16.魔法教育編:魔宝晶石という名の鎖2
魔法使いが魔術を行使するには、魔力を消費することが必要だ。
消費できる魔力量は、魔法使いの生体魔力容量によって決まる。
この生体魔力容量を増やすための鍛錬方法として、魔力循環という術技があるのだ。
この魔力循環を習得する時に経験したけど、生体魔力を消費していくと悪影響が発生してしまうそうだ。
魔力容量の半分くらいまでなら、軽い疲労感程度ですむらしい。
でも生体魔力の残量が50%以下になると、強い疲労を感じて集中力や思考力が低下し、20%以下になると身動きが出来なくなるほどの極度の疲労状態になるとか。
以前、アンが吐いたり、僕達が動けなくなったりしたのもこのせいだね。
そして、魔力の回復は魔力容量が100%に近い状態程早い。
なので、生体魔力を消費しない状態の方が、コンディションも魔力回復量も多くなって良いって事に成る。
でも、魔術を行使するためには魔力の消費が必要なので、生体魔力のみを用いるのであれば、そんな理想状態にはならない。
そんなジレンマを解消するための素敵な魔法道具が魔宝晶石。
この魔法道具は、魔力を蓄えることができる。
魔力を持った石という意味では、魔晶石と似ているけど、魔力を取り出すのに手間がかかる魔晶石と違って、魔宝晶石では生体魔力と全く同じ感覚で蓄えた魔力を扱うことができるとか。
ただし、扱うことが出来るのは魔力を蓄えた本人だけで、蓄えることができる魔力量は本人の魔力容量と同じ量まで。ただし、蓄えることが可能な許容容量は魔宝晶石によって決まっているので、本人の魔力容量の方が多いと容量不足が起きるらしい。
普段、魔法使いが使用する魔力は魔宝晶石から引き出すことが基本で、特別なことが無い限り、自分の生体魔力を直接魔術に使うことは無い。
つまり、
魔力の回復は生体魔力100%の時に一番早い。
だから魔宝晶石の魔力を使うだけなら、常に最速で魔力の回復が可能となる。
さらに、魔力の消費に伴う疲労などの悪影響が出ないので魔術の行使も楽になる。
て事だね。
生体魔力を消費するのは最後の手段らしい。非常事態・緊急事態のために残しておくことが当然だとか。
そして、魔宝晶石に魔力を蓄えるのに必要なのが魔力循環。
魔力循環をしている時に、生体魔力量が100%の時は、回復した魔力は余剰魔力として空中に放散されるらしい。その魔力を魔宝晶石が吸収してくれる。
「他の人が魔力を蓄えた魔宝晶石を使うって、できないんですか?」
「魔宝晶石は、一度、魔力が登録されると他人が使うことはできないからね」
どんなに高級品でも、使用された魔宝晶石は本人以外には意味の無い只の石扱いとなる。
つまり、返却も転売もできなくなるってことか。
そういや、特級クラスより高価だっていってたけど、どれくらいの値段なんだろ?
知るのが怖い。
「そうだね、大体、公認宝石貨で2枚くらいかな。」
宝石貨は信用取引に使われる通貨だったよね。確か、一枚で金貨1000枚との交換が認められている王国発行信用通貨。
去年、僕の家で余った農作物を売った金が、金貨10枚程度だったような・・・
あと、思い出した。
渡してもらった魔宝晶石の首飾りの形、あれって、トウゲン辺境伯の領旗と同じデザインだった。
「今回のは、貸与って言っていませんでした?」
「うん、魔法使いなら必需品だしね」
「も、もう少し安物でも…」
「え、領主様の御好意を断るつもり? レオ君って意外と大胆だね」
「僕、平穏無事に一生を過ごしたいだけなんですけど」
「うん、頑張ってね」
さりげなく返そうとするけど、ゴンさんは笑顔で受け取ってくれない。
「えー、レオはこれ嫌いなの? アンは綺麗でカッコイイと思うけど。
しかも、高級品! 凄い!!」
「アン、少しは頭を働かそうよ……」
だって貸与品だよ?贈与品じゃないんだよ?
