38.活動編:夏休み2 来訪者達
一応、今は夏休みなので授業自体は無い。
それでも、僕達は毎日教室に集まっているけどね。
集まる理由は、新婚旅行に行ったリサ教官の残した課題である複合属性魔術の構成を決めるため。
僕達が検討を始めてすでに一巡りが経ったので、大体のアイデアはまとまっている。
それを試しに構成してみる必要があるのだけど、実際に魔術を行使すると危険がつきもの。
特にまだまだ未熟な僕達だとね。
なので、実際に試す時は保護者の立会が必要になるわけだけど、今日の臨時教官には領主様が来ているという次第。
辺境伯って暇なのかな?
「まあ、私が暇になれるように常に努力しているからね」
とは、領主様の言葉。
「それに、後進の育成も私の仕事だよ」
こういうのは、有難迷惑というんだっけ?
僕としては、そこそこ稼げるだけの能力《力》を身に着けて、あとは悠々自適に暮らしたいんだけど。
「アンは、それに便乗したい」
聞かなかったことにしよう。
それにしても、領主様に直接会うのは久しぶり。
新年祭の時以来かもしれない。
その間に、僕達も魔法使いとして成長したと思う。
そして、成長したからこそ解る領主様の凄さ。
以前は認識できなかったけど、領主様の魔力循環って一体何本の経路があるのやら。
ものすごく細かい経路が大量に回っている事に気付いた。
ようやく10本の経路を回せるようになった僕とはレベルが違うね。
この魔力循環なら、僕達が貰った新式の魔晶宝石でようやく容量が足りたというのも納得だ。
ちなみに、僕達の中で一番魔力容量が大きいアンでも、新式の魔晶宝石の容量の1/10程度しか使えていない。
領主様がいかに桁外れか。
「領主様って、特有化した魔術っていくつあるのですか?」
「ああ、私は10くらいかな。もっと増やせるかも知れないが、それ以上は必要としてないのでね」
普通の魔法使いなら2つぐらいが限界だそうですが。
ここでも、あっさりと常識を覆す発言をする領主様。
さすがは英雄紳の現身とされているだけはあるね。
領主様にも、僕達の考えている複合属性魔術について相談をした。
面白そうな術になりそうだね、と感心してくれた。
きっと、本気を出せば僕達の考えた術でも、すぐに特有化して身に着けてしまうんだろうなあ。
「そうだねえ、仕事がなければできるかもしれないけど」
そして、僕達のアイデアに対していくつかアドバイスをして帰っていく領主様。
「試しに術を発動させたいなら、セバスがいる時にした方がいい。
あいつは、防御系の魔術に関しては領内でも有数の腕前だからね」
そして、セバス家令は次の日に現れた。
何度が見たことがあるけど、直接会うのは今回が初めてだ。
領主様より10歳くらい年上らしいけど、領主様が若く見えることとセバス家令が老けて見える関係で、親子くらいに歳が離れているように感じる。
厳めしい顔つきと相まって、どうしても気後れするね。
「御領主から話は聞いているが、本当に、独自の複合属性魔術を構成するつもりなのかな?」
「はい、そういう課題をリサ教官から出されていますし。
それに、どうにか形になりそうです」
「ふむ、そうか」
セバス家令は僕達をじっと見る。
観察されているようで落ち着かない。というより、確実に観察されているね。
開発中の複合属性魔術の構成を確認して、発動を試す時にはセバス家令が防御結界を張ってくれた。
領主様が言っていた通り、強力な防御結果だった。
リサ教官やブリアレス教官が造れる防御結界よりも、強度がありそうだ。
その結界を、構成を失敗して暴走させた魔術で半壊させたアンは、ある意味凄いと思う。
大体、アンの作ろうとしている複合属性魔術って攻撃用の魔術じゃないのに何であんなに威力があるのだろうか。不思議。
「ちょっと、失敗したのだ。うん、レオのフォローが遅かったのが悪いから、アンは悪くないっ!」
最近のアンは、術の失敗で大量に魔力を消費しても倒れない。それほど魔力容量が大きくなっている。
それは大したものだと思うけど、僕のせいにするのはやめてほしい。
「なるほど、御領主が期待されているだけはあるようだな。今後も精進を積みたまえ」
何度も魔術の暴走を阻止してくれたセバス家令のおかげで、僕達全員の魔術の基本構成は完成した。
これからは、ブラッシュアップ。魔術構成の余計な所を削って、魔術を使い易いように改良していくようになる。
予想外に早くできたのは、最後には青い顔をして魔力を消費しながら僕達に付き合ってくれたセバス家令の御蔭だね。
疲れ切った顔をしているけど、それは主にアンの暴走のせい。
セバス家令の防御結界のお蔭で、僕がアンの魔力制御に手を抜いても大丈夫だった。
その分、自分の魔術の検討に労力を割けたし。
やっぱり、持つべきものは優秀な指導者だよね。
