18.番外編:楽しいお出かけ2
「やあ、早かったね。領都の見学は楽しめたかな?」
にこやかに語る領主様。
リサ教官とブリアレス教官は硬直している。
僕とアンも驚いている。
「ん?誰だ、このおじさん?」
「さあ? リサ教官達のお知り合いかも?」
アルとレラは、領主様が誰かわからないみたい。
僕やアンと違って、直接会ってないようだからね。
でも、指をさすのは失礼なのでやめとけ、アル。
「な、なぜ、こちらにいらっしゃるのですか」
とりあえず、最初に立ち直ったのはリサ教官だった。
「いやぁ、ちょっと暇が出来たのでね。
優秀な新しい子が入ったと聞いたので興味が沸いただけだよ。
ああ、このことは内緒だから。
ちょっとした私のお忍びだ。
公務では無いので気楽にしてくれたまえ」
そういわれて気楽に振る舞える部下なんていないと思いますよ、領主様。
「どうして、こちらに来ることがわかったのでありますか?」
「私もいろいろ情報源があるので、ね。
ああ、とりあえずこの部屋は私が予約した部屋だ。料金などは気にしないでいいよ」
随分と立派な部屋だしね。ブリアレス教官の給料じゃキツイと思っていたけど。
「その子たちが、今期の候補生だね。
やあ、初めまして。私が、クレハ・リ・トウゲン。トウゲン辺境伯領主である」
僕とアンに会ったことは秘密扱いなのかな?
そういや、領主様の執務室の隠れ部屋からリサ教官に預けられた時も、別の人を通してだったし。
「あー、領主様。お久しぶ ぐへっ」
僕はアンの頭を殴った。本当に、もう少し空気を読んでほしい。
「あれ?アンは知り合いなのか―?」
お前も空気を読め、アル。僕が明らかに誤魔化そうとしているだろう。学友なら協力してくれ。でも、アルにそこまで求めるのは無理だな。そして、領主様を指さすな。
「え、え、えっ。領主様?!」
混乱しているレラが可愛い。
とりあえず僕は、
「お初にお目にかかります。御領主様」
と、深々とお辞儀をしておいた。正確な礼の仕方なんてしらないし。
農民出の9歳児にしては上出来だと思う。
あれ? 領主様が笑っている。
やっぱり、礼の仕方がおかしかったのだろうか?
「レオ候補生。敬意を示したい気持ちなのであろうが、その礼の作法は無いな」
リサ教官に駄目だしされた。
正しい礼の仕方は、少し左足を引いて右手を胸に当てて軽く頭を下げるらしい。
目の前で、リサ教官とブリアレス教官が領主様に、正しい礼をする。
なるほど、覚えておこうっと。
「先ほども言った通り、今回はお忍びだ。堅苦しい礼などいらないから。
いや、実はこの店は、私が昔から懇意にしている店でね。
いろいろと私の好みに合う料理を作らせていた店で、今でも協力をしてもらっているのだよ。
今回は、新しい調味料が完成したので持参してきてみたら、たまたま君たちが予約していることを知ることができてね。
せっかくだから、一緒にさせてもらうことにしたのだが。
迷惑だったかな?」
そういわれて迷惑ですって云える部下はいないと思いますよ、領主様。
「おお、これが『パワハラ』って奴なのだ」
うん、他の人には意味不明な事を言うのはやめようね、アン。
あまり、僕も言えたものじゃないけどさ。
結局、僕達は領主様と一緒に食事をすることになった。
領地の最高権力者である領主様が相手だけど、教官達は意外と緊張していない。
会話を聞いていると、どうやら、学塔というシステムの責任者は領主様らしく、教官達と顔を合せることは珍しくないらしい。
意外だったのは、教官達の態度が正反対だったことかな。
リサ教官はちょっと嬉しそうだし、ブリアレス教官は不機嫌そうだ。
ブリアレス教官が不機嫌だったのは、最初からだったけど、領主様が現れてから更に拍車が掛かっているね。
大人の世界《事情》はよくわからないや。
出てきた料理は、僕では見たことの無い豪華な料理が中心だった。
食材は、魚や貝が中心。
油で揚げて、酸っぱいソースをかけたのとか。
カルパッチョみたいに、半生の魚と貝を使ったサラダみたいなやつとか。
茹でた大きな海老。あー、日本酒呑みたい。
「まだ出来ていないし。それよりレオ君には、まだ酒は早いよ」
僕が大人になるまでに出来てればいいなあ。
というか、他の皆に判らない事を言ってしまった。反応する領主様も領主様だけど。
これじゃ、僕までアンみたいにみられちゃう。
「人のふり見て我がふり直せ、か。至言だよね」
「なんで、アンを見るのー」
さあ、なんででしょうね?