しかも、一度使ったら魔宝晶石の特性上、返却もできないという。
「カッコイイぞ、俺も欲しい」
アル達の分もあるのかな? 領主様の事だから僕達だけ贔屓にしている可能性も…いや、ここは良識を信じよう。
「綺麗だねー。わたしにも似合うかなあ」
羨ましそうに眼を輝かせてみているレラ。
レラには良く似合うだろうね。
「ほら、さっさと着けてみて。僕が調整しないといけないから」
ゴンさんが急かす。教官達は後ろで見守っているだけ。
黙ってみていられると怖いな。
「はーい」
「…はい」
「心配しなくても大丈夫だって。試作品といっても、動作の安定は僕が保証する。
不良品みたいに爆発したりしないから」
「え、爆発? レオ、先にどぞ」
僕が心配しているのはそっちじゃないのですが。
只より高い物は無いって言葉が浮かんでくる。
「うん、良く似合うね。それじゃ、封印を解くから魔力循環してみて」
諦めて首飾りを付ける僕。結局、アンも一緒に付けることになった。
ゴンさんは、首飾りに手をかざし何かやっている。ゴンさんから出された魔力が首飾りを覆うと、暫くしてから3個の宝石部分の色が変わってきた。
いや、色が変わるというより輝きが増したというべきかな。
「どうかな?
魔力感知に熟練さえすれば、魔宝晶石が魔力を蓄えていくのを感じる事ができるけど…」
「そうですね、輝きが強くなっています」
「え、解るの?もう?
なるほどねえ、領主様の目に止まるわけだね
鎖を繋ぎたがるのも無理は無いね」
納得したようなゴンさんの声。
「そうなの?」
不思議そうに首元の首飾りを覗き込むアン。
胸元を大きく開いてはしたない。
まあ、それで見えるような膨らみは無いのだけどね。
「そうか、渡してくれたか」
「はい、レオ君はかなり警戒していましたよ。妙な所で勘がいいですね」
クレハ辺境伯、自らが強化した防諜結果で守られた執務室。
そこで、開発局のゴンはクレハ辺境伯に報告をしていた。
「おや、でも身に着けてくれたと言うことは、私を信用してくれたという事だね。
まあ、別に変な細工などしていないのだが」
「魔法的にはそうですけどね」
ゴンは面白そうに言った。
レオとアンに渡した魔宝晶石は、開発局の新作であるが変な機能がついているわけでは無い。ただの高価な魔宝晶石だ。
問題は台座の形と魔宝晶石のデザイン。
誰が見てもトウゲン辺境伯領の領旗と判るデザインになっている。
魔法的な影響はない。しかし、政治的な影響はある。
領旗を象ったものを身に着けるということは、領主がそれを許可したという証でもある。
しかもそれが、特級を超える魔宝晶石ともなれば…。
意味が理解できる者にとっては、彼らに危害を加えることはクレハ辺境伯を敵にするという意思表示にしか見えないだろう。
逆に言えば、それほどの価値があるとクレハ辺境伯が宣言したも同然なのだ。
「そこまで早く唾をつけなくてもいいと思いますが。あれでは、目立ちすぎますよ」
「その程度で潰れるような子供たちじゃない」
「…随分と信頼されているようで」
「信頼する理由はいろいろあってね」
ああ、この顔は話してくれない時の顔だね。とゴンは諦めた。
「ところで、そろそろお前の一族復帰を考えているのだが」
「えー、僕は今の生活が気に入っていますので。どうせ、セバス家令がどこかの貴族家と縁組させたい程度の理由ですよね?
お断りします」
「なら、仕方ないな。私にとっても、お前が開発局にいてくれる方が助かる」
「それは光栄の至り」
クレハ辺境伯は、防諜魔術結界の程度を緩めた。
父の魔法は、相変わらず見事なものだとゴンは思う。
「それでは、報告は以上です」
「下がってよし」
それにしてもレオとアンと父の関係は何なのだろうね?
今のままだと、いずれ勘違いされると思うけど、もしかして父は気づいていないのだろうか。
「意外と抜けているところがあるからなあ」
そんなことを呟くゴンだった。
今回の話でストック分が尽きました。
しばらくストックを貯めてから再開します。




