23.番外編:領主様の困惑と王国分裂の危機
クレハ・リ・トウゲン辺境伯は困っていた。
「まさか、こんなことになるとは・・・」
場所は王宮の奥。王家のプライベートエリアである。
王族たちが集い寛ぐ、いや、寛ぐのは無理かもしれない。
王族たちの本音の政治的な話が飛び交う場なのだ。
本来なら部外者の立ち入りは厳しく制限されているが、クレハは現国王であるオルクス三世とは昔からの友人だ。
定例である秋の報告会が終わった後、プライベートエリアに招待されることはいつもの事だった。
そして、大抵の場合は、国王の隠し部屋で昔からの無礼講の飲み会へと移行する。
ちなみに秋の報告会とは、各地の領地持ちの貴族が王宮に集い、領地での収益の一部を上納するための事前審議が行われる会議である。
実際の上納品は後日収めることになるが、ここでの上納品の多さが貴族の格に影響する。
少なくとも多くの貴族はそう信じている。
クレハは信じていない。
しかし、トウゲン辺境伯領が納めるここ数年の上納品は他家を遥かに凌駕している。
質・量ともに。そのせいで、多くの貴族達から嫉妬を買っているのが現状である。
もっとも、クレハは気にしていない。
彼の価値観では貴族というものは理解しきれないし、どんなに嫉妬されてもびくともしないほどの実力が自分にあることは理解できているからだ。
上納の対象になる物は様々である。
一般的には、穀物などの収穫物や宝貨などになる。
少し特殊なものとしては、各地の特産物がある。
さらには、新商品。多くは領地に住む商人が開発した商品だ。
商人たちは領主に商品を献上し、さらに王家への上納を望む。
王家に気に入ってもらえれば、王室御用達の名を使えるのだ。
王国内において、王家に納めるほどの商品というブランドの価値は高いのだ。
そのような様々な事情が絡まって、王家への上納というものは法によって厳密に管理されている。
それは、見得を張る貴族によって国民が苦しめられない様にするためであり、強欲な商人達によって王家を過剰に利用されるのを防ぐためでもあり、欲にかられた王家の暴走を止めるためでもある。
その法が、今、クレハを困らせていた。
「いや、ここはトウゲン辺境伯には、こちらを上納してもらうのうが良いと思うのだが」
「兄上、そちらも確かに良い物ですが、こちらこそ至上。しかも、上品さが品格を高めておりまする。
王家にとって、品格が高いという事は重要ですぞ」
「は、この場合重要なのは品格より我が気に入った物が優先されるべきであろう」
「このような物の上納は、我ら王家すべてに関わる問題ゆえ、兄上の我儘が優先されるものではありませぬ」
新商品の上納は、領地ごとに年一つのみ。
王国の法律では、そう決められていた。
そして、トウゲン辺境伯領として上納できる商品のサンプルを提供した結果が、今の状態である。
国王オルクス三世、そして国王の弟にして財務大臣のレオパルド二世。
この二人の対決を招いてしまったのだ。
トウゲン物という言葉が王国にある。
それは、クレハ・リ・トウゲンが生み出したといわれる様々なトウゲン辺境伯領の特産品を示す言葉だ。
前世の知識を生かして作り上げた様々な品々──王国内では他大陸産として誤魔化している──は、王国内においても広く受け入れられていた。
それがまさか、こんな対立を産むとは。
このクレハの目をもってしても見抜けなんだわ。
などと、ボケたくなるが前世ではともかく、今世で言っても通じないよな。と、クレハは思った。
「えー、よろしければ両方とも上納するということで・・・・・・」
「それは駄目だ」
「それは駄目です」
「「我ら王家は横暴にあらず、法に従う」」
王族二人が、息ぴったりに言葉を紡ぐ。
立派な心がけだと思う。
先王を反面教師とした立派な心がけだ。
でも、これくらいならいいじゃないかと、クレハは思ってしまう。
だって、二人の王族の意見の対立。
それの元凶はクレハが上納のサンプルとしてもってきた調味料。
『味噌』だったのだ。
「解らぬ奴よのう。どう味わってみても、こちらの赤味噌のほうが味にコクがあるであろう。それとも、うぬの舌は腐っておるのか?」
「こちらの白味噌の上品な味わいがわからないとは、我が兄ながら情けない。
しかも、この美しい色合い。そちらの赤味噌では泥水と変わらぬではないですか」
赤味噌と白味噌のどちらが良いか言い争う王と王弟。
しかも、さきほどから両者とも譲りあう様子が無い。
おそろしくどうでもいい争いだと、クレハは思う。
「それでは、片方は献上させていただくというのは・・・・・・」
「新式の魔宝晶石の献上が予定されています。そちらの予定を無くすわけにはいかぬでしょう。王宮魔法使いの長が楽しみにしてますゆえ」
王国法によって、献上についても細かく決められている。
賄賂としての利用を禁止することと、王族側の専横を防ぐために。
そうしないといけないほど、先王の時代が酷かったのだが。
「個人的なお土産という事では・・・・・・」
「それだと、どうしても量が限られる。我だけが楽しむのであるならそれでもよいが。
我も、レオパルドも大家族であるからな」
「では、普通に買ってください。市販予定は半年後ですが」
「「それは困る!」」
味噌のなにがこの二人の心を捉えたのだろうか。
昔から思うのだが、王家というかこの国の人間は旨み成分に弱すぎる。
いままで、意識されていなかった味覚なのだろう。
アミノ酸やグルタミン酸を化学合成できれば、大儲けできるだろうなあ。
そう思うが、クレハにはそんな知識は無かった。
精々、前世でおいしいと思っていた食品の再現を開発局に命じる事しかできない。
わずかなヒントで、クレハの思う通りの物品を造り上げる開発局は、彼の造り上げた組織の中で最も優れたものだと、クレハは考えている。
なにせ、自分自身でやろうとしたら失敗ばっかりだったし。
それにしても、味噌でこの調子なら、現在、開発させている醤油が完成したらどうなるのだろう。
そんなものが原因で、国が割れる事態になるとシャレにならないよなあ。そんな思いを込めて、トウゲン辺境伯領で留守番をしている家令のセバスに通信文を送った。
新式の魔宝晶石への褒賞として、貴族家の認定権も貰った事も伝えておく。
三家分の認定権ということで、他の貴族達が騒いでいたが、クレハにとっては特にありがたく感じることも無い褒賞だ。
できれば飛龍が欲しい。
でも、それは王軍の切り札である王家直属の竜騎士団の所有物で、いくらオルクス三世と仲の良い友人であるクレハでも、下賜されることは有り得ない。
そもそも飛龍単独で貰っても、飼育や調教のノウハウは王家秘蔵なので檻に入れて飼うぐらいしか出来ないのだけれど。
飛行能力のある騎獣である飛龍は、それほどの価値を認められているのである。
次は飛行機の開発をさせてみるか、そんなことを現実逃避のために考えるクレハだった。
国王と王弟の話し合いはその後しばらく続いたが、その場では結論はでなかった。
結局、味噌問題は国王の隠し部屋での飲み会の最中に、合せ味噌の存在を思い出したクレハによって解決された。
国王と王弟、双方のメンツを立てた結果ともいうが、更に美味しくなったと王家において好評を得ることができた。
王室に上納された合せ味噌は王室御用達の新調味料としてブランド化され、急速に王国中に広まっていくのだが、それはまだ後日の話である。




