが魔力を解放した。
次の瞬間、港中に激しい爆発音が響きわたる。
それは、海賊・紅葉団の壊滅を告げる合図だった。




