35.活動編:さらば、ブリアレス教官
新年祭から3カ月。季節は春。
領都は暖かいとは言っても冬は冬。寒い時期が終り、春が来るのは嬉しい。
僕達が学塔に来てから、これで半年が過ぎた。
自分で言うのもなんだけど、優秀な魔法使い候補生の成績を残していると思う。
「いや、お主たちが優秀すぎるのであるが。まあ、教えた身としては鼻が高い」
と、謙遜しているのか自慢しているのか判らないのがブリアレス教官。
ブリアレス教官はリサ教官と違って、期間限定の教官であり担当期間は半年だけ。
なので、ブリアレス教官は原隊である工兵隊に戻ることになる。
もっとも、教官の本当の目的は果たしたみたいだから満足だろうけどね。
三か月前の新年祭の時に、ブリアレス教官はリサ教官と婚約していた。
それまでへたれすぎて、ゴンさんの同類に見ていたことを僕は内心で謝るくらいに、急速に決まってしまった。
10年越しの初恋を実らせるって、凄いね。
年齢はリサ教官の方が大分上だけど、見た目はブリアレス教官の熊っぷりがあいまって同じ程度か、むしろブリアレス教官の方が年上に見える。
そして、二人の仲だけど・・・
最初は、リサ教官が戸惑っているというかツンツンしていたんだけど、一月も立たない内にデレデレに。
これぞ、正統なツンデレ!って、アンが大はしゃぎしていた。
授業中は自制しているけど、学塔に戻ると桃色の空間が形成される有様だ。
子供の教育にはよくないよね!
領主様に言いつけてみたけど、領主様のスタンスはもっとやれ、みたい。
というか、焚き付けたのは領主様の様だ。止める訳がないね。
そして、念願の恋が叶ったおかげか、ブリアレス教官も張り切った。
僕達の教育を。
その結果、僕達は魔法障壁の自動展開や多重展開、さらには身体強化/感覚強化といった強化系までの習得を完了したのだった。
ちなみに、本来なら3年目で習う内容らしい。もちろん、僕達も習得しただけでまだまだ練度を上げて行かないと実用にはならないって、釘をさされている。
おかげで、毎月の給与が習得手当込みで金貨2枚にまで上がっちゃった。
半年で倍。10歳の子供が貰える給与じゃないね。
「これも、ブリアレス教官の御蔭です」
「死にそうになったけどなー」
「僕は、主に、アルに殺されそうになったんだけど」
うん、そこは思いだしたくない。
身体強化系は、実際の体を鍛える必要もあって、朝晩の肉体トレーニングの量がいつのまにやら最初の3倍くらいになっていた。
さすがに、無茶だと思ったのか手加減はしてくれたみたい。
女の子に対しては。
僕とアルは、扱かれまくった。
得にやばかったのが、素手での格闘術の訓練。
アルは嬉しそうだったけど。元々武術家っぽいし。
そのアルと組み手をさせられる僕は、本気で殺される恐怖と常に戦っていた。
アルに殺す気が無くても、身体強化で強化された拳の一撃って、致命的な威力があるし。
おかげで、今まで喧嘩とかしたことのなかった僕が、防御に関しては自信が出来るほど上手になったよ。
それでも、僕とレラが聖属性魔法を覚えていなければ、絶対に途中で怪我でリタイヤしていたと思う。
下手をすると、人生そのものをリタイヤしていたかもしれない。
そのあたりを計算にいれて、鍛えてくれてはいたんだろうけど。
「聖属性の使い手が二人もいると、無理が効いて素晴らしいのであるな。我が工兵隊にも欲しい人材である。
どうだ、二人とも学塔卒業後は是非工兵隊にきたまえ」
そして、最後は相変わらずの勧誘。
半年前なら、教導隊に勧誘するリサ教官と刺々しい会話になっていたんだけど、今は違う。
「あら、駄目よ、ブリアレス。二人ともだなんて。片方には教導隊に来てもらわないと駄目だから」
男言葉がいつの間にか無くなったリサ教官。最初に聞いたときは、アンが驚いて僕の後ろに隠れたほど衝撃的だった。
人って変わるもんだねー、と思っていたら、リサ教官はもともとこういう喋り方だったとか。
出会った最初の頃に戻っただけ、とゴンさんが言っていた。
ゴンさんとブリアレス教官は同期の学塔出身者だから、間違いないだろう。
それにしても、ゴンさんはブリアレス教官に先を越されたね。
レティさんとは、どうなったんだろう?