いやあ、楽ができるって素晴らしい。
「やっぱり、レオって酷いのだ」
アンが何か言っているけど、聞こえなかったことにしよう。
リージェス大隊長は、トウゲン辺境伯領軍の司令官だ。
司令官とは言っても、机の前で戦略を練るタイプというより戦場に真っ先に飛び込んでいくタイプ。
すなわち、脳筋。
つまり、アルと非常に似ているタイプだね。
そんなリージェス大隊長が学塔に来たのは、朝早く。
丁度、僕達が朝の基礎運動を終えて、僕が格闘訓練という名のアルからの一方的な暴行を耐え忍んでいる頃だった。
「変な事言うな。只の組手だぞー」
「アルと違って、僕は素人なんだっ!」
「じゃあ、ワシが代わろうか」
「「え?」」
という感じで、いきなり乱入してきた人が、リージェス大隊長だった。
ブリアレス教官より一回り体格が大きい。
熊は熊でも、でっかい羆だ。
見た目だと40歳半ばだろうか。
「いやあ、ちょっと早く到着してな。どうやって時間を潰そうかと思っておったが。
ちょうどよいではないか」
「おっさん、誰だ?」
いや、見て判れよ、アル。どう見ても只者じゃないオーラがでているし。
「他人に名を尋ねる時は、自分から名乗れ。それが礼儀じゃ」
「あ、そうか。俺はアルだぞー。西の開拓村出身で・・・」
「まあ、知っておるがな。西の虎の息子であったな」
「親父を知っているのか。おっさん」
「古い知り合いじゃ。虎は強かったが、その息子はどうかな?」
「そうなのか。おっさんも強そうだぞ。
でも、俺も強いぞ」
「なら、その強さをみせてもらおうか」
「いいぞー。あ、で、おっさんは誰なんだ?」
「さて、坊主が一本とれたら教えてやろうかの」
「むー、なら、体に聞いてやるぞ」
単純に燃え上がるアル。嬉しそうに迎え撃つリージェス大隊長。
仲がいいね。僕には判らない世界だけど。
さてと、リラを呼んでくるか。どうみても、アルじゃ勝てそうにないし。
手加減なんて、器用な真似ができそうな御仁にも見えないし。
アル、軽い怪我で済めばいいけどね。
「くそー、次に会った時は絶対一本取ってやるぞー!」
「まだまだじゃな。だが、根性は気に入った。
また会う時があれば、稽古をつけてやろう」
やっぱり、アルでも勝てなかったようだね。でも、二人とも、この後、学塔で必ず顔を合すことになるんだけど。
教室の中でも稽古をするつもりなのかな?
「まさか、本当に教室の中で組手を始めるとは思わなかったよ・・・」
「ちゃんと、レオも参加させたぞ?」
「それが、嫌だったの!」
「「??」」
うん、脳筋たちには僕のデリケートな心は判らないようだった。
「ふむふむ、なるほどなるほど。実に興味深い」
僕達の周りをぐるぐる歩き回るメガネをかけた男。メガネの縁を触るのが癖の様で、くいくいと動かす仕草が目障りだね。
年齢は30過ぎといったところ。汚れた白衣を着た小柄な男が開発局のグリモス局長だった。
「いやいや。なかなかこれは斬新な試み。実に興味深い。
君達のような歳の子供達が思いつけるとは、なかなか、素晴らしい。
いや、子供だから思いつけるのかな?それはそれで実に興味深い」
そして、僕達の開発している複合属性魔術の構成を見ては興味津々で口を挟んでくる。
正直言って、鬱陶しい。
グリモス局長が特に興味を示したのは、レラが開発中の魔術だった。
「いやいや、聖属性を組み合わせる複合属性魔術。
これはこれは、実に実に珍しい。開発局には聖属性の使い手がいないので研究できないできていない。
非常に非常に残念で、私は無念。
でもでも~~!」
僕達の環の中に強引に入ってきて、レラの手を握る。
「君がきてくれれば、全部解決問題無し。どうだい?何なら今からでも開発局に入ろう、そうしよう。大丈夫問題無し。研究できなくても、研究材料になってくれれば当面当座はそれでよし」
良い訳があるか。はた目には、女児に迫る変態男だ。
僕が文句を言う前に、アルが殴った。
レラは怯えて、アンにしがみ付いているし。
「おっちゃん。ロリコンは罪なのだよ」
ロリコンなんて言葉は通じるのだろうか?
グリモス局長は、アルに殴られたのに平気な顔で立ち上がってくる。
結構、いい角度でパンチが腹に入っていたのに。
どうやら、ちゃんと魔法障壁で防御していたらしい。
「嫌がられては仕方ない。残念だ無念だ。
気が代わったらいつでも来たまえ。大歓迎。あと、その術はここの構成が甘い、おかしい。見直し訂正、必要。ちょっと直せば問題なし解決あり」
言動がおかしくても、魔術の構成に関する知識は素晴らしい。
やたらと口を挟んでくるけど、言っている内容は(魔術に関しては)的確だった。
人格と才能は関係ないということかな。
結局、グリモス局長のアドバイスを参考にすることで、僕達の複合属性魔術の構成は大きく質を上げることができたのだった。不思議だね。




