40.活動編:夏休み4 複合属性魔術の特有化2
「それじゃあ、どんな魔術を特有化したいのか教えてね?」
「本当に複合属性魔術を特有化するの?
もっと、簡単な魔術にしておいたほうがいいわよ」
モルメルトさんに案内された場所は、大部屋から出たところにある中庭。
普段は、綺麗な庭園になっている筈だけど、今はあちこちに置かれた厳つい魔法道具のせいで景観は台無しになっている。
この魔法道具で特有化する魔術の分析をするそうだ。
魔力用のオシロスコープみたいなものかな?
今回、僕達が特有化しようとする魔術はオリジナルの複合魔術なのだけど、助手を務めているリリーさんからすると、信じられないみたい。
「だって、私達、11期生でもようやく複合属性魔術を扱えるようになったばかりよ?
無理に背伸びして、怪我でもしたら大変なんだから」
意地の悪そうな顔をしているのに、心配してくれているようだ。
「最近は、優しい悪役令嬢が流行りなのだよ」
うん、アン。訳の分からないことは言わないでね。
「じゃあ、わたしから」
とりあえず、レラから複合属性魔術を披露する事に成った。
順番は、魔術が暴走した時に被害の少ない人からということにした。
最初から、会場を吹き飛ばしたりしたら後の人が披露できないからね。
そう説明すると、リリーさんが引き攣った笑いを浮かべていた。
モルメルトさんは余裕の笑み。この辺り、魔法使いとしての年期が違うのかな。
「魔術名は『聖水』です」
魔術名。本来なら魔術を使うのに魔術名を呼ぶ必要は無いんだけど。
特有化するときはキーワード代わりに魔術名を付けることが慣例となっている。
その方が、発動が楽になるそうだ。実際に声に出す必要はないけど。
でも、魔術名を叫ぶ術使いもいるそうだ。僕は恥ずかしくてできそうにない。
レラが暫く精神を集中する。
すると、レラに吸い込まれるように風が吹き水の塊が出現する。
「空気から水を出す魔術?
複合属性魔術にしては地味じゃない?」
「あの水、聖属性の治癒効果があります」
聖属性の魔術の中には、傷を癒す術がある。聖属性魔術の基本的な術だけど、切り傷を塞ぐ以上の効果がある術を使える人は少ない。
下手な術者にかかると、皮膚だけ治して、その下の肉や骨がそのまま破損したままなんて拷問の様な状態になる時すらある。そうなる原因は、他人の体の内部に魔力を浸透させることが難しいのが原因だ。
基本的に人間の体は、他人の魔力に対して拒絶反応を起こすようになっているからだね。
その対策として、聖属性の治癒効果を水に含ませることで、体内に浸透させてからの治癒効果が出来る様にしたのがレラの複合属性魔術『聖水』。
治しにくかった骨折を治すのも、今までの半分の魔力と時間で可能になった。
しかも、水を操って浸せば何人も同時に治療可能。
レラらしい優しい術だね。
僕の説明を聞きながら、感心したように頷くのはモルメルトさん。
呆然としているのはリリーさん。
「そんな、魔術、教会の人でも使えるなんて聞いたことないわよ」
オリジナルの術なんだから当たり前だよね?
「レラちゃんの聖水・・・」
アンが言うと、なぜか不謹慎な言葉に聞こえる。不思議。
「じゃあ、次は俺だぞー」
庭の真ん中で元気に叫ぶのはアル。
左手を腰にあてて、右手を高々と掲げてからゆっくりと肩の位置に降ろし、叫ぶ。
「必殺!無空地獄突き!!」
叫んだと同時にアルは前方に踏込み、突きを放った。
アルの右手の周りで空気が動き、一瞬渦巻を作り消える。
「え?それだけ?」
まあ、普通に見ているとそれだけに見えるよね。
「アル、今度は水平じゃなくて斜め上でやってみて」
「わかったぞー」
もう一度叫び、同じ動きをするアル。ただし、今回は水平では無く斜め上《・ ・ ・》の方向に踏み込む。
何もない空中。そこがアルの足場になっていた。
「あの魔術は発動時に、足場を風属性魔術と重の付与属性で作っています。だから、どんなに悪い足場だろうが、空中だろうが踏み込んで攻撃ができるようになります」
「これで、落とし穴に落ちることは無いぞー」
うん、アルとの組手で落とし穴を併用する作戦が通じなくなった。しかも、アルの突きに沿って風が渦を巻いている。物理と魔法の同時攻撃だね。
しかも、こちらの魔術の効果は、素手にだけ適用されるわけじゃなくて、武器を持っていると武器に沿って発動される。
いろんな武器を操るのが得意なアルに相応しいね。
魔法使いとして、それはどうかと思うけど!