それはさておき、今日がブリアレス教官と過す最後の日となる。
お別れ会でもしようかなと思っていたけど、本人いわく、この後もしょっちゅう顔を出すようになるからいらないとのこと。
婚約者のリサ教官がいるのだから、当たり前か。
ブリアレス教官の所属している工兵隊の班は、領都近くが任地となっているらしくて馬をつかえば半日もかからずに来られるらしい。
うん、巡り毎の休みの日に必ず顔を見る予感がするね。
そういうことで、あっさりとした別れになるかと思ったら、おもむろにアルが
「ブリアレス教官、最後に勝負するぞー」
と言い出した。アルも10歳の子供にしては腕が立つけど、さすがに大人で実戦経験の多いブリアレス教官には、今まで勝ったことはおろかまともに一撃を入れた事も無い。
こんな最後まで、暑苦しいことをしなくてもいいと思うけど。
ブリアレス教官とアルの摸擬戦は、あっさりと終わった。
身体強化をしてから飛び込んだアルのパンチに合わせて、ブリアレス教官の前蹴りがアルの腹をとらえる。
ああ、又、僕が治療をしないといけないか。
まだまだ、アルはブリアレス教官には及ばないらしい。というか、10歳児が勝てる相手じゃないけどね。知性のある熊と戦うようなものだし。
「なかなか良い身体強化であったな。だが、もう少し肉体強化を優先すべきである。
先ほどのパンチだと、お主、自分の力で拳を痛めて折るところだぞ」
ブリアレス教官の余裕溢れる言葉。
悔しそうなアルの顔。
「くそ、最後まで教官に本気を出させることができなかったぞ」
「さすがに、今のお主相手ではなあ。まだまだ修行が足りぬ」
「次は、絶対、本気にさせてやるぞっ!」
「ほほう、楽しみにしているのである」
おー、熱いね。
「レオは参加しないの?」
「僕のキャラじゃないし」
熱血系は趣味じゃないし。
そっちの方面は、アルに丸投げするね。
という感じで、特に事件も盛り上がりも無くブリアレス教官は学塔から去って行った。
また直ぐに会うとは思うけど。
さらば、ブリアレス教官。
──ブリアレス教官サイド──
儂が領館の学塔へ、指導教官として派遣されてから半年。
月日が経つのは早いものだ。
今回の指導教官の任を受けたのは、担当する学塔の担任教官がリサ教官と知ったからだった。
正直言うと不純な理由しかなかった。
なにせ、儂は自分の担任教官であったリサ教官に一目ぼれしてから10数年。
その間,思いを伝えられずに過ごしてきていたのである。
なにしろ出会ったころは、10歳にもならないガキのころだった。
自分でも言うのもなんだが、儂は相当、ひねくれていたガキだった。
そして、素直に告白などできず、そのまま拗らせて成人した。
拗らせた一環が、儂の年齢以上に見える外観だろう。早くから髭を生やして、大人に見せたかったのだ。その結果が、見た目が熊のようだと言われるようになったのは心外であるが。あと、喋り方とか。
領主様の仲介があったとはいえ、3カ月の内に婚約にまで持って行けたのは奇跡的な出来事であった。
儂のバーン家と、リサのミラー家との貴族同士の関係があったとはいえ、よくやったと自分で自分を褒めてやりたい。
最初の頃は、戸惑っていたリサも、今ではすっかりと、出会った頃の女らしさを感じさせるようになっている。
儂の私的な目的は上手く達成できた。
そして、公的な目的である学塔の魔法使い候補生への指導だが、こちらも上手くいったと思う。
もっとも、その功績は儂より子供たちにあるだろう。
驚くべき才能を秘めた子供達だった。
元々、学塔に集められる子供というのは、教会小屋というトウゲン辺境伯領独自の教育制度によって才能を見出された子供達だ。
最終決定は、領主様自身が自分で見て決められるが、領主様の眼力は恐ろしい。
まず、外れたことが無い。
更に今年の子供達に至っては、魔力操作系統において、わずか半年で3年分の教課を熟してしまった。
その原因は、レオという黒髪の子供だ。
とにかく、彼は魔力を見ることに長けている。そして、その操作の精度が凄い。
魔力量は、アンという少女の方が上であるが、魔力操作の技術はレオが頭一つどころか体全体、下手をすると領主様に匹敵するほど精密に行使することが可能となっている。
その技術によって、他の子供達の魔力を直接操作することで、高度な技術を教えている。これは、成長期の子供達による魔力の共鳴と同調による同純化が生じているからこそ可能なのであろうが。
同じ学塔の子供達全員が、同じ程の急成長を見せているのは間違いなく彼の御蔭である。
他にも、そのレオを凌ぐ魔力容量を持つアン。
魔法使いというより、武術家としての才能があるアル。
貴重な上位聖属性の素質のあるレラ。
彼等のような才能あふれる子供たちに出会えたのは、望外の幸運であった。
なんとかして、儂の所属する工兵隊に引き込みたいのであるが、リサの教導隊も狙っておるし、なにより領主様の開発局からの干渉が酷い。
工兵隊に入隊させるのは困難であろう。
だが、まだまだ学塔を卒業するまでには時間があるのだ。
これからも、リサに逢いに行く際に顔を合せることも多いであろう。
じっくりと、彼らの信を得ればよいと儂は思っている。
特に山も感動も無いブリアレス教官の最後の日でした。
 