大人組の領主様と教官達は果実酒、僕たち子供組は柑橘系のジュース。
柑橘系のジュースって酸っぱいのが定番なんだけど、ここのは甘い。
「砂糖を作るのは簡単だったからねえ。隣の大陸でサトウキビを見つけてから直ぐに作れたよ」
砂糖入りらしい。
しかも、領主様が栽培を広めたようだ。
馬車とか米とかもそうだけど、本当に自重しない領主様だよね。
「あ、美味しい」
「うめー」
「あまーいーぞー」
「甘すぎる」
レラ、アル、アン、僕の順番の発言。
うーむ、皆、舌がお子様なのだろうか。あ、僕達まだ9歳だった。
「あれ?おかしいのは僕?」
「何を今さらなのだよ。レオ」
嗜好一つで酷い言われようだ。
ここにくるまで、がくぶるで僕にしがみ付いていたくせに。
「過去の事は気にしない!」
気にしたら生きていけなくなるほど酷いんだね。
「こ、これは……」
一通りの料理が出た後、デザートに移る直前のタイミングで出されたもの。
それをみて僕は驚く。
「泥水?」
「暖かい泥水?」
うん、アルとレラの評価は酷いね。
この芳しい匂いを理解できないのは嘆かわしい。
「アンは、コーンポタージュの方が…」
トウモロコシってあるのかな?見たことないけど。
「開発局で作らせた大豆を使って作る新しい調味料だ。
『味噌』という名前にした。
それで作ったスープがこれだ」
領主様が嬉しそうに言う。
「ミソですか……また、変わった物を作らせましたね。
例によって隣の大陸の物なのですか?」
リサ教官は微妙な表情。
「隣の大陸?」
「ああ、クレハ様は、昔、隣の大陸に行かれたことがあるそうでな。
そこで知った珍しい物をよく作らせているのだ」
「隣の大陸って、交流ありましたっけ?」
「無いな。なにしろ、間には海竜地帯がある。航海不能な魔の海だ」
「飛行魔術を自在に使える領主様だからこそ、行けたのであろう。
もっとも、普通はそれ程の長距離を飛ぶなど魔力が持たぬのだが」
「若い時の気まぐれだよ。さすがに今はやろうとは思わないね」
なるほど、領主様の変わった知識の元は隣の大陸のものということにしているのかな。
まあ、異世界の知識って言っても信じて貰えないだろうし。
そんなことより、今の問題は目の前にある味噌汁。
心惹かれる香りに誘われて、僕は一口飲んでみる。
「まずい」
「え?」
「領主様、この味噌汁は失敗です。
出汁が入っていません」
「味噌汁の作り方って、味噌を湯で溶かすだけで…」
「違います」
駄目だ、領主様は基本を判っていないようだ。
それは、インスタント用の味噌汁。
味噌の中に出汁とか具があらかじめ入っている物の場合だ。
普通の味噌から作るのなら、きちんと出汁を入れないと。
目の前にあるのは只の味噌を湯に溶いただけの味噌スープ。
しかも、具がない。
これでは、出汁など出る訳もない。
味噌はきちんと出来ているのにもったいない話だ。
「この店ですと、いい魚とかありそうですから。
せめて、それくらい入れて貰いましょう」
「駄目です。なんで沸騰させているんですか。匂いが飛ぶじゃないですか」
「ミソの入れる順番どうしていますか?
駄目です。入れるのは最後です。味噌煮込みをつくっているんじゃないんですから」
何度かダメ出しをして、ようやくそこそこの物が出来上がってきた。
でも、ワカメが無いなあ。
海沿いなんだから、海藻類もありそうなんだけどね。
領主様にお願いして探してもらうかな。
なんてことを考えていると、周囲の視線に気付いた。
あれ?皆、引いていない?
僕は、ただ美味しい味噌汁の作り方について話しただけなのに。
まったく、不思議なこともあるものだね。