あと、組手の時に新しい嵌め技を考えておかないと僕が酷い目に会う。
全く、困ったものだ。
次は僕の番だ。
魔法使いらしくないアルの複合属性魔術に対して、僕のはまさに魔法使いが使うための複合属性魔術になっている。
つまり、遠隔攻撃用の術。
「魔術名は『風円斬』です」
勿論、使う時にアルのように叫んだりはしない。
僕は複合属性魔術を発動させる。
見た目は物凄く地味だけどね。
「風の円盤?」
僕の前に現れたのは、リリーさんが言う通りの風の円盤みたいなもの。
正確には輪に見える筈だ。
大きさは掌より少し大きい程度。
「やっぱり地味なのだ。レオ、光らせよう! その方が必殺技みたいでいい!!」
「目立たないからいいんじゃないか」
僕は目の前に浮かんだ円盤を操る。円盤は僕の思った通りに動いてくれる。
肉眼では見えないけど、円盤と僕は魔力の線のようなもので繋がっている。
そのために、細かな動きの制御まで出来るようになった。
「それって、攻撃魔術かしら?あまり威力なんてありそうにないけど・・・」
まあ、そう見えるよね。
なので、僕は手直にあった木にむかって円盤を動かした。
円盤は木に当たる瞬間、大きさが倍になる。そして、大人の胴ほどある木をあっさりと伐り倒す。
「輪に見えるのは、地属性魔術を組み込んだ魔晶石粉で、それを風属性魔術で動かして重の付与属性魔術で円盤にまとめています」
本来、風に由来する魔術は速さや術行使の手軽さはあっても威力が不足することが多いけど、魔晶石粉を風に混ぜることで切断力を大幅に上昇させている。
ちなみに魔晶石粉は、普段は固めて指輪の状態にしている。今の僕の指には石のない台座だけの指輪が付いている。
そして、この魔術の面白い所は常に僕と円盤が魔力線でつながっているため、自在に動きを操るだけでなく大きさや威力も自在に調整できること。
なので、とりあえず術を発動させておいて後で魔力を籠めて威力を上昇させるなんて事が簡単に出来るのだ。
「光っていれば、八つ裂き光輪なのにー」
アンが残念そうに言うけど、僕は光の国から来た巨人じゃない。
断固拒否させてもらうね。
そして、最後はアンだ。
すかさずアルとレラが後ろに下がる。
よく判っているね。
「トリはアンがいくのだー」
おお、気合い十分。うん、悪い予感しかしない。
「今、必殺の、土人形作成!」
必殺でもなんでもない台詞を言うアン。
アンの複合属性魔術は、土人形作成という地属性魔術を中心にした高等魔術だ。
むちゃくちゃ細かい魔力制御が必要で、組み合わせる属性も多岐にわたる。
もちろん、魔力量だけが得意なアンに制御できる代物では無いのだけど、それを可能にしたのがアンの嵌めた指輪。
そこに、土人形作成に必要な基礎魔法陣を全て封じている。
アンはそれに莫大な魔力を注ぎ込み、普通なら数週間を掛けて作り上げる土人形を一瞬で作ることが可能になった。
まあ、その基礎魔法陣を作ったのは僕なんだけどね。
本来はアンの学習用(睡眠学習的な)に作ったものなんだけど。なにしろ、アンは勉強しているより寝ている方が魔力容量向上につながるっていう訳のわからない体質だし。
それを応用して、複合属性魔術に仕立てる発想は凄いと思った。
さらに、その時々に応じてアンのイメージで作成される土人形は変化すると言う応用能力も持っている。
問題としては・・・
「あ、失敗した」
アンの間抜けな声が響く。
咄嗟に全開の魔法障壁を展開。
さらに、アル、レラ、アンの魔力を操作して防御結果も作成する僕。
地面から生えた埴輪みたいな人形。間抜けな顔をしている人間サイズの土人形がいきなり爆発した。
アンの複合属性魔術の成功率は、今の所50%ぐらい。失敗すると、何故か謎の爆発を起こしてしまうのだ。
もう、いっそのことワザと失敗してそういう攻撃魔術にしてしまえばいいと思うくらいに、見事に爆発する。
今も、防御結果は張ったけど庭は半壊している。
僕達は慣れたから、咄嗟に対策をとれた。
あ、リリーさんは?
「あらあら、なんていうか、個性的な子供達ねえ」
モルメルトさんがリリーさんを抱えて庇っていた。
さすがは、有名な学者先生だね。
危機管理もばっちりだ。
でも、さすがに肩で息をしている。疲れたらしい。
「じゃあ、もう一回やるのだ」
自重しろアン。
とりあえずアンを殴って止める僕。
恨みがましい目で見るけど、きっと、僕は悪くないと思う。




